プリペイドカードをあげた男
どれくらい前になるだろうか? 休日に用事で北新地まで行った帰りだった。
改札近くの券販売機で帰りの切符を買った後、いきなり左斜め後ろから、声がかかった。
「す、い、ま、せ、ん。お、か、ね、を、お、と、し、た、の、で、せ、ん、え、ん、か、し、て、く、れ、ま、せ、ん、か、?」
と見知らぬ男が声をかけてきた。
慌てて、振り返ると、年は20代前半くらいに見える男が立っていた。
春先になっているのに、何かボロボロのコートを着て、目つきもおかしい。
「お、ね、が、い、し、ま、す」
機械の音声のように男は一言、一言区切ってしゃべってくる。
さらに、焦点が合わない目をこちらに向けてきた。
麻薬常習犯か、異常者かもしれない。
断るとどういう反応をするかわからないので、
今は、切符を買ってお金がないが、千円くらい残っているプリペイドカードならあるからこれをあげる。カードは返さなくていい。
といって、定期入れからカードを取り出した。これはお金を忘れたときの予備のためのカードだが、仕方ない。
今はあまりみなくなったが、当時は先に購入しておいて改札口で精算するカードがあったのだ。
財布を見せるのも危険だと思い、見せるのは定期入れだけにした。
「あ、り、が、と、う」
ちょうど機械が音声を読みあげるような口調で礼を言い、男はカードを受け取るが、改札口に行かず、なぜか駅の出口に向かって歩き出した。
不可思議におもいながらも帰宅した後、ふと定期入れを見たら、渡したはずのカードがそのまま入っていた。
それから、何度も、北新地に行ったが今のところその男を見かけていない。
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