穴から這い出るもの

 ある日、休日街を歩いていると、数メートル前に黒い穴があらわれた。穴はアスファルトの地面に空いていて、半径は半メートルくらいだろうか?

 のぞき込んでみても底は見えず真っ黒だった。

 行き交う人は気づかず穴を踏みしめて歩いていた。

 ときには立ち止まり、訝し気にこちらを見る人もいたが、大体気にもしない。

 なんとなく、石ころを拾って穴に放り込んでみた。吸い込まれるように石は消え、音はしない。

 首をかしげて穴を避けて歩き去った。


 自転車で走っていると、再度目の前に例の穴があらわれた。避けて通ってもいいが、気になったので、歩道の中心に空いた穴の隣に自転車を止め、穴をのぞき込んだ。やはり他人は穴を踏みしめて歩いていく。

 見えない人には穴は意味をなさないかもしれない。


 穴をのぞき込んでいると、ぼんやりと人影が見えた。奥は薄暗く明かりもささない漆黒だったが、わずかに光が差し込むと、靄のような人影が揺らめいて見える。

 穴の底は遥かに深いような、すぐ近くのような錯覚をもたらす。硫黄のにおいがわずかに漂ってきた。

 

 人影は上を見上げた。目鼻がない漆黒の顔だが、なぜかほくそ笑んだ気がした。

 足下がふらつく。闇のような黒い手が自分の足首をつかんでいた。

 なんとか逃れようとしたが、つかむ力は強く振りほどくことができない。バランスを崩し穴に頭から落下した。

 墨汁の海に突っ込んだような感じだろうか、闇が視界を包む。言いしれない恐怖が身を焦がした。

 落下しているのか、浮かび上がっているのか、揺蕩っているのか、まったくわからない。ただ、硫黄の匂いが強くなる。

 永遠ともいえる時間が経ち、足をつくことができた。見上げるとわずかな光が上から差し込んでいる。自身は黒くもやのようなものに変わっていた。

 入れ替わりで、先ほどの黒い人影が穴から這い出ていくのが見えた。その姿はまさしく自分自身だった。

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