電車の中の老婆
満員電車を避け、時差出勤を行っている。大体のところ満員を避けることができるが、その日はうっかり遅れてしまいいつもの電車を乗り過ごしてしまった。
十分くらい待たないといけないはずだが、すぐに次の車両が駅のホームに到着した。
人に囲まれることを防ぐため、あえて列の最後にならぶ。むりやり人を押し込んで何とか電車に乗り込むことができた。ふと、この時間に電車があったかと疑念を持ったが、乗った以上しかたない。車内は隙間ができないくらいのすし詰めになっている。
次の駅で扉があき、乗客が下りる。この駅は目的地ではないが、あえて駅に降り、列の最後尾に並びなおして今度も扉の近くに入り込んだ。
扉が閉まりかかったとき、小柄な老婆が駆け込んできた。背は電車の扉の高さに対し、半分を少し超えたくらい。リュックを背負い、髪は丸刈りに近い長さに切りそろえられていた。異質な雰囲気に老婆から距離をとる。ちょうど人ひとりくらい隙間があいた。
老婆は何やら、ぶつぶつつぶやきだした。さらに異質な雰囲気が増す。つま先立ちになり、両手を高く上げて、走り出した電車の中、扉の上、ちょうど広告があるあたりをバンバンとたたき始めた。
つぶやきが大きくなる。周りの人が一歩さがる。満員電車に不自然な空白が老婆の周りにできる。
つぶやく声が耳に入ってきた。「ここはやばい、やばい、や、ば、い。出して、出して、出して、ああぁ、怖い、出してぇ、出たい」
つぶやきながら、老婆の横顔は笑っていた。寒気がする。
扉の上を老婆が両手でたたき続ける。何故、扉でなくその上なのかはわからない。皺だらけの手でたたかれた広告のプラスティック部分が音を立て、車内に乾いた音が響き渡る。
あまりに不気味なので、次の駅で降り、そのまた次の電車に乗ることにした。出勤は遅れるが、仕方ない。メールで会社に出社が遅れる旨、連絡を送る。
ふと、駅の時刻表をみた。さっきの電車が発車した時間は記載されていない。電車がおくれたとかの理由で、発車時間がずれただけなのかもしれないが、不気味なものを感じる。
あのまま乗っていたらどうなったのだろうか?
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