宿舎にて

 存分に惰眠を貪った僕は、それでもまだ眠気を引きずりつつ、一先ず挨拶でもしようと部屋から出る。

 出ようとする。

 

……、押す、引く、横にスライド、いっそ上に持ち上げる。…………。



 ……、鍵が閉まっていた。

 昨日は気付かなかったけど、中から開けることができない。


 身元不明の人間を泊めるための部屋だから、当然か。


 部屋には窓もあったけど、開けることはできなかった。



 自力で出ることができないとわかったら、なんとなく閉塞感を感じた。



 

 目覚めてから体感一時間後、昨日のうちに貰っていた服に着替えてから、部屋の鍵が開けられた。

 予想していたベテラン門番や新人門番ではなく、交代門番の片方が扉の前に立っていた。


「おはよう、少年。いい夢見たか?先輩は門の方で仕事しているぞ。終わってから手続きの続きをしてもらうから、それまでゆっくりしててくれ。昼頃には帰ってくるはずだ」


 お言葉に甘えて休もう。ベテラン門番がいないんじゃ、何もできないだろうし。


「下に朝食を用意しているぞ。腹減っているだろ、たくさん食べろよ」

 まだ“空腹”は感じなかったけど、食べることにした。

 多分、食べとかないと後がキツイ。



 貰った服は麻か何かでできていて、前の世界基準だと有り得ないゴワゴワが味わえた。

 門番たちの服装を見る限り、これがこの世界の普通なんだろうな。




 昨日晩御飯を食べた部屋に、交代門番のもう片方がいた。

 朝食を用意してくれていたらしい。

 固めのパンと牛乳が机に並べられていた。



 昨日同様、そんなに食べなかったけど、不自然にならない程度には口に含む。

 交代門番二人もまだ食べていなかったらしく、一緒に食べる。

 なんとなく居心地が悪く感じつつも、、貰ったズボンのポケットに手を忍ばせて誤魔化す。

 楽しい楽しいお食事会。



 場の空気を持たせるためにも、多少会話をする。

「今って何時ぐらいですかね?」

「午前八時、だぞ」

 まあ、大体予想通りの時間かな。

「門番って、どのぐらいの時間で交代するんですか?」

「六時間が基本で、非番の組があったら八時間ずつだな。昨日も一組非番だった。ちなみに、門番は俺らの組と先輩の組のほかにも、後二組いるぞ」

 成程、そういう感じか。

「その残りの二組は?」

「ここにはいないぞ。各々自分の家があるから。通える範囲だと、この宿舎に住む必要はないんだ。お前みたいなのがいるときは、誰かはここに居続けないといけないけどな」

 へー、色々あるんだな。



 この人達には何も書き込んでいないから、昨日のように大胆にならず、不自然に思われないように、程々の質問に留めておく。

 


 朝食を食べ終わると、交代門番の一人が出かけた。朝呼びに来てくれたほう。

 残った部屋の中で、一対一で親しく話し込む程仲良くなっていないから気まずかったけど、何もすることはないから机の前でボーっとする。



 こうしてると、終業式の日を思い出す。

 まだ心の傷が癒えてなかったのか、嫌な気分になった。



 暫くして、残っていた門番の人が書類仕事を始めた。

 僕関係のものではなく、普段の仕事のものらしいから、気を使って一応部屋から出る。


 僕の動きに気付いたのか、門番が、

「ああ、ありがとう。確かに、同じ部屋はちょっとな。昨日寝た部屋に戻っていてくれるかな?何かあれば、呼んでくれたらすぐ行くから」

 と、言葉をかけてくれた。

「わかりました」

 とだけ返して、二階に上がる。



 途中でトイレに寄ってから、部屋に入る。

 入るときは特に何もなかった。

 扉を閉めてしまうと、中から開けられなくなったから、そういう仕組みか魔法なんだろう。

 そういえば、魔法はまだ見たことないな。




 何もすることがなかったから、部屋の中を見回ってみる。

 昨夜はすぐに寝たし、今朝も落ち着いて部屋を観察することはなかったから、新発見も多い。

 


 改めて見ると、簡単なホテルのような部屋だった。

 一人用の机とか、シングルベッドとか。

 あっちの世界でも、ホテルに泊まったことなんてあったか記憶にないけど。

 ベッドは、ふかふかの羽毛とはいかなかったけど、中々気持ち良い寝心地だった。中に何が入っているのかは、よくわからないけど。



 机の上に幾つかの紙の束が置いてあることに気付いた。

 昨夜からあったのだろうか?

 多分誰もこの部屋に入っていないはずだから、あったんだろうな。


 紙の束は三種類あって、それぞれ一枚目に「街門守衛兵隊宿舎での生活の規則について」「街門守衛兵隊東門のメンバー」「生活許可証発行までの流れ」とタイトルがあった。ここって東門なの?


