若く見える鏡

 最近は皺も目立ち、白髪も増えてきた。若かりしときはそれなりに容姿に自信があったが、年月を経るたびにその衰えも著しい。家で鏡を見るたびため息をつく日々だった。

 そんなある日、用事で出かけた難波でふと寄った古い店で、気になる鏡を見つけた。円形の古い手鏡で、顔を映し出せる程度の大きさだった。どうやら中古の鏡らしい。

 顔を映してみると心なしか若く見える。白髪も減り、皺も減って見えた。若かりし頃を思い出す。

 薄暗い店内で椅子に座り舟をこいでいる店長と思しき人物に、鏡を買うとつげると、値段は信じられないくらい安かった。

 

 それから、毎日その鏡をのぞく。スマホで自撮りでもしようなら年を経た姿が映るが、買った鏡をみると若返って見える。自分の年が忘れられるようでいい気分だった。

 鏡をのぞき込むのが日課となっていたが、ふと自分の額に針でつつかれたような赤い発疹のようなものが見つかった。

 その鏡をのぞいたときのみ、その発疹がみえる。発疹は毎日ゆっくりと広がり、赤いほくろようなものになり、あざのように広がっていく。

 その鏡以外では、そのような赤いあざは見えず、得体のしれない恐怖が襲ってくる。しかし、若く見えるその鏡を手放すことはできなかった。

 ただ、赤いしみができるというだけ。そう思いのぞき込むことをやめることはなかった。

 

 次第にあざは額一面に広っていく。見ない方がいいと直感が告げるが、やめることはできない。

 

 あざは広がることはなくなったが、今度は瘤のようにふくれあがる。痛みはない。そもそもその鏡以外には映らないのだ。やめておこうと思いながら、ついついのぞいてしまう。


 どれくらい覗き続いたのだろうか?

 ある朝、身支度を整えて、鏡をのぞくと内側からいっぱいに膨らんだ赤い瘤ははじけた。

 なかから、蛆やら、蜘蛛やら、蟻やら、虫が這い出てきた。

 口から悲鳴がほとばしる。


 これは幻覚なのか。それとも……。痛みが顔の内側から噴き出してくる。顔をかきむしると、ゆっくりと悍ましい虫が額のはじけた瘤の中、顔の肉の中から、古びた鏡の面にぼとり、ぼとりと滴り落ちた。


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