奇妙なタクシーの運転手

 ちょっと僻地の工場まで会議で出張することになった。工場の品質向上に関する話で、明らかに長引きそうな事案だ。しかも目的の場所は駅から遠くさんざん歩くことになる。

 会議は予想以上に長引いた。定時も超えてさらに遅くなっていた。もう歩くのも大変なのでタクシーを呼ぶことにした。もちろん料金は会社持ちにする。

 スマホアプリでタクシーを呼ぶと見たことのない会社の車が到着した。後部座席の扉が開いたので中に乗り込む。タクシー特有の皮の匂いがした。

 後部座席と運転席には透明の板が仕切られている。強盗対策か、巷にはやっている疫病対策なのだろう。目的地である駅名を告げると車が発信する。

 タクシーの車内は思ったより揺れた。

 なんとなくタクシーの運転手と会話を始める。

「最近、疫病が流行ってまして景気もいまいちですね」

というと、「私は実は四国の出身でして……」と微妙にずれた会話のボールが帰ってきた。

「あそこは独特のにおいというか雰囲気がありますよ」

 奇妙に思えたが、特に気にしないで会話を聞いていると、信号が赤になり車が止まる。

 信号が変わって車が走り出す。

「私は実は四国の出身でして……」とタクシーの運転手がさっき聞いたような話をしはじめた。

「あそこは独特のにおいというか雰囲気がありますよ」

 それは聞いた話だといいそうになったが、話をしたことを忘れていたのかもしれないと思って黙っていると、「私は実は四国の出身でして……」とタクシーの運転手がまた同じことを言いだした。

 もしかして、認知症なのかもとおもい、背筋が寒くなった。年は背後からはわからないが、六十代か五十代くらいだろう。

 ふと外を見ると、目的の駅は通り過ぎていた。

 慌ててここで降りると運転手に告げる。

「いいんですか?」抑揚のない声で運転手が応じた。無視して走り続けるのではと思ったが、杞憂だった。

 料金を払って外に出る。運転手は全く振り返らなかった。

 幸い終電には間に合ったが、あのまま乗っていたらどうなっていたのかはわからない。


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