アッテンション(注意)さん
自分が新人で配属された部署の話だ。新しい職場に緊張しながら、PCに向かい簡単な文書整理や、業務理解の説明書類を読んだりしていると、強烈な破裂音が響いた。思わず音がした方向を振り向くと白髪交じりの頭の男が、キーボードを思い切りたたいた音だとわかる。
「アッテンション、アッテンション」と奥の席から、その男が叫ぶ。
「どないなってんねぇえん。わからへんねぇぇん」
当時、社会人経験もなかった自分にとっては衝撃的だったが、みな気にせず仕事しているのでそういうものかとおもい、仕事に戻った。
昼休みに先輩に話を聞くと、叫んだ人は派遣の人だが、二十年以上もこの部署にいる。とのことだ。
派遣といっても色々と種類があり、彼は自分で会社を作り、自分の会社から派遣される形として自社と契約しているのだという。大金を貯めて作った会社で派遣の免許を取ったそうだ。
仕事はできるとのことで、奇行もみな気にしないとのことだ。部長とも親しいらしい。
自分は、アッテンションさんと彼を心の中で呼ぶことにした。
アッテンションさんの奇行はすごくなっていて、昼休み明けに舟をこいでいたと思うと、急に立ち上がり、「おーいー」と叫びながら事務所を飛び出してしまった。
しばらくたって、戻ってくると何事もなく仕事を始める。
そんなある日、アッテンションさんが体調不良で辞めることとなった。
辞めるといっても派遣なので契約満了ということになり、一時的な話だという。
自分も彼の仕事の引継ぎを受けたが、まったく意味がわからない文章が残っていて、ちんぷんかんぷんだった。文章はひと月以上たっても意味がわからなかった。
なんとか引き継ぎを終えた後、先輩にアッテンションさんの話を聞くと、ここに戻りたいという話をしているが、事情で戻れないとのことだ。契約終了後、仕事で色々問題が発覚し、再度派遣できてもらうという話が流れたらしい。
在籍中は本人がリアルタイムで対応しばれなかったが、いなくなると色々粗が発見されるようだ。
アッテンションさんの席は誰も座っていないが、何故か席に誰も座らず、机も撤去されてない。
時々、仕事中にキーボードをたたく破裂音が響き、振り向くと白髪交じりの頭と、くたびれたスーツの背中が見える。その姿は薄くなり消えてしまった。
ここに戻りたいあまり、生霊だけ戻ってきたのだろうか?
アッテンションさんが座っていた場所はいなくなって一年たっても空席のままだ。
今だアッテンション(注意)すると彼の姿が浮かび上がり、キーボードをたたく音が聞こえる気もする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます