第5話出現

「う……」

謎の黒い球体の青い目と、僕の目が合う。

逃げなければ――しかし、僕の足は動かない。

蛇ににらまれた蛙というやつだ。

(それに……この位置……)

このまま黒い球体が真っ直ぐ僕の方に移動してくれば、まず最初に接触するのは僕と黒い球体の間にいるおじさんだ。

(何とかして……伝えないと)

背後に迫る脅威を。

(でも、どうやって……?)

森で蜂や熊――言ってしまえば危険生物に出会ってしまった時の対処法として共通しているのは刺激しないことだろう。

熊ならば大声を上げたりしないこと、蜂ならば手を伸ばしたりして攻撃しないこと……。

でも、今僕の目の前にいる黒い球体こいつにとって、何が警戒心を昂らせる行動なのか、それがわからない。

声を出していいのか?どれほど動いて良いのか?

そんな事を考えていて、すっかり沈黙していた僕より先に口を開いたのは、おじさんだった。

「……どうした、真っ青な顔をして」

そうか!

動かなくても、声が出せなくても今僕が見ている物への恐怖は、僕の表情で十分伝わる。

目は口ほどに物を言う……そんなことわざもこんな状況で生まれたのだろう。

「……後ろか」

おじさんの声のトーンが、1つ落ちた。

おじさんは僕の顔から何か「ヤバい」物が自分の後ろにいることを察したのだろう。

そして、不用意に動く事はしない――おじさんは変わらず、僕の方を見ている。

おじさんの目は、僕に聞いていた。

「何がいる?」と。

(な……何を伝えれば……)

黒い球体がいる……そう言えば良いのだろうが、その球体が一体なんなのか全くわからないし(生物?非生物?)、もしかしたらおじさんを混乱させてしまうかもしれない。

かといって熊ではない……とか答えても、それも抽象的過ぎる……。

結局ぐるぐる何度も同じような事を僕は考えて、結局僕の中に黒い球体の事を上手く説明する言葉は無いとわかった。

(なら――)

「後方2mに僕より少し小さいくらいの球体が……」

僕は、最優先で位置を伝える事にした。

「成る程」

そこからのおじさんの一連の行動を、僕は目で追うことが出来なかった――ので、ここから描写するのは僕が後からおじさんに聞いた内容である。

おじさんはリフティングの要領で足元にあった10センチほどの石を自分の顎くらいのとこまでかち上げ、それを右手の甲で弾いた。

弾かれた石は近くの木にぶつかり跳弾――そして、黒い球体にぶつかった。

それと同時におじさんの体は僕の方から黒い球体の方に向き直っていて、おじさんも黒い球体の姿をその目にとらえた……かに思われた。

少なくとも、僕の目にはそう見えた。

1つ言うなら、おじさんが弾いた石は確かに黒い球体の目の下辺りにぶつかったものの、黒い球体はぶつかった場所の形を少しぐにゃりと歪めただけでダメージを負った風では無かった。

黒い球体の方を向いたおじさんの目は、大きく見開かれていた。

それは驚き、そして……

「一二三……すまないが、俺にはなにも見えない」

「……え?」

「お前のその表情、体の動きから俺の後ろに何かいた……と言う事はあまり疑っていない。しかし俺にはその「何か」の姿は全く見えない……。俺が後ろを見る前に、どこかへ姿を隠したのか?」

「……い、いや……」

見えない……?そんな事はありえない。

だって黒い球体は、今も変わらずおじさんの目の前で僕の方に視線を向けている。

(……という事は、僕にしか見えていないのか!?あの黒い球体は僕が主体になって何とかしないといけないのか!?)

その厳しい現実に僕が直面した時――

黒い球体が動いた。

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