不条理な暴力

 顔に傷がある男は意味不明な笑い声をあげた。ゆっくりと男は息がかかるくらいの距離まで歩いてきた。慌てて横断歩道を渡ろうとしたが、赤信号だった。青に変わるのはまだだ。

 襟首をつかみあげられた。男の背丈は頭二つ以上は高いだろうか? 目つきはあきらかに普通ではない。通行人は目をそらし、そくささと通り過ぎていく。

 誰もこちらをみようともしない。耳に届くのは信号機からながれる通りゃんせの歌。やっと青になったが、胸倉をつかまれているのでわたることもできない。

 次の瞬間、目のまえが真っ白になり、体がふきとばされる感覚の後、背中を固い地面にたたきつけられる。ここで自分が殴られたと気が付いた。

 慌てて立ち上がろうとすると、右の脇腹に痛みが走る。服を通して固い靴底の感触が伝わってくる。骨がきしむを音がした。口の中に鉄の味がこみあげてくる。何とか頭を守った。背中、腹を転げまわるたび踏みつけられ、蹴られる。不思議と痛みは感じない。

 

 急に視界が開け、薄暗い部屋にいた。白衣の男が近づくとこちらをのぞきこんだ。「どうだ? 自分がやったことを仮想現実で体験した気分は?」

 肢体は椅子にしばりつけられて、頭に奇妙な器具がつけられている。目の前には鏡があり、そこには傷がある男が映っていた。

 俺は意味不明な笑い声をあげた。意識が暗転する。


 気が付くと、道路の上で蹴り上げられて、腹の中のものを吐き散らかしている。強烈な痛みが全身を襲う。アスファルトの地面を転げまわった。こちらを蹴ろうとする男の顔は逆光でよく見えない。

 今の自分の顔には傷があるのだろうか? そもそもこれは現実なのだろうか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る