第3話 出演 演出 森
人間なら――いや、手足の区別がはっきりした動物なら他者を攻撃しようとする時はわかりやすい。
手か足に目に見えて動きがあるし、だからこそそれを補うために技の速度や動作がドンドン速くなっていく……んだと思う。
だから、何もかもが未知のあの黒い球体が、もぞりと全身をうねらせた時……本当なら、それだけで警戒しなくちゃいけなかったんだろうけど、それでも僕はそれが黒い球体の攻撃へ移るための予備動作だと気付くのに遅れてしまった。
黒い球体は、まるで痰でも吐き出すかのようにその体から長さ30センチ程のトゲの様な物を射出した。
「おじさん!右肩にっ!」
「!!」
多分だけど、おじさんの反射速度は相当なものだったと思う。
僕が「お」の音を発生させた時点で体を少し動かしていたから。
でも――。
「ぐっ……!」
おじさんの口から小さな嗚咽が聞こえた。
おじさんの右肩にはちょうど黒い球体が放ったトゲくらいの傷口が開いていて、そこからダラダラと血が流れている。
「……あ……」
僕が遅れたから……。
顔をさらに青くする僕を見て、おじさんは言う。
「責任を感じる事は無い。だが……これで確信した」
おじさんは完全に黒い球体に背を向け、僕と向き合う。
「これは一二三、お前にしか解決出来ない。お前に何が見えているかは知らんがこの傷口……そしてこの痛み。これはお前が俺に与えたものだ。」
おじさんの顔は僕を責めているものではなかった、本当に僕にしかこの状況を解決する事は出来ないのだと、そう言っていた。
そして同時に、今この状況から逃げるなとも――言っていた。
サワサワサワサワサワと、森の中を駆けるおだやかな風が、僕の頬を撫でる。
この風だけは、僕達が森に入ってから全く変わらない、最初はとても穏やかな気持ちにさせてくれたこの風は、今は僕を少し苛立たせていた。
(怖い……怖い……)
僕の体は、どうしても前に出ようとしてくれない。
おじさんが怪我をしてから、僕の体はさらに硬直した。
僕の体もおじさんと同じふうになってしまうのでは無いかと……。
もぞり
「!」
まるで僕の心を見透かしたかの様に、黒い球体が再びその体をうねらせた。
つまりそれは……あれが来ると言うことだった。
ばしゅ!と黒い球体の体から再び同じトゲが飛び出した。
それは背を向けているおじさんの背中を無慈悲に貫いて、
「おじさん!!」
僕の口から信じられない程悲痛な叫び声が飛び出た、何も出来ていないのに。
「!?」
おじさんの体はトゲに貫かれた――そう思われた。
いや、実際おじさんの体にトゲはぶつかった。しかしトゲはおじさんの体をすり抜けていた。
そしてそのトゲは全く勢いを緩めずに
「ぐああっ!!」
僕の右肩に突き刺さった。
まるで右肩が炎上してしまったかの様に熱い。
どろりと生暖かい液体が、僕の傷口を押さえる手から溢れだす。
(痛い……痛い痛い痛い痛い……!)
じわりと、僕の視界が揺らぐ。
涙が出ていた。
思わず膝をついて僕は崩れ落ちた、これと同じくらいの痛みを受けて立っているおじさんがどれだけの精神力を保持しているのか僕にはわからなかった。
サワサワサワサワサワ……と、森が鳴く。
まるで狩りの成功を祝うかの様に。
不用意に自分達の
自然が僕らの敵に回った……僕は今だけそう確信した。
「……森の音だ」
おじさんが痛みでうずくまっている僕に言う。
「今この森はお前に嫌な音を発生させるとても精密な「楽器」になっている……その「楽器」は俺に壊す事は出来ない、お前がやるしかない、一二三」
「この森を壊せ」
おじさんの力強い声が、僕の頭の中に届いた。
痛みを我慢する事に必死だった僕の中でその声は小さく、それでも楔の様に確実に僕の心の中に突き刺さった。
(森を……壊す……)
今思えばこの時、僕の思考は黒い球体からどうやって逃げるかと言うより、どうやって黒い球体に反撃するかという方に切り替わったのだと思う。
何故ならこの時すこしだけ――僕の中で闘志が湧いていた事を、僕は知っているから。
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