地の底にあるもの

 自分がマンホールやら、地下鉄やら地面の下に恐怖を感じるようになったのか……。それを振り返ってみたい。


 数年前、日頃の不摂生がたたり、道を歩いていると狭心症の発作が起こってしまった。胸が締め付けられるように苦しく、アスファルトにうずくまっていると、誰かが救急車を呼んでくれた。

 サイレンの音を聞きながら意識を手放す。一瞬視界が暗転すると、今まさに救急車の台にのせられている自分の姿を見ることができた。白い服の隊員がてきぱきと処置をしている。大事には至っていない様子だ。

 どうやら幽体離脱というものを起こしているようだ。このままいくと死ぬのかもという恐怖があったが、これはいい機会なので色々な所を回ってみようと考えた。

 よく見ると肉体と霊体?である今の体には光る線のようなものがつながっており、どうやらこの線が切れない限りは死ぬことはなさそうだ。 

 肉体は救急車で運ばれていったが、霊体はまだこの場所にとどまることができた。

 おそらく肉体が意識を取り戻すと強制的にこの奇妙な旅も終わるのだろうと考え、それまでは色々とさまよってみることにした。

 

 一番興味があったのは、地下だ。地面の下がどうなっているのか? 海の底も興味があったがあまり遠くにいくことは気乗りしない。

 水泳の要領で空を泳ぎ、アスファルトに潜り込んだ。ゆっくりと地面の中に埋没していく。まるで地面を泳いでいるかのようだった。呼吸は必要でなく、気分的な息苦しさがある程度。

 視覚情報はどうやら光ではないようで、周りの様子もみることができる。視界は360度全てが見渡せて、ミミズやら、小動物の動きも見えた。音も聞こえるというよりは感じるのに近い。

 ゆっくりとさらに下に沈んでいくと、地下鉄の線路が見えた。

 さらに線路を潜る。土の中には大小の石、岩が見え、粘土の様な地層をこえてさらに下っていく。どれくらい潜っただろう?

 岩盤をぬけて、やたら広い空間に出た。

 五感ではないが、薄く光る岩肌。湿った大気、名状しがたいおぞましい空気が感じられる。光は薄いが知覚に問題はない。大空洞は一つの都市なら入りそうなほど広かった。

 しばらく進むと、赤い色で体長は数メートルはあるだろう巨大なイソギンチャクの様な生き物が、数体、鈎爪のある触手を伸ばし、カチカチと言わせている。

 どうやらその生物の会話らしい。

 おぞましい感じがする。引き返そうと思ったが、好奇心に負けて先に進んだ。天井近くを浮遊し、彼らに見つからないようにした。どういう感覚をもっているかはわからないが……。

 さらに進むと見たこともない文字がかかれた祭壇の上、数十メートルもあるだろう。毛むくじゃらの巨大な熊とヒキガエルを混ぜたようなおぞましい生き物がいて、何かの大腿骨らしきものをかじっていた。

 先ほどのイソギンチャクような生き物が、生贄らしきものをささげると、その巨大な生物はそれを受け取る。

 怪物は生贄をかじりつつゆっくりとこちらを見た。天井近くに揺蕩う自分の姿を完全に知覚しているのはわかる。

 よどんだ黄色い目がこちらを見つけ、邪悪としか言えぬ表情を見せた。聞きなれない何かの言葉を叫んだのがわかる。

 すると、数体のイソギンチャク状の生き物もこちらを注目した。


 悲鳴が漏れる。


 …………

 気が付くと病院のベッドの上だった。

 どうやら、肉体が目覚めたらしい。単なる夢と断ずることもできる。不摂生を控えるように指導を受けて、退院したのち、スマホで自分が倒れた場所を調べると確かにその下に地下鉄の経路がある。地質の情報も合致していた。

 

 それからは地下鉄もつかわず、マンホールも避けて通ることにしている。



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