第2話 お願い致します

「そういう訳で、僕と一緒に波見山に来て下さい、王土おじさん!」

「いやどういうわけだ」

千負さんとの話――波見山の調査を依頼された僕は一旦家に帰り少し波見山の事について調べ、そしておじさんに土下座していた。

安楽椅子に深く座りながら土下座する僕を悠々と見下ろす大人――他人が見れば出るとこに出させられそうな光景だが、ここは当のおじさんの部屋で今僕の両親はどちらも仕事に出ており妹は友達の家だ。

この光景を見ている人間はいない。

「調べたら波見山に小学生が入るためには保護者の同行が必要らしくて!」

「だったら藤治とうじにでも行かせておけ」

おじさんは日本人離れした銀髪をいじりながら素っ気なく言った。

ちなみに藤治とは、僕の父さんの名前だ。

ここで気になっている人もいると思うので、王土おじさん――死流山王土しりゅうざんおうどの外見について説明しておこう。

髪の毛はベリーショート、しかし僕がおじさんと出会った時は髪の毛はおじさんの膝くらいまであり、まるで小さな滝を背負っているかのようだった(連想したのは紫式部)。

黒のジーパンにシンプルなワイシャツ、肌は千負さんに負けないほどきめ細かい雪の様な白。

しかし千負さんの様な儚さはそこからは無い。全てを飲み込んでしまいそうな、見るものを惹き付ける、そんな「白」――言うなれば「白銀」、それが王土おじさんへの僕のイメージカラーである。

性格は……まぁ、見ての通り。

小学5年生を目の前に土下座させて全く動じないふてぶてしさ、優しさは顔を上げろとも言わない時点でもちろんない。

「父さんは仕事だよ、母さんも一緒。おじさんずっと家にいるから暇でしょ?」

「暇じゃあ無いさ、現に今こうやってベランダに干した洗濯物の様子を見ている」

「今日の天気予報1日晴れだったよ」

ここで1つ、こんなおじさんの弱点を言っておくと、おじさんは爆裂的に機械音痴だ。

住んでいたマンションに雷が落ちて兄弟の家に一時的に引っ越して来たと言っているが、おじさんはスマホからテレビ、洗濯機、最初はコンロの火の付け方すら理解出来ていなかった。

今でも洗濯機を1人で扱う事が出来ないのだが――驚くなかれ、おじさんは手洗いで洗濯を洗濯機以上のクオリティーと速さで終わらせてしまう。

道具を使う能力が無い代わりに自分の体を使うのが上手い、神様は1つ得意を与えるとちゃんと不得意を作るのだなぁ、と僕は感心した覚えがある。

「……藤治も休日になら大丈夫だろう」

「休日は休ませてあげたいし」

「そもそもその千負とか言う娘の言うことが嘘という可能性は」

「骨折してまで嘘つくかなぁ」

「…………」

「…………」

どうやらおじさんは、これ以上何か言っても僕の意思を変えられないと悟ったらしい。

「……くそ、俺も丸くなったな……」

おじさんは小さく何か呟き

「たい焼きアイス5個が最低条件だ、面倒くささ次第で増加あり」

「おじさんのお金でね」

「…………」

しっかり大人気ない発言をして安楽椅子から腰を上げてくれた。

おじさんもなんだかんだで頼み込めば了承してくれる――押しに弱い性格なのだ。

流されやすい性格で少しそれに似ている僕は、それを知っていた。



波見山――その特徴は、江戸時代から全く人の手が入っていない山だと言う事だ。

開拓もされず、道路もひかれず……かなりたくさんの巨木もあるが、誰も利用せず、結界でも張られているかの様に人間はその山に近付こうとはしなかった。

しかしそのおかげか波見山には現在では絶滅危惧種に指定されている生物も生息していて、最近ではちょくちょく調査隊の人達が入って行くのを、授業中に目にした事もある。

何やら調査によると土壌に不思議な成分が含まれていたとか、あり得ない陥没の仕方をした場所があるとか騒がれていたが、全く興味のなかった僕はその詳細をいまいち覚えていなかった。

「ほぉ、中々良い空気の場所じゃないか、江戸の山を思い出す」

わけのわからないことを言っているが、意外とおじさんは楽しそうに山を登っていた。

僕達の目的は千負さんに何が起こったかを調べる事、そのために今おじさんと僕は千負さんが事故にあった日使っていたという抱子オリジナルの「登山コースその33」を登っていた。

季節は春が終わり、段々と気温も上がってきて昆虫達の活動も盛りを増す季節。

どんな虫がいるかわからなかったので僕は一応薄手の長袖長ズボン……おじさんはそのままの服装だ。

人間の手が入っていない、つまり登山道も全く整備されていない獣道とも言いがたいほどのルートを、おじさんはさも当然と言わんばかりにひょいひょい越えていく。

僕はもう何度か転びそうになるのを頑張って耐えているのに……。

それでもおじさんは僕の方を気に掛けてくれているようで、おじさんと僕の間の距離が一定以上開くことはなかった。

既に街の喧騒は消え、僕の周囲には風で木葉と木葉が擦れる音やどこかで流れている川の音が響いていた。

(確かに、落ち着くなぁ……)

ストレスがするすると地面に落ちていくような感覚を味わえる……足の疲れはドンドン溜まっているけど。

「……ここの辺りじゃ無かったかな?」

「あまり変わった所は無いな、妖怪がいるとかそう言うのを期待したんだが」

「あ、おじさんそう言うの意外と信じてるんだ」

「まぁ、見たことあるからな」

何だろう、今日は皆やたら真顔で嘘みたいな事を言うな。

しかし……周りは本当に静かだ。

トラックの音なんてもちろん聞こえ無いし、サワサワサワという風の音が天然の楽器の音色の様で心地よい……さっきから本当に癒されるな、これは千負さんも毎日来るわ。

「森ってのは常識として迷いやすい場所だが、その娘に限ってそんな事も無さそうだしな……」

おじさんは顎に手を当て考えれを巡らせている。

(……ホントに、真面目に協力してくれるんだな……)

最悪ついてきてくれるだけで良かったのに……。

「……おじさん、ありが……」

僕が感謝の言葉を述べようと、少し顔を上げた――そこに。

見たことの無いものが、「いた」

おじさんの背後、2メートルくらいの所に真っ黒な球体が浮いていた。

大きさは1mと少しくらい、その球体の真ん中にはとても綺麗で大きな碧眼が1つ、はめ込まれる様にして存在していて、それは真っ直ぐにこっちを見ていて。

「……と……う……」

僕はただ、空気を吐き出しただけだった。





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