ソロモンの英雄
ふぃふてぃ
ソロモンの英雄
「キャーーー!」
声高に聞こえる乙女の悲鳴。
「助けてー」と言う、子供の叫び声が、続け様に聞こえる。
俺はスタンッと地面を蹴って飛び出す。紅蓮のマントを翻し、恐怖の元凶と対峙した。
「貴様か、バロン。人質を離すんだ!」
「また邪魔しに来よったか。小癪な!今日こそ、その燃えるような仮面を引っぺがし、お主の顔を拝ませて頂こう。
「ピギャー」と奇声を発する、全身黒タイツを身に纏ったような、人的な生物が蠢く。仁王立ちする漆黒に溶けたバロンの手下は、二本の腕を、触手のようにグルグルと回しながら、人質に絡みつき離さない。
「助けに来てくれたのね……ソロモン」
うら若き乙女の熱い眼差しを受けて、俺は決め台詞を吐く。
「そう、俺の名はソロモン。秘宝に選ばれ、異界より召喚されし紅蓮の勇者」
黒光りする鞘から、東国に昔から伝わる幻の魔剣をスルリと抜いた。刀身は銀色に艶めき、陽光を照り返す。
「この魔剣シャムシールで、貴様ら悪党を成敗してやる。」
「こっちには人質が二人も居るんだ。流石のソロモンとて、手も足も出せまい」
伝説の魔剣シャムシールを構え、ジリジリと滲み寄る。
「おっと!それ以上、近づいてみろ。この女の命はないぞ」
化け物に囚われたミニスカの乙女に、漆黒の鎧武者は大剣を突き立てた。
「クッ、卑怯な。ならば!」
俺は
「我が声に応じよ、魔剣シャムシール。集風せし精霊シルフの
疾風の刃が上段から振り下ろされる。
光り輝く銀刀が
バロンの手下は「ピギー!」と奇声を漏らしながら吹き飛ばされ、バロンも風圧に押され後退した。
俺はすかさず人質となっていた、うら若き乙女と少年の元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか」
「ありがとう、ソロモン」
綺麗なスラリとした足の可愛い女性だった。近くに寄ると甘い匂いがした。服の上からでも分かる大きめのバスト……いかんいかん。俺は少年に視線を移す。
「大丈夫かい。良く頑張ったね」
「だいじょうぶ。オレも、たたかえる」
恐怖を微塵も感じさせず、五つばかりの子は立ち上がる。
「ありがとう。君は強いな。でも此処は危険だ」
「だって、きょう、ピンクもブルーもいねぇーじゃん。ひとりじゃ、まけちゃうよ」
「カッコいいな、君の名前は?」
「ケンタ」
「よし、じゃあケンタ君。勇敢な君に頼みがある。お姉さんを安全なところへ連れて行ってくれ」
「わかった」
少年の返答を聞いたところで、先程から良い匂いさせている女性に目で合図を送る。ムチッとした太腿の破廉恥な女性は、少年と手を取り戦線を離脱した。
「良い事を聞いたぞ。今日はブルーもピンクも来ないのだな。独り身で、この儂、バロンを倒せるとでも思ったか!」
「独り身、言うな!我が名はソロモン。秘宝に導かれ、異界より召喚された孤高の戦士。我が一閃で、今日こそ、貴様とケリをつけてやる」
「
大剣を地に突き立てる。バロンの掛け声と共に何処からともなく、先程同様、黒タイツの化け物が再び現れた。二体の化け物の触手が鞭のようにしなる。
「お主は一人、コッチは三人。どう見ても武があるのは儂ぞ。今、この場で儂の仲間になると言うなら、助けてやらん事もないが、どうだ。闇に堕ちてみる気は無いか?」
バロンの睨め付ける視線を振り払う。
「俺は何時も悪になんか屈しない!」
一糸乱れぬ攻防戦も、徐々に劣勢に。追い詰められ、触手が手足に絡みつき、身動きを奪う。
カチリ、カチリと漆黒の鎧武者が歩み寄り。大剣を大きくぶん回し、ソロリと首筋に剣先を近づけた。
「いつまで、その強がりが続くものか、ぞ。」
バロンの力強い蹴りが飛ぶ。
「グゥ……が、ハッ」
後方へ吹き飛ばされる。
片足を突き、何とか立ち上がるも、手下の触手が追い討ちをかける。左肩への強打。次いで右脇腹を叩かれ、視界が揺れる。
「仲間がいないと、呆気ないものだな」
カチリと鎧武者の近づく音が聞こえる。
「ソロモン!」
「がんばれー!」
「がんばって、ソロモン」
俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
俺に声援を送る。子供達の元気な声が聞こえる。
俺は東国の銀刀、魔剣シャムシールを地面に突き刺し、ふらふらになりながらも、立ち上がった。
「そんな体で、まだやるつもりか?『仲間にして下さい、バロン様』と言っしまえば、すぐ楽にしてやるぞ。悪は最高だ。自由だ。さぁ、悪に堕ちろ。ソロモン!」
