第㯃拾陸章 戦争を止めろ・慈母豊穣会・其の弍
「誰だろ? 見た事ない子がいるね」
「うん、でも凄い美人。
「そうだね。可愛いというより美人っていう方が合ってるね」
「どこの子だろう? あんな燃えるような真っ赤な髪なのに全然下品じゃ無い。どこかのお貴族様かな?」
「だったら護衛や御付きが一人くらいいない?」
「分かんないよ? 服も庶民っぽくしてるし、バレないように身をやつしているのかも知れないじゃん。きっとお貴族様が世間勉強をしてるんだよ」
「だったら声をかけちゃ悪いかな? お友達になりたかったんだけど」
『不死鳥』の聖女ベアトリクスは遠巻きに見ている少女の一団から聞こえてくる
ベアトリクスはカイゼントーヤ王の計らいにより商売を勉強中の貿易商の娘という触れ込みで慈母豊穣会カイゼントーヤ支部の神殿に潜入しているのである。
しかし身の丈が三メートルを超えるベアトリクスが娘役というのも無理があるのではと思われる向きもあるであろうが、そこは“生命”を司る聖女だ。
自身の生命力を操作して一時的に十四、五歳ほどの少女に変身していたのだ。
普段の切れ長の目はくりくりと愛らしくなっており、綺麗なアルトも今は鈴を転がすようなソプラノへと変じている。
聖女はその体に秘めたる神秘の力により若い姿を保っており、寿命が尽きる一年程前から老化が始まるという。
ベアトリクスも本来ならゲルダやアンネリーゼのように少女のままでいられたのだが、海賊時代に重傷を負ってしまい、命を繋ぐ為に“生命”の力が暴走した結果、三メートルを超す巨躯となった事は前述した通りである。
しかし、その巨体とあどけない顔が壊滅的に似合っておらず、鏡を見て自分で怖いと思ってしまった事もあって年齢設定をニ十代後半から三十にしていたのだ。
ただ失った右目は『不死鳥』の力を持ってしても再生する事は叶わず、黒いアイパッチを外す事が出来なかった。
アイパッチをした少女など怪しい事この上ない話であるが、面白い事に慈母豊穣会に入信している少年少女は教皇ミーケの強さ、或いは容姿に憧れているそうで隻眼でもないのに眼帯ファッションが流行っているそうな。
御陰で助かったが、地母神より教皇の方が人気がある事実に苦笑を禁じ得ない。
だがカイゼントーヤ王の話を聞けば納得するよりない。
なんと慈母豊穣会とは元々地母神クシモを崇める宗教団体ではないそうで、地母神の能力である『豊穣』と『子宝』という現世利益を武器に人を集め商売の手を広げてきた商業結社であるという。
ミーケも初めは会長という役職であったそうであるが、気が付けば信徒から教皇と呼ばれるようになっていたというではないか。
奇妙な話であるが契約上は主であり神であるクシモは慈母豊穣会の御神体であると同時にミーケ会長を補佐する秘書、即ち部下であるそうな。
神の身で人の下につく事に不満が無いのかと訊けば、答えは“No”だというのであるから驚きだ。
勇者に敗れ、封印されていたクシモは復活させてくれたミーケに恩を感じている事もあるが個人的な感情として、一人の男としてのミーケに惚れ込んでいるそうで、甘んじて受け入れているというよりはミーケを立てているそうな。
クシモの役職は
例えば枢機卿の一人に
ヴァイアーシュトラス公爵も直参・ヴァイアーシュトラスファミリーという組織を構成する人員を与えられており、自身もファミリーのボスに納まっていた。
そして枢機卿隷下の二次団体の長は大司教となり、その下にある三次団体を纏める者を司教、四次団体は司祭となっていく。
ちなみに信徒からは教皇様と崇められているミーケであるが直参組織の構成員からは
「テルセロ(カイゼントーヤ王)の話じゃ反社会組織って訳じゃないそうだが」
神官同士が腰を落とし両膝に手を置いてお辞儀をする挨拶をしているのを見ていると
「これは
「おう、バオム王国のところの
「へい、承知致しやした」
とても大司教と神官の会話とは思えない。
健全な組織のはずなんだよな?
