猫のクオリア汚染

 粘液まみれの触腕を震わせて、薄気味悪い生き物が海から岸へ這いあがってきた。

蛸か烏賊を思わせる軟体生物は、大人よりも二回り以上も巨大だ。

瞳孔が存在しない瞳をこちらに向けて、その生き物はこちらにはいずり近づいてきた。

悲鳴をこらえる。

夕刻の海水浴場には、若い女性や、男性もまばらにいるが、その生き物を一瞥してもだれも気にも留めず、バカンスを楽しんでいる。

潮の匂いに混じって、名状しがたい悪臭がただよってきた。

吐き気がする。

一歩後ずさった。

ずるり、ずるりとその生き物はこちらにはいずってきた。

こちらに近づく怪物を指さし、隣の友人に向かって化け物だ。逃げようと叫んだ。

「ああ、あれは猫だね。かわいいなぁ」

友人はそういった。

猫? 猫はあんな生き物だったか? 何かおかしいと思ったが、何がおかしいのかが、まるで分らなくなっていた。

気分が悪くなったと告げて、ホテルに戻ろうとする。

海岸に設置されたシャワーを浴びて、ホテルに向かう舗装された道路に、先ほどのがはいずっていた。


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