「答えは変わらない。俺は悪には屈しない。ハァあああー!」
銀刀が輝きを取り戻す。
「まだ力があるとは驚きぞ。でも、もう虫の息。哀れだなソロモンよ。トドメを刺すのが惜しいくらいだ。」
「プギャ」と言う化け物の触手が飛ぶ。何とか剣で弾くも、体が自由には動かない。
「ソロモン!」
「がんばれ!」
俺はチラリと少年の方に目を向けた。
ーーまだ、やれる。
襲い来る触手を交わし、刃で弾き、懐に潜り込む。化け物の腹へと魔剣を突き刺した。間髪入れずにもう一体、動揺を尻目に銀刀で切り刻む。化け物は紅に染まった紙吹雪を散らし、奇声を上げて倒れた。
「観念しろ。残りは貴様一人だ!」
「ふん」と力強い唸り声と共に大剣が乱舞する。シャムシールで受けるが剛腕に押される。
キンッキンッと、鉄と鉄が弾き合うような金属音が響き渡っていた。くるりと紅蓮のマントが翻ると、ガチャリと漆黒のマントも踊る。剣と刃が迫り合い、ギチギチと不協和音が鳴り響く。
拮抗した力と技。互いはバックステップで、間合いを取った。
相手は大剣を下段に構える。俺は剣を鞘に収める。鞘を支える左手の親指を伸ばし、唾を少しだけ押し出すと、カチャリと魔剣シャムシールが鳴く。
居合い。そして抜刀。
刹那。どちらからともなく間合いは詰まる。互いの横凪の一閃。下段から振り上げられる大剣を銀刀が捉えた。力強い一撃に耐え、振り払われまいと軸足で体を支える。
……子供達の熱い叫び声が聞こえる。
更に下半身に力を込め、刃を大剣に這わせ滑らせる。チチチチチッと剣の擦れ合う音が響き、懐まで潜り込んだ俺は、勢いそのままに、輝く魔剣シャムシールの力で、バロンを一撃、切り裂いた。
「グゥ、ヌゥ……」
後ろに蹌踉めく鎧武者。
「ソロモン、これで勝ったと思うなよ。この仮は、いずれ近いうちに返してくれよう、ぞ」
バロンは捨て台詞を残し、マントを翻すと、目の前から忽然と消えた。
見事に勝利を収めた俺は、先程の少年と熱い握手を交わす。
「さっきは、お姉さんを助けてくれて、ありがとう」
「らくしょうだよ。パパ、次はジェットコースター乗りたい。」
……はぁ、子供は正直だよ。
「お疲れ様で〜す」
粗方、片付けが終わった楽屋裏。俺は先程のうら若き、破廉恥な乙女を見つけた。
「お疲れ様。君、見ない顔だね。何処の事務所?」
「大塚エンタープライズです」
「へぇ〜この後、打ち上げでも……あっ!ちょっと待っててね」
「はい、もしもし。ゆかちゃん。風邪は大丈夫」
『うん、熱下がって、明日のPCR検査で陰性なら、明後日からは出社できるから。』
「無理しちゃ駄目だよ。どうせブルーも濃厚接触者で休みみたいだし。ったくあのバカも何処で何してんでしょうね」
『……あーもしもし。ウッス、お疲れ様ッス』
「なんで、お前が、ゆかちゃんと居るんだよ。家出るなって指示きたろ。この、濃厚接触者」
『あー、そうなんッス。なんで、ゆかが陰性なら自分も出社できますんで』
「……あー、あーあー、あッ。えっ、何何何。お前ら、そうなの!えっ、付き合ってんの!濃厚接触な関係なの。ゆかちゃん、この前、彼氏いないって言ってたじゃん」
「いや、でも、もうすぐ旦那だから、間違いは、無いでしょ。じゃ、ごめんね。」
ツーツーツー。
俺の名はソロモン。秘宝に導かれ、異界より召喚された孤高の戦士。ーー孤高ってなんだ……。
「ねぇーねぇーねぇー、バロン聞いた。アイツら付き合ってるって」
「バロン言うなし、半年前の話だろ。それ、みんな知ってんぞ。あっ!沙耶香ちゃん、今日、凄く良かったよ。急な代役、ごめんね。大塚さんトコのスタッフは優秀で助かるわ。どお、近くにパンケーキの美味しい店、知ってるけど行く?勿論、僕の奢りで」
「本当ですかぁ。嬉しい〜。鎧武者さん、かっこよかったですぅ。わたし、悪役が好きなんですよねぇ」
「本当。嬉しいなぁ。ッと、そう言う訳だから、お先に失礼。ソロモン」
「ソロモン言うなし!って、ちょちょちょ、俺も……」
「お疲れ様です」
「おつかれさまですぅ」
「……お疲れさんでし、た」
俺の名はソロモン。秘宝に導かれ、異界より召喚された孤高の戦士。決して『ヒトリモン』という意味ではない。決して、断じて……。
ーー俺も悪役に転生しようかな……。
ソロモンの英雄 ふぃふてぃ @about50percent
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