超モテ男の俺がハーレムを捨てて心底惚れた絶世の美女と一緒になろうとしたんだが

66号線

超モテ男の俺がハーレムを捨てて心底惚れた絶世の美女と一緒になろうとしたんだが

 俺はエレン。えれん、と読むがれっきとした日本人だ。親が某巨人マンガが大好きでこの名前になった。突然だが、俺はモテる。とにかく腐るほど女が寄ってくる。


 生まれた時から美形な俺の周りには常に人がいた。巷では「ソロ◯◯」なる、何でも独りでやることが流行っているが、俺には関係ない話だ。そんなものは負け犬のやることだ。そうに決まってる。仮に、俺が独りでカラオケや喫茶店に入れば必ず初対面でナンパしてくる女と同席になるし、独り焼肉なんてやろうものなら、たちまち大宴会が始まる。自分で何もしなくても女が放っとかない、生まれついてのハーレム体質なのだ。


 さらに突然だが、俺は別れ話を切り出している。囲いの女の一人が妊娠したという。これまで数多の女どもが繰り返してきた、嘘をついてまで気を引こうとするお決まりのパターンに飽き飽きしていた。

 呼び出された喫茶店で席につくや否や、俺は万札の入った茶封筒をやや乱暴にテーブルへと投げつけた。囲いの女の一人、アキコはそれを見て身体をビクッと振るわせた。俺はタバコに火をつけながら訊いた。


「で、本当に俺の子どもなの?」

「なんてこと言うのよ……」


 彼女が泣き崩れたことで、短いやり取りは終わった。



 これまでどんな女でも決して満足しなかった俺だが、一緒になりたいと思える女がいた。


 彼女はアンジェリーナ・ジョリーに瓜二つの、絶世の美女だった。名前もアンジェといってそっくりだった。外国人と繋がれるマッチングアプリで出会い、実際に会って、あまりの美貌に度肝を抜かされた。彼女の周りだけ神々しく光り輝いていた。ベネズエラ出身のアンジェは長期出張で日本に来ていて、近いうちに任期を終えて母国に帰るという。「エレン」という日本人離れした俺の名前に興味を持ち、メールを送ってきてくれた。


 俺たちはあっという間に恋に落ちた。会社を辞め、全てのキープ女との関係を精算し、俺は彼女とともにベネズエラへ行くことに決めた。生まれて初めての本気の恋だった。



※ ※ ※



 アンジェの暮らす郊外の屋敷は、さながら中世ヨーロッパの城みたいだった。


「ずっと一緒にいましょうね」


 聖母マリアみたいな微笑みとともに俺にそっと口付けた。首に違和感があり、驚いて見ると首輪と腕輪が嵌められ、鎖がじゃらんっと冷たい音を立てて存在を知らせた。三メートルほどの鎖は、俺が暮らすはずの部屋の壁に繋がれていた。

 意味がわからなくてパニックになっている俺に、アンジェはにっこりと微笑んだ。どこからか、聞いたこともない言語のうめき声と、誰かが鎖を引きずりながら徘徊する音が響いてくる。それも、何十、何百も。


「ああ、いけない。私の可愛いコレクションちゃんたちが寂しがっているわ。そろそろ行かなくちゃ。じゃあね、ダーリン。また来るわ」


 アンジェはそう言って部屋を出て行った。絶望のあまり言葉も出ない俺は、代わりに大量の涙を流した。程なくして、隣の部屋から彼女と男の喘ぎ声が聞こえてきた。彼らは獣みたいに求めあっているのが分かった。


 おとぎ話に出てきそうな城は、一瞬にして悪夢の牢獄と化した。俺は人生でこの上ないほどの屈辱で死にそうだった。神でも、仏でも、魔術師でも、誰でもいい。ここから出してくれ。喉から血を吐くまで俺は叫んだ。


「哀れなお前に、もう一度だけチャンスをくれてやろう」


 しゃがれた男の声が頭の中で響くと、やがて俺は気を失った。


 気がついたら東京の自宅で寝ていた。パジャマ代わりのジャージは汗でぐっしょりと濡れていた。デジタル時計は日曜日の夕方6時を示している。

 飛び起きて洗面台の鏡を覗き込むと、真っ青な顔をした俺がそこに映った。なんだ、夢だったのか、それにしても、生々しい……。首に手をやると、あることに気がついて俺は卒倒しそうになった。俺の首と手には赤いアザが横一直線にくっきりと刻まれていた。


 マフラーを巻いて俺は家を出ると、近所の焼肉店へふらりと入った。店内で談笑していた女たちはさっそく俺に向けて視線を寄越したが、首と手のアザに気がつくとすぐさま顔を背けた。思わず俺はセーターの袖を引っ張りながら、タートルネックを着てこなかったことを少し後悔した。

 カルビを注文し、運ばれてきたそれを金網に載せる。食べごろになった肉を頬張ると、甘酸っぱいレモンで引き立てられた肉汁が口いっぱいに広がった。俺は、独りで食べる焼肉がこんなに美味しいのかと初めて知った。生きていて良かったとすら思った。どんどん肉をお代わりして幸せを噛み締めた。


 俺は、誰かの人生に責任を追いたくなかった。だけど、ようやく覚悟を決めた。


 店を出ると、俺はスマホを取り出してアキコの連絡先を探すのだった。

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