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もりくぼの小隊
第1話
ある日の夕暮れた田舎町に燃える火球が薄暗くなりつつある空を切り裂いて、森へと落ちてゆく。少年はひとりあ然と空を見上げた。
帰宅後、とても凄いものを見たんだと興奮しながら、少年は母親に報告した。だが、母親は笑うばかりで本気で取り合ってはくれない。夜、帰宅した父親にも話したが父親も母親と反応は同じだ。
「そんな大きな火の玉を見たんなら、他にも目撃した人はいるんじゃないか?」
父親は何気なく言った一言に、少年はなるほどと納得して、翌日、学校のクラスメイトにも得意げに同じような話をしたが、反応は両親と同じようなものだった。
「そんなんが森に落ちちまったんなら今頃大火事で大変じゃねえか」
クラスメイトの言ってる事は最もだと思ったが、なんだか馬鹿にされてるようで少年は腹が立ち、ついと言ってしまった。
「じゃあ、証拠を見せてやるさ、火の玉は落ちたんだっ」
学校終わりの夕方、少年は家に帰ると部屋から家族旅行用に買ってもらった真新しいナップサックを引っ張り出し、懐中電灯とおやつのチョコレートバーを突っ込んだ。
こんな時間に森に行くのはお母さんには反対されると思ったから内緒で出発した。
森へと足を踏み入れた少年は足取り軽く鼻歌交じりで歩いてゆく。みんなが知らないものを独り占めして発見してやるんだと好奇心に満ちたひとりぼっちな行軍だ。怖いなんてものは少年には無い。
どれだけ歩いたかわからないくらいに足がくたびれてきた少年は息を吐いて空を見上げた。もう、空は夜に近づきつつある。この時間はいつもならお母さんの作る美味しい晩ごはんの香りにお腹を鳴らしている頃だ。
引き返そうか。そう思いもしたが、見渡すと右も左もわからないくらいに同じ景色しか見えない。わかんないんだったら、とりあえず前に進もう。少年は懐中電灯を取り出して前へと進むことにした。小さな好奇心と自尊心が、少年に勇気を与えてしまったのだ。
更に森の奥へと進むが、景色はまるで変わらない。
(森ってこんなに広かったかな?)
もう、お父さんとハイキングに来た場所よりも遠くに来たんじゃないかと感じる。懐中電灯の光りがこんなにも寂しくて、これしか頼れるものが無いだなんて、夜の森が揺れる風音は、少年の勇気を削り取ってゆく。早く帰りたい。こんなとこ、来なければよかった。だが、そんな事を思っても助けてくれる人は誰もいない。
お腹が空いた。とりあえず、持ってきたチョコレートバーを食べて落ち着こうと包み紙を剥いた。チョコレートの美味しい匂いは不安な気持ちを和らげてくれる。少年はチョコレートバーにかぶりつこうと口を大きく開ける。
―――焼いた鉄のような刺激臭が少年の口と鼻に飛び込んだ。
たまらず咳き込んだ少年はチョコレートバーを地面に落とした。一瞬、このチョコレートバーが臭いのかと、錯覚したからだ。
だが、それは違った。刺激臭は辺りから漂ってきてるからだ。少年はいつの間にか目に見える霧状のものに包まれていた。刺激臭の元はこれに違いない。
鼻を摘んで口を閉じたが、胸を焼くような気持ち悪さから逃れる事はできない。
―――シューッ、シューッ、と、不気味な音がする。
小さくもない大きくもない音だが、確実に少年の鼓膜を揺らし印象深く残してゆく機械的な不気味な音。
―――二つの光が見えた。だが、人工的な光でも動物のものとも思えない眼のような二つの光が見えた。
少年は恐怖に駆られて思わず、その先に、懐中電灯の光を照らした。
―――火の玉のように
それを木の見間違いだと思いたかった。だが、これほどまでに不気味なものを見間違える事は不可能だ。やつの3メートルはあろうかという身体は明るく緑色に鈍く輝き、その足はまるで見えず、腕もあるかどうかもわからない程に細く、爪があるように見える。そして、その大きな身体は徐々に浮遊して、近づいてくる。
シューッ、シューッ、と不気味な音を発するそれがこいつの声なのか、音なのかわからない。まるで人間には見えないのに、機械とも思えない。生き物だと頭が認識してしまう。
少年は叫びを上げて懐中電灯を投げつけて逃げ出した。恐怖に竦む身体は、想像もしてない恐怖に遭遇すると、危機から逃れようとするのか、身体は嘘のように動いた。
がむしゃらに逃げる少年の後ろからシューッ、シューッ、と声のような音が離れない。気持ちの悪い焼けた鉄のような臭気も同じだ。だが、後ろを振り返って別方向に逃げようとは思えない。ただ前に逃げることしか考えられない。
―――前方に二つの光りが見えた。
(もうダメだ)
やつの仲間がきた。少年は絶望に襲われながらも、前に進む足を止める事はできず突き進むしかなかった。
―――キーッ、と急ブレーキをかけるタイヤのスキール音のような音がした。
少年の身体を横に通り過ぎ、一台のピックアップ・トラックが止まっていた。少年はいつの間にか森を抜け、道路に出ていた。二つの光りはトラックのライトだったのだ。中から、大人が二人現れたのを見て少年はすがりついて助けを求めた。
「おい、どうしたってんだっ」
血相を変えた子どもの尋常の無さに大人達は顔を見合わせながらも、少年を落ち着かせた。少年は脅えながらここから離れたいと言い、大人達は車に載せた。助手席に乗った大人は見つかったと無線機を使って連絡している。彼らは少年の捜索に協力してくれた大人達だったようだ。
少年はビクつきながらも、離れてゆく森を見つめた。
あいつの姿はどこにも無かった。
翌日、大人達が少年の証言通りに森を調べたが、言うとおりの怪物の痕跡を見つける事はできなかった。
だが、鉄の焼けるような気持ちの悪い臭気は鼻を突き、数週間は喉の痛みが引かなかったという。
〇〇 もりくぼの小隊 @rasu-toru
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