壁にぶつかる男

 出勤途中には、壊れかけた古い家がある。薄汚れた壁に締め切られた窓、半ば朽ちかけた二階建ての木造住宅だった。

 あるとき、夜遅くに帰宅していると、薄汚れた服装の男が家の壁にへばりついていた。

 よく見るとへばりついているわけでなく、軽く後ろに下がってなんども壁に激突していた。

 家の壁がわずかに震える。壁は玄関から離れた位置にあった。得体のしれない不気味さがある。不審者だったら困る。見過ごして立ち去ろうとも思ったが、声をかけてみることにした。

「何をしているんです?」

「ああ、壁を通り抜けようとしているんです。ほら、何憶分の一かの確率で、分子か原子の隙間を通って物体を通り抜けられるっていうじゃないですか?」

男はにやりと笑った。壁にぶち当たりつつけているのか、服は薄汚れ、薄い髪は乱れている。

「この家の人なんですか?」 男の異質な雰囲気にのまれて声が震えた。

「いや、知らない家ですよ」

 そういうと、男はまた壁にぶつかり始める。

 家に入っているわけでないので、不法侵入ではないだろう。壁を本当にすり抜けられたら別だが……。

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