風呂にお湯を入れると

 数年くらい前だろうか? 遠くに出張に行ったとき、安いビジネスホテルにとまった。値段がとても安いのが、選んだ理由だ。

 深夜近くまで仕事が長引き、ふらつきながら予約したビジネスホテルに向かう。遅くなってもいいように出張先の職場から歩いていける距離のホテルにして正解だった。

 深夜近いが、街の人通りはまだあり、煌々と明かりがついていた。しかしそのホテルの近くにいくと妙に辺りは薄暗く、人通りが少なくなった。

 チェックインの時間は過ぎていたが、不愛想な受付は特に気にせず鍵を渡してくれた。

 部屋は四階の端にあるようだ。鍵を使って扉をあけて中に入る。入口すぐに扉があり、その向こうは洗面台、ユニットバスとトイレだ。

 洗面台の鏡の隣に、湯舟にお湯をはらないでくださいと、赤い字で書かれている。妙に不気味だった。

 バックを床に放り出すと、硬いベッドに座る。非常に疲れているのですぐにも眠りたかったが、風呂に入ることにした。

 ボディソープを使って体を洗って、シャンプーをして、泡をながす。

 シャワーを浴びるだけでは疲れがとれない。赤い字を無視して、お湯を湯舟にためることにした。防水のビニールカーテンを開けて、赤い蛇口をひねってお湯をためる。

 お湯は無事にたまって、肩までつかることができた。疲れが取れる。ふと下を見ると、自分の顔がくっきり水にうつっていた。

 水に映る顔がにやりと笑う。視線を外すことができない。お湯が熱くなってきた。蛇口を閉めてお湯をとめようとしたが、体が動かない。

 まるで煮物になるように全身が熱くなってきた。体がお湯に溶けていくような感じだ。まずい。と直感した。

 風呂の外からスマホの着信音が聞こえてきた。瞬間我に返る。体がうごくようになった。お湯は、湯舟からあふれかけている。

 赤い蛇口をひねってお湯を止め、あわてて湯舟からでる。栓を抜き、湯舟を空にした。

 スマホは仕事の連絡かもしれないので、無視してベッドに入る。見たのは窯ゆでにされる夢だった。

 朝、とにかく早く部屋から出たいのであわてて歯を磨いていると、洗面台の横の張り紙は、湯気で滲み血のようにみえた。

 その裏に何か札らしきものも見えたが、気のせいと思うことにした。



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