「ま、今日はしっかり警備を頼むぜ。なんたって今日は
「へい、心得ておりやす。任せておくんなせい」
「向こうからしたら本拠地で聖女を三人もしょっぴかれてメンツは丸潰れだからな。無茶やる莫迦が出てもおかしかねぇ」
「こっちとしては胸がすく話でしたがね」
「違いねぇ。星神教の外道共の慌てふためく顔ったらなかったぜ」
二人は一頻り笑った後、分かれていった。
「ちぇっ、好き勝手云いやがって」
だが、これでカイゼントーヤ王の情報が正しかった事が証明された。
過日、慈母豊穣会と話が出来るよう取り計らって貰おうと依頼したところ、教皇ミーケが近くカイゼントーヤ王国を訪問する事を教えられたのである。
「どうせならトップに話を聞いて貰った方がよかろう」
どうやら教皇ミーケは定期的に各地を訪問しているそうで、ここカイゼントーヤ王国には三日後に訪れて説法を説きに来るという。
丁度良い。ゲルダ達の安否も確かめる事が出来ると同意したものだ。
「確か説法は午前十一時だったな。まだ時間はあるか」
どうせなら慈母豊穣会の神殿詣ででもしてやろう。
星神教と対立している事からゆっくりと神殿見物など出来なかったのだ。
だが、今の自分は聖女ではない。たっぷり拝んでいくとしよう。
「へぇ、慈母豊穣会もフレスコ画を描いてるようだな。どれどれ……」
フレスコ画のフレスコとは“新鮮”という意味がある。
手法としては壁に漆喰を塗り、フレスコ、つまりまだ乾いていない状態の内に顔料を用いて絵を描くのだ。
一旦乾けば長い年月、絵を保存出来るが反面やり直しがきかない。
卓越した技術を要する事は云うまでもないだろう。
「何かの神話か?」
壁には一人の少年が腕を組んでいる姿が描かれていた。
絵の下のはプレートが嵌められており何か文字が書かれている。
「何々? 『教えて教皇様』ァ? 『教皇のいけない個人授業。教皇様、駄目なボクを躾けて下さい』?
見れば人物の横或いは上で文字を囲っているのが分かった。
『うーん、うまくいかないなぁ』
『どうしたの?』
少年に少女が声をかける。
どうやら絵は白い線で分割されているようだ。
一枚の絵でいくつもの場面を描く手法らしい。
少年は上位の魔法を遣おうとしてもうまくいかず、少女もアドバイスをするが魔法はうまく発動しない。
『それじゃ駄目だよ。精霊は魔力を与えて呪文を唱えるだけじゃ魔法を構築する手助けはしてくれない。心を通わせるんだ』
『『あ、教皇様』』
ちょっと待て。
この背が高くて垢抜けた顔をした美男子は教皇ミーケなのか?
確かに面影はあるが、いくら何でも盛り過ぎだろう。
しかもアイツは無頼な言葉遣いだったのに、このフレスコ画のミーケは優しいお兄さんといった風情だ。
『魔法を遣っていなくとも魔力を与えて交流すると良い。そうする内に絆が芽生えてくる。すると短い詠唱でも術者の考えを汲んでくれて望んでいる魔法を発動してくれるようになるんだよ』
にこやかに教えを授けている教皇ミーケに二人は感心している。
『この方法は精霊との絆を深めるだけじゃない。魔力を与える事で精霊の成長を促す事が出来るんだよ。私が契約している精霊も最初は最下位クラスの精霊だったけど、今では最高位クラスにまで成長しているんだ。つまり上位の精霊と契約をしなくても高度な魔法を遣えるようになるって事だね』
『そうなんだ。ボク、頑張ってみるよ』
『うん、私に出来たのだから君にも出来るさ。それに利点はまだある。高位の精霊と契約するより育てた精霊の方が体への負担も少ない。チャレンジする価値はあると思うよ』
優しく少年の頭を撫でるミーケでフレスコ画は締められていた。
「うーむ…ミーケのヤツ、星神教だけじゃなくてプネブマ教にまで喧嘩を売るつもりかよ。昔ながらの精霊魔法の遣い手が知ったら発狂するぞ」
天空の星を神に見立てた星神教、地母神を信仰する慈母豊穣会、そして万物に宿る精霊を祀っている精霊信仰のプネブマ教、これらがこの世界で最も信徒が多く、隆盛を誇っている事から世界三大宗教と呼ばれている。
そのプネブマ教が至高の
