行きずりの歯医者
とある片田舎に出張した時の話だ。転勤するほどでもなく、出張という形でウイークリーマンションに泊まり、ひと月くらい滞在することになった。
仕事は忙しく会社と部屋との往復になっていた。出張もそろそろ終わるくらいの休日に、急に歯が痛くなった。
歯医者を探して街を歩いていると、たまらなくうずきだした。ふと歯医者が目に付いた。木造の古い雰囲気の建物だ。
背に腹は代えられぬということで、その歯医者に飛び込んだ。
待合室には、ぽつりと一人の男の子がソファに座っていた。ぼんやりとした目つきで、虚空を見つめている。保護者らしき姿が見えない。
首をかしげて、受付の初老の女性に保険証を渡し、歯が痛くてたまらないというとあっさりと中に通された。
先にいた男の子が呼ばれないのかは気になったが、歯の疼きもたまらないので、中に入る。
歯科医師は、受付の人と同じくらいの年の男性で、出張なので仮に痛みだけ何としてほしい。治療は帰った後でやるのでと告げると、処置だけ行っておきますと治療してくれた。
飛び込みなので不安はあったが、腕は確かのようで痛みは治まった。
仮に詰め物をしているので、本格的な処置は別途行ってくださいと、受付の女性が説明してくれる。おそらく夫婦なのだろう。
男の子は、いまだソファに座っていた。
子供のことを尋ねると、受付の女性は奇妙な顔をして、何も答えなかった。
気になったが、追及するのもどうかと思ったので、支払いを終えて帰ることにした。
出張を終えて、歯の治療を行きつけの歯科医院で行った。仮の詰め物を外し治療を行ったとのことだ。
ふとした機会で、同じ場所に出張することになり、仮処置してもらった歯科医院があったであろう場所に行ってみると、そこは駐車場になっていた。
調べると、歯科医院はあったが、前に出張した時期よりかなり前につぶれているらしい。確かに歯は詰め物をされていた。自分を治療したのは誰だったのだろう?
聞くところによると老夫婦が経営していたようだが、早くに子供を亡くしているということはわかった。自分が見かけたのはその子供だったのだろうか? 今となってはわからない。
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