前世の記憶が蘇ると

 ふとしたきっかけだった。

頭の中がすっきりして、心の奥からいまだ見たことがない風景が浮かび上がってくる。

草の匂いや、風が肌に触れる感触も思い出された。

自分が何者かが根こそぎ書き換わった感じだった。

青く深い海に、はるかな水平線が広がり、空に白い雲がたなびく。

生まれてから言ったことのない場所、これは海というのを思い出す。

懐かしい記憶だ。


 ふと現実に返る。すさまじい硫黄の匂いがした。卵が腐ったような匂いだ。

目の前に広がる緑の泉は硫酸で満ちている。

先ほどまで心地よかったはずにおいが、気持ち悪くなる。

前世では猛毒であったはずのこの泉は、今なら入浴に適している。

そもそも、この泉にはそのために来たはずだった。

背後から、金属をこすり合わせるような音がした。

振り向くと、外骨格で覆われた昆虫のような生き物が数体あらわれた。

腹から左右に三本ずつ、計六本の脚が節足動物を思わせる。

悲鳴を上げて、逃げ出した。

自分も同じ姿のはずだが、前世の記憶が蘇った今、恐怖しかない。


 混濁する記憶の中、懐かしい海のありかを思い出す。

この星ではだれも近づかない場所だ。

見つけたら迷わず飛び込むのだ。

今やこの体にとって猛毒となった水の中に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る