小説の書き方の本

 小説を書いて公募に投稿しているが、まったく鳴かず飛ばずで一次審査すら通らない。

色々な話を考えては投稿し、撃墜している日々で、そろそろ思いつく話も底をついてきた。

小説の書き方をサイトで調べるが、当たり障りもないような内容ばかりで、足しにならない。というか無料で書かれているようなことなど試しつくして玉砕しているのだ。

どうにも、自分の力だけではにっちもさっちもいかないようで、こうなってくると悪魔にでも魂を売るしかない。

魂を売るといっても、お金を払って小説の教材を買う程度だが、それでも清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟なのだ。

できるだけ、安い教材を探していると、オークションで小説の書き方と書かれた古い本が出品されているのを見かけた。

怪しい黒い装丁の本で、古めかしい皮で表紙ができている。

表紙に書いているタイトルも明らかに小説の書き方ではない。

今の金額は一円だ。出品者はNとだけ書いている。

ろくでもない内容だったしても、話のネタになるだろう。

ということで、入札してみた。

即決価格が1円で、あっさりと落札できた。

この出品者はよほどこの本を手放したかったのだろう。

数日して、本が送ってきた。最近のオークションは匿名で受け取ることも、送ることもできるので、出品者の住所、氏名は謎だ。


本を取り出してみると、感触の皮の表紙は、さながら汗をかいているかのようにしっとりしていた。

タイトルは全く読めない。

紙が一枚、こぼれおちた。本と一緒に入っていたようだ。

紙に目を通す。

これを使って小説は自分で組み立ててください。

という謎の文言が書かれている。


 表紙をめくった。

そこには文字はなく、五芒星をもじったような謎の図形と、花を抽象化したような絵がたくさん描きこまれていた。


 めまいがする。

くるくると世界が回転し、黒く染まった。

視界が開けると、見たこともないねじ曲がった木々の森の奥。聞いたこともない鳥の声がきこえた。

怪異はすぐに収まり、元の部屋に立ちすくんでいた。

頭の中、文字が散らばる。まるで、壊れたガラスの破片を頭の中にばらまいたように文字は揺らめき、煌めき、名状しがたい深淵を奏でる。


 頭に煌めくそれらの文字をかき集め、小説を書く。

文章が沸き上がってきて、それこそ悪魔にとりつかれたかのように、指がキーボードをタイプした。

書きあがったものを読むと、例のめまいに襲われ、同じく見たこともない森にいた。

怪鳥の鳴き声が響く、名状しがたき黒い森だ。

一瞬の後、元の部屋に戻っている。

これを世にだしていいのだろうか?  

さらに購入した小説の書き方の本を開き、ページをめくった。

頭の中に文字の奔流が流れ込む。

禁断の知恵を得るに似た悦楽がある。

本能的に、買った本はすべて読んではいけないとわかっていた。

しかし、その欲求に抗することはいずれできなくなるだろう。

頭に渦巻く文を小説に書き起こす。

提示先はWEBでも公募でもいい。

……より、多くの人に、小説を提示しなければ、世界に混沌をもたらすよう……。









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