うちの猫の言葉がわかるのだが……

「ご主人様。私の言葉がわかるかニャー」

 クロは耳を天井に向けて動かしながら、どうやら自分は、この間、階段から落ちて頭を打ったせいで、猫の言葉が分かるようになったようだ。

 念のため、病院にいきMRIで脳を調べてもらったが、異常はなかった。

 クロは十年以上、うちで飼っている黒猫だ。人でいうなら六十歳くらいだろう。

 足下にまとわりつき、身をすりつけてきた。

 「お腹がすいたニャー」

 クロは台所にあるキャットフードの場所まで自分を導いた。スプーンでキャットフードを掬い、皿に落とす。

 かわいらしいしぐさカリカリと音を立てて食事を始めた。猫は癒される。水も補充して、トイレも掃除しないと。クロに促されて猫の世話を行う――


 時間は深夜、窓の外に物音がした。音の感じから台所の窓の外だ。足音から同族だろう。小声で呼びかける声がする。何か用があるのだろう。

 二足歩行の仲間人間が眠っていることを確認すると、寝室のわずかに空いた扉をくぐると、台所の窓に近づいた。

 窓の向こうから漂ってくるわずかな匂いと足音の感じから、このあたりでやたら広い縄張りを持っているあいつだとわかる。

 情報をもらう代わりに、こちらも情報を提供するという間柄だ。基本同族同士では固有名詞は使わない。呼びかけられる声の方向や、匂い、足音で誰かわかる。勝手に色々と呼ばれることはあるが、クロやら、ネロやら、猫野郎やらとその時によって一致しないので、ややこしい。会話でも大体誰のことをいっているかわかるので、よほどこだわりのある奴しか固有名詞を使わない。大体クロと呼ばれることが多いが。

『おい。二本足歩き人間と普通に会話しているのか?』

 窓の外から声がした。小声だが十分聞き取れる。

 外の奴は同じくクロといわれている。全く適当に呼びかけるものだ。耳だけでなく鼻もよくないようなので名前とやらで呼びかけるのも仕方ないのだろう。さらにその時の気分でコロコロとかわるものらしく、こいつも色々な固有名詞で呼ばれているらしい。

『うっかり、しゃべってしまっただけだ。問題はないだろう。勝手に頭を打ったせいだと解釈して納得してるらしいぞ』同じく小声で返す。こちらと会話したいらしいので、うっかり受け答えしてしまったのだ。基本二足歩行の仲間人間と会話するのはご法度とされているようだ。色々問題が多いかららしい。


 どうやら、二足歩行の仲間人間の言葉を使ってしまったのを聞かれていたらしい。屋根の上でもこの家全体の会話は聞き取れるだろう。

 二足歩行の仲間人間は極端に耳が悪いので聞こえないだろうが、ごく普通の話だ。


『問題だといっているわけじゃない。会話ででてきた"ニャー"というのと"ご主人様"というのはなんだ? それが気になって聞きに来たんだ』

 なるほど、それが気になったのか。わからないわけでもない。

『ご主人様という意味はテレビで聞いただけで意味は知らん。呼びかけると喜ぶからそういってるだけだ。"ニャー"というのは、俺の声がそう聞こえたりするらしいぞ。これも喜ぶから言っているだけだな』

『ニャー? なんだそれは? とてもそんなふうには聞こえんぞ。相変わらず二本足歩き人間は耳が良くないな』


『うむ。その通り。耳が悪すぎる。だが、可愛い奴らだと思うぞ。狩りも満足にできないし、庇護欲をそそる』

 表からうなづく音がする。こいつも割と二足歩行の仲間人間が気に入ってるようだ。

 寝室から物音がする。どうやら二足歩行の仲間人間が目を覚ましたようだ。

『俺はもうひと眠りする。ご主人様という意味がわかったら教えてやるよ』 

『よろしくたのむ』

 そういうと、物音ひとつさせずに気配が消えた。どうやら立ち去ったようだ。

 欠伸をすると体を伸ばす。ひと眠りするために静かに寝室に戻った。

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