自転車の幽霊
職場には駅から数十分歩いて到達する。夏にはとても暑く、冬は寒い。距離も中途半端なので結局歩くしかない。
あくせく通勤していたある日、地下から階段を上がって道路に出ると、車道と歩道の境目にある柵の外に古びた自転車が置いてあった。
鍵がかかっている様子もない。柵に鎖でくくられているわけでもない。乗り捨てられているかのようだ。
やや古びて車体には錆びが浮いていた。時間に余裕があるのでその日は気にせず通り過ぎた。
雨の日も風の日もその自転車は放置されており、誰も盗む気配もなかった。
ついつい寝坊してしまった。何とか駅までただりついたが、スマホで時間を確認すると走っても間に合わない。ふと柵の外にある例の自転車が目に止まった。
ちょっと借りてもいいだろう。仕事中は駐車場の隅に止めておいて、帰りに元通り置いておけばいい。
そんな魔の声に負けて、自転車にまたがりこぎだした。
ペダルを一回漕いだだけで、車も追い抜き、風を切り、弾丸のように突っ走る。矢のように職場に向かって飛んでいるようだった。
何かがおかしい。自転車が車より早く走るわけがない。目の前に車が飛び出してきた。
ブレーキを思いっきりかけた。つんのめる。斜め四十五度で体がロケットのように空に噴射した。
手を鳥のように羽ばたかせ、何とか虚空でブレーキをかけようとした。急に体が重くなり、地面に落下していく。視界が真っ黒になった。
………………。
気が付くと病院のベッドの上だった。
看護師に聞くと、出勤途中に急に倒れて救急車で運ばれたが、命に別状はないらしい。
退院した後、駅前にいったが、自転車はない。おいてはずの場所で数人、通行人に尋ねたが誰も知らないという。
きっと、あれは自転車の幽霊だったのではないかと思う。そのまま空に飛んで行ったら死んでいたに違いない。
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