背中の乳房

 子供のころの話だ。まだ小学低学年くらいだったと思う。家に風呂がなかったので、よく父親と一緒に銭湯に行った。当時は入れ墨をしている人も普通に入浴しており、背中に花やら、肩から胸までかけて描かれた青い色の龍やら色々と見かけたものだ。

 何もわかっていなかった当時、父に何故あの人は背中に絵を描いているのか?と尋ねたが、近づくなと強く言われただけだった。

 そんな中、特に印象に残っているのは一人の男で、骨が浮かぶほど痩せており、顔は柔和だったが、奇妙な雰囲気を醸し出していた。

 自分が風呂に入っているとき、その男も湯舟に入ってきた。自分に後ろを向けたので、ちょうどその男の背がみえた。そのとき、不可思議なものが見えた。ちょうど男の肩甲骨のあたりに、膨らみがあったのだ。明らかに今思えば乳房であり、色は青白く。左右は不揃いで、切り離して背中に張り付けたような感じだった。乳房と背が合わさっている個所からはわずかに血が滲んでいた。

 不思議に思いさらに男の背を見ると、うっすらと背中が透けて見えていた。

 男が肩まで湯につかったため、乳房はみえなくなったが、不思議に思い父に聞くと、そんなのはなかったという。

 男が湯から上がると、背のふくらみは消えていた。しかし、浴場を歩く男の背には、ぼんやりとまた乳房が浮かび上がってきていた。

 浴場にいる別の子供に乳房の事を尋ねると、そいつは見たという。ただ、大人は見えていないようだった。


 一体あれはなんだったのか?

 殺した女の怨念が取り付いていたのか? それとも男の情念が作り出した幻なのか? いまだにわからない。

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