文具武具

 右のページ、5ページ目に目を落とすと、



『受け入れたのかい、賢明だ。


 ”軽薄な嗜虐心の護体無体”を使ったね。


 いいじゃないか、説明の手間が省ける。


 楽しくなってきたね』




 すでにわかってはいたけど、ノートの文章と会話が成立しているな。

 ”軽薄な~”の言葉の意味が分からなかったけど、流れ的にこの消しゴムを指すのだろうか。

 




 消えた、と一言で言っても色々あるはずだ。

 透明化して見えなくなっただけ、違う空間に持っていかれた、そして本当にこの世からなくなってしまった。




 草がなくなってしまった辺りに手を這わせる。

 感触がなかったことから、透明化の線は消えた。



 個人的に、空間移動説を推したいところだけど。

 

 


 ちょっと整理。

 一先ずはここが普通の世界ではないことは前提とする。

 そうじゃない方が違和感がある話運びだし。



 その上で、この世界には不思議な力があることも認めよう。

 ノートに消しゴム、実際に目にしてしまうと認めざるを得ない。




 だとしても、その不思議な力がどこまでのものか。判断に困る。

 考える要素として、消しゴムで草が消えたとき本当に消えただけだったってこと。


 風が吹かなかった。


 そこにあったものが本当に消えたのなら、空いた空間を埋めるために空気が流れるはず。

 それがなかったということは、草は消えてもその代わりの何かがあったから。




 だから、透明化説が一番納得できたんだけどな。

 触ったのに何もなかった以上、間違いなのだろう。




 空間移動説のイメージとしては、国民的SFアニメのドアみたいなの、かな?

 もっといい例えがあるのかもしれないけど、フィクションそのものの知識があのアニメを見るような幼少期で止まっているからなあ。腐っても、元はがり勉。




 全く違う座標を繋げて物体を交換する。それなら空気が流れないのも理屈が通るはず。

 草がどこかの空間に持っていかれて、その空間に元々あった空気がこの場所に持ってこられた。

 仮説としてはこんなものかな。


 いかんせん、今までの常識と全く違う話をしているから、理屈が通っているのかも正しく伝わる言葉選びができているのかもわからないけど。

 まあ、誰に聞かせるわけでもなし、自分が納得できるのが一番。



『ハズレ』



 ノートを捲って6ページ目、折角饒舌になっていたのに、また一言だけになっていた。

 それなりに頭を使った上で否定されるとかなり苛立ちを覚えた。

 こっちは不調の脳みそを働かせて、ロジックの破綻がないように気を使っていたのに、単語一言理由なしの否定はないだろう。



 感情が高ぶり、特に何も考えないまま右のページも見てしまった。



『ハズレ』







 ……。

 この情報は結構貴重だと思う。



 今までは、一ページ一ページ考えを纏めてから次へと進んでいた。

 最初の2、3ページは思考を巡らす余裕はなかったけど、少なくとも次のステップに進める状態になってから読み進めた。



 足踏み状態で次のページを見ると同じ言葉が書いてある。


 これがノートの書き手のお遊びなのか、ノートの仕様なのか。

 考えるに値することではないだろうか。




 実験かつ戯れに、8ページ目も見てしまおうか。

 これでまた『ハズレ』が書いてあったら面白い。



 ただまあ、この実験は失敗するだろう。

 今の色々考えている状態からページを捲るのは、さっきみたいに勢いで次のぺージを見るのとは意味合いが変わってしまう。

 条件が同一でないのなら、検証にならない。

 



 とは言えこのまま何もしないわけにはいかないから、できる行動としてはページを捲ることのほかないのだけれど。

 このノート以外に頼りにできるものがないのだし。



 どうか神様、仏様、ノート様、この私めになんかたくさん有益なことを教えてください~。

 と、ふざけながら。




『あまりこの世界を舐めるなよ。

 

 君が君程度の常識を基に考えた理屈なんて意味を成さない。


 なんたってこの世界は魔法もありだぞ?


 勉強しかしてなくて、想像力が足りないよ。


 揚げ足を取るように細かいことを気にしても仕方ない。


 もっと楽しめよ、この世界を』






 これは、どう受け取ればいいんだ……?

 お相手、ちょっと怒ってる?説教気味?それともご機嫌?

