血まみれの客

 これも学生時代、夜アルバイトしていたころの話だ。その店は昼勤、夜勤にわけられていて、夜中も営業している。出すのは丼ものとか軽食の類。アルコールも一応出す。店内はカウンターの他、テーブルが一つくらいの小さな店で、客もまばらだ。

 客足がわるく社員を雇う金がないとかで、なぜかアルバイトの自分が一人店を任されていた。

 大阪のいや、日本全部を含めてもかなり治安の悪いドヤ街の近くなので、店に訪れる客層も推して知るべきだ。

 運がいいのか、無銭飲食の客はこなかった。というか、怪しい客はお金を先にカウンターやテーブルに置くことが習わしになっていて、そうではないと追い出すか、料理を出さないことにしている。でないと食い逃げされる危険が高いからだ。

 他に、薬をやっている客やら、筋ものっぽいのはよく来る。意外にも彼らの金払いはいい。まれに変わった客もくるが、なんとかやり過ごしていた。


 それは蒸し暑い夏くらいだったろうか、夜勤が始まって一時間くらいたったころ、誰もいない店内に一人の客が駆け込んできて、カウンターの隅に座った。

 年は四、五十代くらいの男性で、日雇い労働者っぽい風貌の男だ。ただ、異彩を放ったのは、彼が血まみれだったことだ。白いシャツも血まみれ、頭から血を滴らせている。

 仰天して、「お客さん、どうしたんですか?」と問うと、

「そこで、車にはねられたんや」と答えて、ビールを注文してきた。

 しばし悩んだが、結局ビールを出すことにした。

 瓶ビールの栓を抜き、男の前にグラスを添えて置く。

 救急車を呼ぶべきかと尋ねると、構わないと男は答え、ビールをグラスに入れると、一気に飲み干した。

「車のナンバーを控えているから大丈夫や」と何が大丈夫なのかわからないような、意味不明なことを男はまくしたてて、ミミズがのたうつような数字が記載されたくしゃくしゃの紙を見せてくる。

 さらに残りのビールをグラスに注いで全て飲み干すと「わしは、これから警察に電話して、このナンバーを伝えるんや」といい、ビール代金500円をカウンターに置くとたちあがる。

 さすがに血まみれの客をそのまま帰すとまずいと思い、声をかけようとするが間に合わず、ガラガラと入り口のドアを開けて男は外に出て行った。

 あわてて、外に追いかけると、男はどこにもいなかった。500円玉は実在していて、幽霊ではないと思うが、薄気味悪い。

 当時ニュースを見ても、その付近で事故の報道は出ていなかった。男は一体何者だったのだろう?




 

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