精霊魔法は火の魔法を遣うには火の精霊、水属性なら水の精霊と属性ごとに精霊と契約しなければならないので手間がかかるが汎用性が高い。
また高度な魔法を遣うには下位精霊に始まり、中位精霊、上位精霊とランクの高い精霊との契約を結ばなければならないので近年では精霊魔法の遣い手は減少傾向にあるという。
精霊魔法の代わりに増加傾向にあるのが宿星魔法と呼ばれる魔法である。
これは星神教の信徒は一人につき一つの星、即ち一柱の守護神を戴いている事に関係があり、己が守護神の属性と同じ魔法を遣えるようになるのだ。
つまり『不死鳥』のグループの守護神を戴く信徒は火属性、『龍』なら風属性の魔法を遣えるようになるという事だ。
これは一属性に特化しているものの才能と努力次第では若くして高度な魔法を遣えるようになるという利点があった。
故に昨今では一属性一辺倒の魔法遣いも珍しくないのである。
話を精霊魔法に戻そう。
精霊魔法を学ぶにはまず師に弟子入りをし、住み込みで働きながら師匠から教えを受けるのであるが、その技術の大半は手取り足取り教えて貰えるような優しい指導ではなく師匠の業を見て盗めというものだ。
まず弟子は師の立ち合いの元、最下位の精霊と契約を結ぶ事になるのだが、彼らはマナと呼ばれる大気中にただよう魔力と大差なく、意思も無ければ形も無い。
当然ながら最下位精霊の力を借りたところで魔法を行使する事は出来ない。
では無駄であるのかと云われれば、そうではなく、精霊と契約すれば魔法を遣っていなくても魔力を消耗するものである事を理解させ、体に覚えさせる事に意義があるのだ。
そして師が授けた理論を理解した事を試す筆記試験に合格して初めて下位の精霊との契約を許される。そこで漸く基礎の魔法を遣えるようになるのだ。
その後は師匠の身の回りの世話をしながら師の遣う魔法を見て盗み、魔法のノウハウを蓄積していく。
勿論、魔法の構築で事故が起こらないよう最低限の知識は伝授されるが、魔法という超技術を会得し、遣いこなすには一から十まで教わっては身につかないという考えの元で昔からある伝統でもある。
頃合いを見て師匠が出した試験に合格すれば中位精霊との契約を許され、更に高度な魔法を学んでいく事になる。
やがて独り立ちをするに充分な知識と技術が身に付いたと見做されると師匠の元から独り立ちを許され、餞別として得意とする属性の上位精霊への紹介状を与えられて巣立っていくのが精霊魔法の修行の流れであった。
「契約している精霊を育てるって、ありえないだろ…しかも最高位って事は、つまりミーケは剣の達人というだけじゃなくて賢者レベルの魔法遣いって事なのかよ」
一般に一人前の魔法遣いと呼ばれている精霊魔法の遣い手は上位精霊と契約しているが、勿論これが終点ではない。
更には高位精霊というものが存在し、高位精霊との契約に成功した者は魔法遣いとしては雲の上の存在となる。
何故なら高位精霊と契約をすれば魔法を遣っていなくても上位魔法を遣うだけの魔力を持って行かれる事になるからだ。
並の魔法遣いが高位精霊と契約したら魔力がごっそりと奪われてしまい立つ事すら出来なくなってしまうであろう。
だからこそ無理をして高位精霊と契約を結ぶのではなく技術そのものを向上させる事に修行をシフトするのが一般的である。
高位精霊の上にも最高位精霊がいて、彼らと契約を結ぶ事に成功した魔法遣いは賢者と呼ばれて魔導の世界では精霊同様に崇められるという。
そしてプネブマ教が神と崇拝する大精霊が最上とされている。
大精霊は“木”“火”“土”“金”“水”“光”“闇”の七柱のみが存在しており、彼らと契約した者こそが大賢者と崇敬され、通称『七大賢者会議』と呼ばれる七人による意思がプネブマ教の方針を決定しているという。
余談ではあるが、高位以上の精霊をぽこぽこ生み出し、しかもその技術を限られた弟子のみであるが伝授をしているミーケは『七大賢者会議』から誅殺の対象となっているので既に喧嘩を売るどころではなかったのである。
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