御手洗一二三は流されない

ポルンガ

第1話 お見舞い申し上げます

僕――こと、御手洗一二三みたらいひふみは、堂森小学校に通う5年生だ。

クラスでは学級委員を押し付けられ、面倒くさい事も仕事としてこなしている僕だけれども、今日はそんな仕事に少し楽しみを覚えていた。

というのも、不謹慎なのかもしれないが。

そんな事を考えながら、僕は普段から歩いている通学路をクラス全員の寄せ書き、そして学校の近くにある花屋で買った1番安い(小学生の財力の限界)花束を抱えて病院へと向かっていた。

「……大丈夫かなぁ……千負せんふさん……」

ここまでで察しのついている方もいると思うが、今日の僕の仕事は怪我をしたクラスメイトのお見舞いである。

名前は千負抱子せんふほうこ。これまで日に当たったことが無いのかと疑うほどの白い肌とそれと対をなすような真っ黒な髪の毛が特徴的な、いかにも病弱そうな、風がふけば吹き飛ばされてしまうような、そんな印象を人に与える女の子だ。

しかし、そんな彼女も実際に何か病気を抱えているわけでもなく、それが理由で入院しているわけではない。

怪我だ。

彼女は小学校の裏にある山――「波見山はみやま」に行った帰り、トラックと衝突してしまった。

幸い命に別状は無かったが両足を骨折、神経に問題は無いものの大怪我を負った。

もの静かで積極的に人と関わりを持とうとしなかった彼女も何故かそれなりに人望があったようで、僕が学級委員としてお見舞いに行くと言うとすぐに寄せ書きが出来た。

(……まぁ、千負さん綺麗だしな。大人っぽいというか、品があるというか……)

そんな事を考えている僕も、あわよくば――何て考えている度胸の無い男の1人なのだが、まぁそれはそれとして。

「さて、行きますか」

1人でぶつぶつと、千負さんと会ったら何を話そうかとか考えていたら、いつの間にか僕は千負さんの病室の前、可愛らしいピンク色の兎のぬいぐるみがかかった個室のドアに手を伸ばしていた。

とにかく、寄せ書きと花束を渡す。これさえ出来ればミッションコンプリートだ。

「千負さん……お見舞いに来ました」

その個室は、小学生の女子1人で使うにはあまりに広くて。

窓から差し込む西日が、個室の中をゆったり照らしていて。

そんな異世界の様な雰囲気を持つ部屋の中、置かれたベッドの上でポツリの、千負さんは座って僕を見ていた。

「……あの、怪我の具合は……」

「もう平気、まぁ、動くのには手伝いがいるけど。後1月もすれば完治するそうよ」

「……そ、そう……」

凛とした目が、僕を貫いていた。

何故か千負さんと会話する時、とても緊張する。

とてつもなく年上の女性と話しているような……そんな錯覚までしてしまう。

いやいや、だったら悠長にしている暇はない。

はやいところミッションを済まして、残念だけど早々にこの病室から退散しよう。

僕にはやはり、千負さんは高嶺の花だった。

「あ……これ、皆からの寄せ書きと、花束……どこに置けば良い?」

「寄せ書きは見るからベッドの上にでも置いておいて……花束は……そこの花瓶にでも適当にぶっさしておいて」

「ぶっさす……」

なんだろう、千負さんの口から聞くととても変な感じだ。

そうして僕は花瓶に花をぶっさし、寄せ書きの色紙を机に置いて。

「それじゃぁ……」

病室を出ようとした、その時。

「御手洗くん、ちょっと待ってくれないかしら」

千負さんの声が僕の襟首を掴み、体を病室の中へと引きずり戻した。

「少し、私の話を聞いてくれないかしら」

気付けば僕は千負さんの前に椅子を持ってきて座っていた。

「……な、何でしょうか?」

駄目だ、僕のいけないところが出ている。

流されやすい、これのせいで学級委員も押し付けられたのだ。

けど、千負さんとおしゃべりが出来るのなら、それもありなのかな?

「私、波見山にはよく行くのよ、自然が好きというか、山のあの独特な空気感が好きなのよね」

千負さんは僕の目を真っ直ぐに見て語る。

あまりにも唐突な話の内容だったけど、僕は黙って千負さんの話を聞いていた、聞かされていた。

「それで、その日も学校終わりに波見山に行ったのよね。時間は16時30分頃だったかしら。いつものように山菜を愛でながら頂上に向かった」

最近の小学生女子は山菜を愛でるのか……新常識だ。

「その日はいつもより体が軽かったわね、絶好の登山日和というやつかも……と思って私は爛々と頂上を目指したわ」

いつも無表情で冷静な千負さんの爛々とした表情を僕はとても見たかったが、それは少なくとも1カ月後になるだろう。

「そして私の足は……冷たいアスファルトの上にあったわ」

「……は?」

思わずすっとんきょうな声が出た。

「は……はぁ、そうか。波見山っていつの間にか舗装がされてたんだ」

「そんな事をしようものならその会社は私が潰すわ」

「真顔で言わないで下さい……」

「……で、あまり思い出したくないのだけれど、私はそのままトラックに轢かれたというわけ。ドライバーさんが言うには私がスキップで道路に飛び出してきたと言っていたわ」

「……???」

何だか話がおかしい方に回りだした――気がする。

だって、単純に考えれば。

「千負さんは波見山の頂上を目指していたわけだよね?」

「ええ」

「なのになんで、山の下――の道路に飛び出したわけ?道を間違えても、流石に途中で気が付くよね?」

「何百と私は波見山を登って来たわ……、波見シャリストの私が道を間違えるわけがないし、もし間違えたら私は自分に今の状況以上の罰を与えていたでしょうね」

「千負さんさっきからちょくちょく怖いんだけど……だけど、そんな話を僕にどうしてしてくれたの?」

この質問、不味い流れを自分で作っていると、なぜ僕は気付かなかったのだろうか。

千負さんはその言葉を待っていたと言わんばかりに口を開いて、そして言った。

「だから、御手洗くんには波見山で私に何が起きたのかを調べて欲しいの。こんなこと大人に言っても錯乱した子供の戯言だと思われて終わるわ……だから、お願い」

「ちょっと波見山に言って、事の真相を解き明かしてくれないかしら」

僕はクラスで1度も頭が良いと思われた事も無いし、探偵キャラで売っていたわけでもない。

なので普通ならここできっぱりと断る所なのだろうが……。

残念ながら僕はとても流されやすく――そして千負さんの事が好きだったのだ。


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