落ちた果実

十歳くらいのことだったろうか、弟が亡くなった。

当時の記憶はない。

自分と一緒に歩いていた時、事故で亡くなったらしい。

記憶はあやふやだ。

思い出そうにも弟の顔もぼんやりとした記憶の彼方だ。

当時、両親は弟をなくした悲しみもあっただろうが、こちらをなぜか気遣うそぶりが強かった。


大人になって家をでて、自宅から離れた都市で仕事に就いた。

決まり切った道を通り、会社に通う。

徒歩で塀に包まれた家の脇を通ると、駅に向かう。

ふと、塀から一本の枝が道に突き出しているのが見えた。

昨日はこんな枝はあっただろうか?

枝に小さな果実が実っている。

青くまだ売れていない果実が風に揺られて、枝がきしんだ。

わずかに甘い花の香りがした。


次の日も同じ道を通ると、果実がわずかに膨らみ、熟しかけているのが分かる。

柿だろうか?

林檎だろうか?

見たことがあるような。無いような。頭の中をかき回すような違和感がある。

きしむような音がする。

果実は日ましに大きくなり、子供の頭のように見えてきた。

不思議なのは、他の通行人がこの果実を気にも留めないことだ。

硬い枝がきしむ。そろそろ熟したのかもしれない。

果実の模様には目のような、口のようなものが見えた。

赤くも柿色にも、人肌のようにも見えてきた。

吐き気がする。足早に通り過ぎる。


道を変えようとも思ったが、足は引き寄せられるように枝の場所に自分を導いた。

枝が、枝がきしむ。

ごとり。

大きな果実は道に落ち、半ば砕け、足元に落ちてきた。

にたり。

果実にうっすらと浮かび上がった文様が、人の顔に見えた。

見覚えのある顔だ。赤い中身をばらまきながら、果実は足下に転がりくる。視界を果実に落とす。顔はこちらを見やる。その口はニタリと笑った。

かつての記憶が頭をよぎる。

それは、弟の首が、そう、こんな風に転がった情景だった。


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