 ここに泊まった人用のプリントだろうし、取り敢えず読む。

 まずは、「街門守衛兵隊宿舎での生活の規則について」から。




・ ・ ・ ・ ・ ・ 




 まあ、新しい情報はそんなになかったかな?

 常識的なマナーとか、部屋から自由に出れないこととか。

 シャーペンの悪用があったとはいえ、門番の人たちと折角良い関係を築けているから、変なことはするつもりはない。




 次は、「生活許可証発行までの流れ」を読もう。

 難しくなければいいけど。



 

・ ・ ・ ・ ・ ・




 成程なあ。これも、新しい情報はそんなになかったかな。

 昨日の晩から少しずつやってる書類的な手続きが多い。

 正体不明な奴を町に入れるんだから、それも当然かな。

 あと、許可証は神殿で発行されるらしい。

 この世界は神の干渉の影響が大きいから、神殿は信仰の拠り所以外の役割も多いらしい。

 神殿かあ……。行きたくないけど、仕方ないか。



 






 で。

 多分、起きてから二時間位経った頃。



「ア、ハア、グ、グゥウ…………。ガアッハ」





 ぶっ倒れた。

 苦し過ぎる。

 ああ、しんどい。







 ハラヘッタ。





 大袈裟な声を上げていてなんだけど、単に空腹に喘いだだけ。

 昨日のうちに書き込んだ、シャーペンの“満腹”の効果が切れたみたいだ。

 馬鹿みたいな話、『袈裟切り』並に命の危機を感じた。





 薄々気付いていたけど、シャーペンの効果切れたときの反動が大きいな。

 “回復”が切れたときも倒れてしまったし、昨日も“不眠”が切れた瞬間寝てしまった上に正直まだ眠いし。

 本来あったはずだったダメージが今になって戻ってきたのか、それ以上になって襲ってきたのかまではわからないけど、なんにせよ辛い。




 ポケットに忍び込ました、朝食のパンの残りを口に含む。

 腹が減り過ぎてから急に食べるのは、体に悪いと聞くけど、昨日から少量は食べていたから大丈夫だろう、と自分に都合よく考える。

 飢餓感が過剰に強いだけな気がするから、健康とは別の問題だとも考えられる。



 また“満腹”を書こうとは到底思わなかったから、持っていたパンを余すことなくゆっくりと咀嚼して誤魔化す。

 まだ空腹を感じるけど、大分マシになった。




 ようやく脳を空腹を感じる以外に使えるようになったから、こんな事態を引き起こしたシャーペンに思いを馳せる。

 思った以上のデメリットに、戦いに応用できるかと考えてしまった。

 24時間後に効く攻撃に意味はないし、そもそもまともに戦ったことなんてないのに。




 このシャーペンの副作用は、多分肉体に対する効果の時だけだろう。

 精神や脳をいじってもこんなことには多分ならない。

 実際、“理解”の効果が切れたときは、何の反動もなかったし。






 いい加減、倒れっぱなしでいることにも飽きたから、机の上の紙束に手を伸ばす。

 最後の「街門守衛兵隊東門のメンバー」とやらに目を通す。



 

・ ・ ・ ・ ・ ・




 一枚目の表紙を除いたら、8ページ。一枚一枚に人の写真とプロフィールっぽい文章が添えられていた。

 一枚目は、見慣れた無精髭の黒髪黒目だった。ベテラン門番さん。東門メンバーのリーダーみたいな役職らしい。

 二、三枚目は交代門番二人だった。金髪青目と茶髪黒目。肌の色も違う感じだし、人種とかの概念はこの世界だとどうなんだろう?兎に角、筋肉の圧が凄かった。

 四~七枚目は知らない人たちだった。さっき言ってた、ここには住んでないほかの門番だろう。鍛えている感じの男性の写真が並んでいた。

 八枚目は新人門番だった。金髪青目。一人だけ体ができてないようだし、初々しい感じ。

 ベテラン門番のやる気なさそうな顔や、交代門番二人の過剰に筋肉アピールの強いポーズ、一人だけ変な格好をさせられている新人。内輪のネタみたいな感じが強く、笑ってしまった。




 そこそこ楽しんだ後で、違和感に気付く。

 写真あるじゃん。紙も羊皮紙とかじゃなくて、慣れ親しんだ木から作られてるやつじゃん。

 そんな技術あったのか、あるいは魔法か?

 魔法の可能性が高そうだな。



 中から開かない扉も、詳しく観察した感じ、仕組みみたいのがなかったし、魔法かもしれない。 

 魔法って何なんだろう。

 かなり気になる。
















 あ、名前載ってないのなんでだ?

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