カミさまのゆくえ

 昔しばらく働いていた会社での話だ。当時、配属された部署では優秀な社員を一人インドに研修に行かせるという試みがあり、若手の一人が選ばれてインドにひと月研修に行くことになった。

 研修を終え、インドから帰ってきたとき、彼は山奥で修行してきたかのように、ひげもじゃで髪も伸び、仙人を思わせる服装だった。

 英語の本を数冊携えて、英語のレベルも上がったという話だった。自分と彼とは部署は同じだが、かかわる業務は異なり、直接指示をうけることも、仕事を同じくすることもなかった。

 彼はめきめき頭角を現し主任に任命されて、今まで同僚だった人を部下としてつかい重要なプロジェクトをリーダとして指揮しはじめた。

 日本に帰って数日で伸びきったひげをそり、髪を切って普通の姿になっているが、目つきはどこか鋭く、人を見下すような感じになっていた。

 課長の覚えもめでたくなって、若気の至りか、かなり態度も横柄となっていた。

 自分が彼の部下である女性社員と飲み会に同席すると、皆こぞって『カミサマ』と呼ぶようになっていた。彼の苗字に『紙』の文字があるので、これと『神』をかけて揶揄しているというわけだ。

 女性社員の愚痴を聞きながら、しみじみ彼が指揮するプロジェクトにかかわらずによかったと思ったが、同時に彼も若いし多少増長するのも仕方ない気もした。もちろん、女性社員にはそのようなことはいわなかったが。

 

 部下から恨みを買ったせいか、彼が指揮するプロジェクトはことごとくうまくいかず、追い込まれたのか奇矯な行動が目立ってきていた。

 十階にある職場をぶつぶついいながら、駆け上がり、途中に人がいたら「どけぇ」とわめいたり、トイレに引きこもったり、突然、勤務時間内に帰ったりした。

 

 自分も仕事に追われていて、しばし彼のことは失念していたが、ある日、突然退職したという話を聞いた。


 それからは、彼はインドから帰ってきた当時そのままの、髪を伸ばし切り、ひげもじゃで、ぼろをまとった姿で、会社の近くをふらついているところをしばしば見かけられたらしい。次第にそれもなくなり、今ではインドに行って神になる修行を始めたという噂だ。


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