なぜか嫌いな店員

 難波にある行きつけの本屋の話だ。通院の事情で難波に赴くことが度々あり、その帰り道に決まった本屋に寄って帰っている。買う本は漫画や、小説、適当な雑誌の類だが、決まっている店員が妙に気になるのだ。

 気になると言っても好意だというのはなく、なぜか、生理的に恐怖や嫌悪を抱くのだ。特に対応に気になることはなく、他の客とは変わらない。その店員は女性で、年齢は三十入っていないくらいに見えた。特に特徴のない黒い短髪でハキハキした応対というわけでもないし、逆に陰鬱な感じでもない。何故嫌悪を抱くのかは全くわからない。

 できれば、その店員を避けたいと思ったが、うまくいかない。できるだけ気にせず本を買うとさっさと立ち去るようにするのがせいぜいだ。

 

 そんなある日、難波と別の場所でその店員を見かけた。歩道を歩いていると正面から向かってきた。避けるのも不自然なのですれ違おうと思っていると、店員がこちらをみた。

 さすがに一介の客に過ぎない自分を覚えているとは思えないが、背筋が寒くなった。

 彼女は突然こちらに駆け寄ると、息が届く距離まで近づいてきた。おもわず後ずさりしてしまった。

 怪しい目つきでこちらを見ると、「………前世が……ティスがああ、あなたがわたしと…………」

 なにをいっているのかわからないが、ところどころ単語だけが聞き取れる。

 怪しく笑いながらハンドバックの中から、出刃包丁をとりだすと、女は振り下ろしてきた。慌てて身をかわす。服がわずかに切れただけで、なんとかかわすことはできた。

 騒がしくなってきた。こういう状況では混乱するものだと思ったが、逆に頭がすっきりして、周りもはっきり認識できた。

 永遠とも思われる時間が過ぎ、背筋には絶え間なく冷や汗が流れている。口の中が乾く。目線を切らず女をにらむ。目をそらすと襲ってくる。そんな予感がした。

 さらに時間が流れ、業を煮やしたのか、女が凶器を振り上げるが、すでに誰かが通報していたらしく、急いで駆けつけた警官数人から取り押さえられた。


 それから、店に行ってもその女は見なくなったが、胸になぜか包丁で切り付けられた跡が、斬られていないというのに赤い線としてのこっている。

 なぜ、その女に嫌悪を抱いたのだろうか? もしかして前世で何かあったのかもしれないが、わからずじまいだ。

 直感に過ぎないが、なぜかこの跡が消えないまでは安心できない気がしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る