 


 成程、これがSNSの難しさか。

 文章だけだと、こうも相手の感情が読み取りにくいなんて。

 連絡相手が家族だけだったから新鮮だな。



 それは兎も角。



 これでも楽しんでるつもりだったけどな。

 不思議なことに対して考えを巡らして、答えを見つける。

 楽しいけどなあ。



 それも兎も角。



 この世界って言っても、ここが現実世界と違う要素なんて、ほとんどこの手元の文房具だけだしなあ。

 このアイテムは何ですかー、おーしえーてくーださーい。


 9ページ目を見る。



『名称:”叡智の宿る愚者を滅しし暗澹と残痕”


 形態:ノート


 効果:真実を写す、高位存在との交信手段』


 名前の圧が凄いな。

 え、読みにくい。

 えいちのやどるぐしゃをめっししあんたんとざんこん。

 全体的によくわからないなあ。

 取り敢えず今のこの文章は、高位存在との交信ってことかな?

 真実を写すって何だろう。

 知りたいことが知れる、みたいな?


 次のページ。



『名称:”軽薄な嗜虐心の護体と無体”


 形態:消しゴム


 効果:生命体、物質の消却』


 既視感のある名前だった。

 やっぱり消しゴムの話だったのか。まあ、わかってはいたけど。

 効果が消却ということは、透明化説と移動説は違うのか。

 このノートを信じれば、だけど。


 ノートに対して無駄な反抗をしつつ、次。



『名称:”写実嗚呼一滴のペイン”


 形態:シャープペンシル


 効果:能力・特性などの追加、事象の書き込み』


 シャーペンも足元に転がっていたり。

 折角だから手に取ろう。

 ちょっと大きめでずっしり来る重量感。

 これ高そうだな。

 効果の意味が分からなかった。

 書くことで何かできるのだろうか。


 よくわからないままに次ページ。



『名称:”定めし運命の規範奇譚終焉”


 形態:定規

 

 効果:規律の修正、力の昇華』


 定規発見。

 草に覆われていて見つけにかった。

 透明で15cmのもの。

 これもよくある感じのやつだな。

 ちょっと力を込めるとしなった。

 効果についてはよくわからなかったけど、まあ今はいいだろう。


 それじゃあ、次いってみよう。ってこれが最後か。









 ……、なんというか、まあ、これはカンニングだよなあ、と。

 手元の紙を弄びながら思う。

 答えを盗み見る、ということが可能なのもそうだし、英語本来の意味の”ずるい”ってことに関しては他の道具もそう。

 


 イマイチ使い方が理解できなかったのも多いけど、それでもそれぞれの道具が強力なことは理解できた。



 この世界の全体像というのはまだわからないけど、僕のような存在が稀なことは予想できる。

 イレギュラー、ではあるのだろう。



 根拠はないけどそう考えた。

 根拠とまでは言えないけど、そう考えた理由として文房具の名称がある。正直ネーミングセンスとか、どうかと思うけどそれは置いといて。


 大仰な単語が多いなあと。



 みんなが持っているものにしては、”叡智”とか”終焉”とかそんな単語使うか?

 普及率が高いものは、もっと親しみやすい名前だろうと邪推。


 案外そこは、スマホとかと同じ感覚かもしれないけど。



 賢い電話も、改めて考えたら大概だよな。




 とかなんとか。

 色々考えつつ。

 ページを捲る。



『これで君が持っている道具の説明はすべて終わったね。


 もうそろそろこの交信も終わりかな。


 そうだね。


 あとはもう強いて言わなければならないことも特にないけど。


 こまごまと補足しておこうかな。


 一つ、特に予定がないなら西にでも向かいな。一番近くの町がある。


 二つ、君の手元にあるその文房具たちはかなりの優れもので強力だけど、近道用の道具でしかないことを忘れないように。努力次第では、その道具たちと同じことができる人もいるよ。


 三つ、いい加減、常識は捨てな。君は頭もいいし、理解力もある。くれぐれも狭い常識に囚われてくだらない人生を送らないように。


 これくらいかな?


 もっと言うことがあったような、既に言い過ぎのような気がするけど、取り敢えずもういいや。


 あ、次のページにちょっと豆知識書いとくね』





 成程了解。

 この後どうなるかは結構気になっていたんだけど、そういうことね。

 

 今貰った道具を使って自由に生きろ、と。


 なんだかんだ、まだこの世界が異世界だと信じ切ったわけではないけど、もういいだろう。


 信じるか信じないかは兎も角、旅に出ることに不満はない。


 これ以上ここにいてもどうしようもないし。


 ノートの主の余興のためにここに連れてこられたのだとしても文句はない。


 あのままあっちの世界にいても、どうしようもなかっただろうし。


 少なくともトリガーボーダーの話は、自分にとっては納得できるものだったし。


 リハビリがてらの余生かな。

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