内なる声

 家に帰る途中に石に躓き、右ひざをアスファルトにたたきつけてしまった。家に帰ってズボンを脱ぐとぱっくりと傷ができ、赤い血が滴り落ちている。

 傷口は思ったより深そうだが、痛みはあまりない。血も止まりかかっている。

 夕食を済ませ、傷を洗うためにも風呂に入り、消毒する。膝の傷口が口を開けていた。血も止まっているのでそのままベッドに入る。

 次の朝、膝の傷をみると今度は膨れ上がっている。どうやら化膿してしまったようだ。

 病院に行くべきかと考えたが、痛くもかゆくもないのでそのままにしておいた。

 会社で上司に報告をしていると、急に「この禿」という声が聞こえてきた。あきらかに自分と同じ声で、職場の視線があつまる。確かに上司の髪は薄くなりLEDの灯りに照らされて光っているが、言ったのは断じて自分ではない。そうおもっただけだ。

 じろりとこちらを上司がにらむ。それからはさんざんだった。ねちねちとミスを追及されて針の筵だった。

 何とか仕事を終えた帰り道、明らかに堅気でない目つきの悪い男が道をふさいでいた。「どけ」と声がする。

 男はじろりとこちらをにらみ。顔面をぶん殴ってきた。目の前に星が明滅する。地面に転がると脇腹を蹴り上げられた。

 男は「ケッ」とつばを吐きかけてると、さっさと去ってしまう。通行人は見て見ぬふりだった。

 ふらつくように家に帰るとズボンもアスファルトにこすられて破れていた。

 ズボンを脱ぐ。膝のふくらみには不気味な口ができていて、こちらにすさまじい悪態をついてきた。

どうやら、今日の余計な言葉はこの口が原因のようだ。声が出せないようにきつく布でしばる。とりあえずこれでいいだろう。まだ病院が開いている時間だった。

 怪我を見てもらうついでにこの口もふさいでもらおう。痛みに耐えながら服を着替えて近くの病院に向かう。

 

 怪我は思ったより大したことはなく、治療はあっさりと終った。打ち身、打撲程度で骨に異常はないとのことだ。

 さらに医者に膝の怪我をみせる。布をほどくが、口などなく。腫れも引き、怪我もふさがりかけていた。


 どうやら膝の口はきえさったらしい。と思っていると「この藪医者が!」という悪態が自然に口の中から洩れてきた。



 

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