万年置き傘
職場の傘置き場には、誰が持ってきたか謎の傘が数本あって、雨の日、傘を忘れた際、借りることができる。
黒い大きな蝙蝠傘が一本、雨の日というのに誰も借りていかずいつも放置されていた。職場の誰かの持ち物かと思ったが誰も知らないという。
その日は朝は晴れていたが、昼頃から空模様が怪しくなり、帰宅時間くらいには大雨となっていた。
新入社員の一人が傘を忘れたといっていたが、その蝙蝠傘以外はみんな借りられていて傘立てには一本しか置いていなかった。
新入社員はその傘が存在しないかのように、傘がないと毒づくと雨の中帰っていった。自分も傘を忘れていた。窓から外を見ると強烈な雨が降り注いでいる。
最後の一人となると施錠とか面倒になる。残っているのは数人となっていた。本日分の仕事も終わっているので、帰ることにした。
しばし逡巡した後、誰も借りていかない傘を手に取る。骨組みもしっかりしていたし、破れている気配もない。
何故、誰も借りないのかとおもって手に取ると、職場のビルの外にでて傘を開く。
雨足は強くなっていて、傘をさしていてもズボンのすそが濡れるくらいだった。傘をさしてないとずぶぬれになっていることだろう。
信号のない横断歩道を渡る際、傘が動いたかのように視界がふさがれた。本能的に走り出すと、後ろを車が走り去っていた。
手から傘が離れ空を舞う。取り戻すこともできなかったのであきらめることにした。
家に帰ると、まるで傘などまったくさしてなかったかのようにずぶぬれで、さらに次の日、傘立てには元通り黒い蝙蝠傘があった。
それから、その傘は借りていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます