第㯃拾壱章 戦争を止めろ・一揆勢・後編

「流石にそれは名案とは云えないぞ」


 アンネリーゼに耳打ちされたローデリヒは伝えられた作戦の内容に苦い表情かおを浮かべた。


「普段の俺だったら同意見だぜ。だが白蔵主はくぞうすの化け物銃を相手に尋常な作戦は通用しねェのは分かるだろう?」


「確かに生半なまなかな策では勝てぬのは承知している。しかし、これは聖女殿の名誉を著しく傷つけるものとなるぞ?」


 ローデリヒが作戦の遂行を躊躇うのはアンネリーゼの発案が確実に彼女自身の尊厳を傷つける事になる事が想像出来るからだ。

 とてもではないが、このようなマネ・・をさせる訳にはいかない。


「じゃあ、お前に代案があるのか? あの銃は連射も厄介だが何よりヤバいのが威力だ。俺の防御結界は風の魔力を用いているから矢弾やだまを反らす事に特化している。だが見ただろ? あの弾幕の前では十秒もたなかったンだぜ。まともに喰らったら蜂の巣どころか死体も残らないだろうよ。防ぐのも躱すのも不可能なあのライフルに対抗するにはからめ手が要るンだよ」


 アンネリーゼの防御結界『エアカーテン』は高い防御力を誇っているが、最大の特徴は飛来する矢の軌道を反らす事にあった。

 銃弾が飛び交う戦場ですら数時間は維持できるアンネリーゼの魔力を持ってしても数秒しか耐えられなかったのであるからアサルトライフルとやらの威力は推して知るべしである。


「しかも爆弾まで射出できるンだぞ。この部屋どころか、この建物自体が保たねェよ。このままじゃ建物が崩壊して生き埋めだ」


「それは分かっているが……うーむ」


 ローデリヒが躊躇っている間もアサルトライフルが唸りをあげて弾丸を吐き出している。


「出て来い! いつまでも隠れていられんぞ!」


「ったく、景気良く弾をバラ撒きやがって! 善く弾切れしないもんだな?!」


 一向にやむ気配のない弾丸の雨にアンネリーゼの顔に苦々しいものが浮かぶ。

 アンネリーゼの知る銃は一発撃つごとに弾を装填しなければならない上に手間の多い作業であるが、白蔵主のライフルはボックスマガジンを採用しているので一度に数十発の弾丸が装填可能で下手な撃ち方をしない限りは弾切れの心配はない。

 しかも白蔵主のジャケットにはマガジンがいくつもぶら下がっており、マガジンが空になればすぐさま交換できるのだ。

 その上、トリガーを引いている限り撃ち続けるフルオートではなくワントリガーにつき三発の弾丸を射出する三点バーストモードにしてあるので不用意に撃ち尽くさないようにしている。

 逆上して派手に撃ち続けているように見えるが白蔵主は部屋に籠もる二人の様子を冷静にうかがっていたのだ。


「アナグマを決め込むか? ならば炙り出してやろう」


 白蔵主はグレネードランチャーに弾を装填して撃ち出した。

 しかし弾は爆発する事なくアンネリーゼらが籠もる部屋の前まで転がった。


「不発か?」


 そう思ったその時である。

 弾から煙が噴き出して彼らが籠もる部屋の中に充満した。


「な、何だこりゃ?! ゲホッ! グホッ!」


 途端に二人は目や鼻に強い刺激を受けて涙や咳、或いはクシャミが止まらなくなってしまう。


「どうだ? 効くだろう? さあ、アナグマ共よ、出て来い!」


 白蔵主が撃ち込んだのは榴弾ではなく催涙ガスを噴出する催涙弾であった。

 彼の持つグレネードランチャーは状況に合わせて焼夷弾やガス弾など様々な種類のグレネード弾を撃ち出す事が可能なのである。


「コイツはたまんねェ!」


「聖女殿!」


 催涙ガスで炙り出されたところに、待ってましたと云わんばかりに無数の凶弾が二人に襲いかかる。

 思わぬ攻撃に半ばパニックになっていた二人に躱す術はなかったが、白蔵主の殺意が込められた銃弾を察したローデリヒが咄嗟に盾となった。


「ぐっ!」


「ローデリヒ!」


「止まるな!」


 ローデリヒの被弾を察したアンネリーゼが悲痛な声を上げるが、ローデリヒは彼女の腕を掴むと反対側の部屋に飛び込んでドアを閉めた。

 莫逆の友マーチンに化けた白蔵主に貴族連盟の本部に連れ込まれた際、建物の構造を頭に叩き込んでいたのだ。

 初めて訪れる建物の構造を瞬時に把握する事は師イルゼの仕込みであるが、御陰で目が見えなく負傷していようとも隣の部屋に避難するくらいは出来た。


「ローデリヒ! 大丈夫か?!」


 聖女の特性で催涙剤から一早く回復するとローデリヒの様子を診る。

 幸い、弾は掠めただけであったが右肩の肉を大きく抉っていて、とてもではないが戦闘が出来るような状態ではなかった。


「俺がいながら何てザマだ! しっかりしろ!」


 アンネリーゼも治療魔法は遣えるが、やはりゲルダと比べれば数歩劣る。

 血は止まったが抉れた肉までは回復せず、この場での復帰は難しいだろう。


「すまぬ。聖女殿の足を引っ張ってばかりだな」


「何を云いやがる。アンタは立派だ。助けられたのは俺の方だぜ。助けにきたのに、これじゃあべこべ・・・・だよ」


 血は止まったが抉れた肩はかなり痛むのか、ローデリヒは右肩を押さえている。

 アンネリーゼは目明しとして動きやすいようにドレスは着ていないが、聖女としての威厳も必要である為、上は緑を基調とした軍服の後ろの裾を燕尾服のように華美にしたデザインの服を纏っている。

 それを脱ぎ捨て胸に巻いているサラシも外してしまう。


「聖女殿?! 何を!」


「黙ってろ」


 張りのある美しい釣り鐘型の乳房をさらけ出しても羞恥することもなくサラシをローデリヒの右肩に巻きつけていく。


「まだ痛むか?」


「い、否、聖女殿が手当てをしてくれた御陰で大分やわらいだ。だから早く服を」


「いや、その必要はェ」


 なんとアンネリーゼはスパッツに手をかけると下着ごと脱いでしまった。

 これでアンネリーゼが身に着けているのは黒光りするローファーのみである。


「まさか!」


「そうよ。当初の通り、プランAでいく。お前はここにいろ」


「な、ならんぞ! 聖女殿にそんな事をさせる訳には!」


「だったら、このまま二人とも御陀仏になる方が良いのか?」


「それは……」


 このままではジリ貧となるのは明らかである。

 負傷してしまった今、自分は足手纏いにしかならない。

 作戦の代案も無い事もあってローデリヒは二の句が継げなくなる。


「安心しろ。女の俺が降参して出て行けば即座に殺しはしないだろう。後は俺の話術次第だが、これでも裏社会で何度も危ない交渉をこなしてきたンだ。上手くいくさ」


 そう、アンネリーゼが提案し、ローデリヒが拒んだ策とは色仕掛けだったのだ。

 白蔵主はプロの殺し屋であるが、同時にヴァイアーシュトラス公爵の復讐のプランを担ってきた策謀家でもある。

 聖女と皇子が降参すれば問答無用で殺す事はないだろう。

 利用価値があるというのもあるが、聖女というビッグネームを殺せば面倒な事になるのは明白なので殺さずに済むであれば殺したくないのが正直な所に違いない。

 ましてや裸で出ていけば攻撃の気勢も削がれるかも知れなかった。

 事実、アンネリーゼは見た目が十代半ば程の少女で若々しく、翡翠の瞳が神秘的な美貌は敵意を鈍らせる事だろう。

 加えて豊かな乳房と柔かな恥毛に隠された陰部は劣情を催し、その体を傷つける事に躊躇いを生じさせるはずだ。

 少なくとも自分は剣を振り上げる事すら出来ないだろうとローデリヒは思う。


「じゃ、行ってくるぜ。くれぐれも余計な事をして事態をややこしくしてくれるなよ?」


 釘を刺しているのか、冗談なのか、アンネリーゼは笑いながら背を向ける。

 ドアに近づくと銃声に負けぬ程の声量で宣言したものだ。


「俺達の負けだ! ローデリヒが負傷している! 今から投降する! だから撃つな!」


 アンネリーゼの言葉が届いたのだろう。

 アサルトライフルは沈黙し、白蔵主がゆっくりドアを開けるように指示した。

 云われた通り静かにドアを開けるとアンネリーゼが姿を見せる。

 両手で乳房を隠し羞恥・・に顔を赤く染めた彼女に白蔵主は少なからず衝撃を受けたものだ。


「この通り、丸腰だ。武器は捨てた。だから命だけは取らないでくれ。いや、皇子の命だけでも見逃してくれるのなら俺の体も命も好きにしてくれて構わねェ」


 確かに一糸纏わぬ姿で出てきた時は驚かされたものだが、それだけで信用するほど白蔵主は甘くはないようだ。

 胸から手を離すように指示、否、命令を下す。


「わ、分かった。だが、あまり見るなよ?」


「良いから手をどかせ。ゆっくり手を挙げるんだ」


「あ、ああ……」


 乳房を隠していた手を離して手を挙げる。

 淡い桜色の突起を晒してアンネリーゼは紅潮した顔を反らした。


「乳房を左右に開け」


 云われるまま乳房を広げて何も隠されていない事を示す。


「善し。では、そのまましゃがめ。普段、クソをするようにだ」


「えっ?! 何故?」


「云われた通りにしろ。尻や股に何かを挟んでいる場合もあるからな」


 アンネリーゼは泣きそうになりながらも蹲踞のように腰を降ろした。

 これで良いか、と目尻に涙の粒を浮かべるアンネリーゼに更なる非情の命令が出される。


「手で性器を広げろ。男には無くて女に有る隠し場所だからな」


「そ、そんな……」


「嫌なら撃つ。そして皇子様にもトドメを刺す」


「わ、分かったから短気を起こさないでくれ」


 アンネリーゼは堪えきれなかったのか、ポロポロと涙を零しながら両手を性器に添える。

 しかし躊躇っているのか、そこで動きが止まった。


「どうした?」


「ど、どうしても広げないと、だ、駄目か?」


「やらなければ撃つと云った」


「わ、分かった。だから撃たないでくれ」


 アンネリーゼは震えながら命令に従った。

 嗚咽おえつを漏らす様は普段の彼女を知る者がいれば驚くに違いない。

 それほど今のアンネリーゼは弱々しかったのである。

 今、ここにいるのは聖女でもなければ聖都スチューデリアの暗黒街を支配する大親分でもなかった。一人のか弱く惨めな少女だけがそこにいた。


「ふん、躊躇うから処女おとめかと思ったが、もう誰かに・・・可愛がられている・・・・・・・・ではないか。もったいつけおってからに」


 白蔵主の云い草にアンネリーゼは、非道い、と泣いた。


「では、そのまま自らを慰めろ」


「な、何で?」


 エスカレートしていく命令にアンネリーゼの顔は絶望に彩られる。

 そんなアンネリーゼを冷たく睥睨しながら白蔵主が云い放つ。


「その体を好きにしろと云ったのはお前だぞ?」


「いや、だからって……」


「仲間に肉の壷に毒を仕込んでいる殺し屋がいてな。色仕掛けに引っ掛かって和合したが最期、男のモノから腐り溶けて終いには全身が焼け爛れて死ぬという恐ろしいものだ。お前がそうしていないとも限らん。なので様子を見るのだ」


 隙無くアサルトライフルを構える白蔵主に従う他ない。

 アンネリーゼは白蔵主へのハニートラップは失敗したと悟りながら自らの体を慰めていく。


「あん…あぐっ!」


 思わず出てしまった甘い声に唇を噛み締める。

 しかし白蔵主はそれをやめろと命令した。


「遠慮無く声を出せ。はしたなく嬌声をあげる聖女というのもなかなか乙なものだ。精々その痴態を愉しませてくれ」


「うう……」


 銃を向けられてはどうしようもなくアンネリーゼは自分を慰め続けた。

 嗚咽が混じっていたが次第に子犬が甘えるような可愛らしい声のみになる。


「やれば出来るではないか。その調子だ」


 白蔵主は表情も変えぬまま云ったものだが、内心では劣情が暴れ回っている。

 しかし長年隠密として肉体を鍛えてきただけあって表面上は性欲を持て余しているようには見せていないだけであった。


「随分と濡れてきた・・・・・な? 無様なものよ。これが聖女にして暗黒街の顔役とは誰も思うまい」


 白蔵主の侮辱を無視しているのか、聞こえない程に昂ぶっているのか、アンネリーゼは行為に没頭している。

 それに伴い、アンネリーゼの嬌声もまた高くなっていった。

 今や白蔵主の目があり、ローデリヒにも聞こえているのもお構い無しに悦楽にひたっている様子だ。


「そろそろ果てる・・・か? そうよな、三回果てたら皇子の命は許してやろう。貴様の命は…十回としておこうか?」


「そ、そんな? そんなにしたら死んじまうよ」


「では撃つか? 同じ死ぬなら自分の手の方がよかろう。これもまた情けよ」


 とうとう白蔵主が愉悦の笑みを浮かべた。

 その白蔵主の好色の目からアンネリーゼを守るように立ち塞がる者が現れた。


「聖女殿! もう良い! これ以上の屈辱に耐える必要は無いぞ」


「ローデリヒ?」


「これはこれは皇子様、漸くお出ましか」


 白蔵主の狙いは初めからローデリヒ皇子であったのだ。

 だがローデリヒの実力は嫌というほど思い知らされている。

 故に自らの手でアンネリーゼを拷問するより銃を手にしたまま屈辱を与える事で皇子を誘い出したのであった。


「必要なのは私であろう? 目的を果たしたのだから聖女殿を解放しろ!」


「ふっ、怪我をしていたのは本当であったか。その傷では示現流は遣えまい」


 いくら強烈無比の薩摩示現流であろうとトンボの構えを取れない剣士など畏れるに値しない。


「では皇子よ。聖女とまぐわえ」


「なっ?」


 突然の命令にローデリヒは言葉を失う。


「こちらも昂ぶってしまっているのでな。だが、このまま聖女殿に相手をして貰うのはちと危ない。そこで皇子様に味見・・をして貰いたいのだ」


 白蔵主の指はトリガーにかかっている。

 もし二人が万全だとしても反撃する前に殺されるのがオチだろう。


「巫山戯るな! 命懸けで私を助けに来た聖女殿をこれ以上苦しめられるか!」


「では二人とも死ぬか? 俺はどちらでも構わぬぞ?」


 白蔵主は冷酷な暗殺者の顔で云った。

 “巫山戯るな”は自分のセリフである。

 この俺にハニートラップなど仕掛けおって、引っ掛かると思われた事が業腹ごうはらであった。

 実は何を隠そう。『百化け』の白蔵主は男のモノ・・・・が無いのである。

 まだ妖怪名コードネームを頂く以前の若い頃、とある暗殺対象の娘と恋仲になってしまい失敗しかけた事があったのだ。

 何とか思い直して暗殺そのものはやり遂げたが、恋に溺れ、一度は任務を投げ出して逃げようとした事に竹槍仙十の怒りを買ってしまう。

 命こそは取られなかったものの罰として男のモノを取られてしまったという。

 その激痛いたみと恐怖は一人の若者を屈服させ、以来、竹槍の御方おんかたに服従を誓い、ニ度と女にうつつを抜かす事は無かった。

 今でこそ竹槍仙十の側近にまで登り詰めたが三十路みそじを前にして未だに声変わりもしていない。

 それは白蔵主のコンプレックスであり、正体が公爵が生まれ変わった転生武芸者とはいえ、ローゼマリーと享楽に耽るローデリヒに憎悪を募らせていったものだ。

 だからこそローデリヒを一揆の首謀者にしてカイゼントーヤ王国との戦争の原因とする策を任された時は快哉を叫んでいる。


(こうなったら、とことんまで名を堕としてくれるわ。欲情のまま聖女を犯したという汚名までも着るがよかろう)


 しかも本作戦が成功した暁には白蔵主にとって何よりの褒美・・が待っている。

 見事に聖都スチューデリア・カイゼントーヤ王国間にて戦争が勃発させる事ができたならば転生武芸者となりを取り戻す事が出来るという。

 従来、転生武芸者は母胎・・となった女に容姿が影響されてしまい、女となって転生してしまう事が殆どであるそうな。

 しかし星神教・教皇キルフェの実験により男のまま転生した事が確認できた。

 その方法は母胎となる女と深く愛し合い、自らの精で孕ませる事で自分の遺伝子を色濃く発現させる事ができるのだ。

 この事を発見した刑部軍鬼おさかべぐんきには感謝してもしたりないくらいだ。

 同じ十大弟子の間でも軽蔑の対象となっていた軍鬼であるが技術者としては竹槍仙十からの評価は高く、白蔵主も彼に好感を持ち信頼までするたぐいの人間であった。


「さあ、どうするね? むしろ悪い話ではあるまい? 快楽を得た上に二人の命が助かるのだ。それに、そこな聖女サマは生娘ではない。何を遠慮がいるものか」


「くっ!」


「俺なら構わない。逆に見せつけてやろうぜ」


 アンネリーゼがローデリヒを安心させるように、自分は平気だと笑う。


「聖女殿……」


「今は生き残るチャンスはこれしか無ェ。それにお前もローゼマリーとはご無沙汰で溜まってンじゃねェのか?」


 強要されて自分を慰めさせられるより、自分を案じてくれる男に抱かれた方がずっと良い、と泣き笑いで云われてローデリヒは居た堪れなくなった。

 確かにローゼマリーとの甘い生からは離れているし、正直に云えばアンネリーゼの痴態に性欲を刺激されて持て余している。

 だからと云って云われるまま彼女を抱いて良いはずがないではないか。

 ローデリヒの願いは一つである。

 早くプランAの・・・・・効果が現れる事・・・・・・・、ただそれだけだ。

 そして、その願いは天に通じたのである。


「おいおい、悪い事をしているのは、どこのどいつだ?」


「何っ?」


 なんと警備兵も逃げ出すような状況で貴族連盟の本部に足を踏み入れる者達が現れたのである。


「いかんなァ、自分達だけで愉しんじゃよォ? ここは一つ、俺達も混ぜてくれよ」


 しかも姿を見せたのは来るはずもない悪徳警備兵ではないか。


「莫迦な。この国の堕落した警備兵共が銃声を聞いてのこのこ現れるはずが」


「よっしゃ! ハニートラップ、成功だぜ!」


 見れば先程まで泣いていたアンネリーゼが笑いながら仁王立ちをしていた。

 その女神の如き麗しい裸身を白蔵主や悪徳警備兵の目から隠すようにローデリヒが自分のマントを彼女の肩にかけている。


「ハニートラップ? 莫迦な、俺は引っ掛かってないぞ!」


「応よ。俺がハニートラップを仕掛けたのは確かさ。だが仕掛ける相手が必ずしも敵でなければならねェ法は無ェだろ? そうとも、仕掛けた相手はお前じゃねェってこった。風の魔力で俺の喘ぎ声を大音声にして館の外へ拡散していたのさ」


「その通り。銃声や爆発音を聞いて逃げ出すような警備兵であるが、聖女殿の嬌声こえを聞いて寄ってくるとは情けないやら、ある意味では頼もしいやら」


 下卑た笑みを浮かべている警備兵達に頭が痛くなったのか、ローデリヒ皇子はコメカミを押さえて溜め息をついた。

 ローデリヒ皇子がアンネリーゼの策に反対だった訳がそこにある。

 聖女アンネリーゼのはしたない声・・・・・・が有象無象に聞かれる事で彼女の名誉が著しく傷つけられる事を懸念していたからだ。


「お前達、この御方は『龍』の聖女アンネリーゼ殿だ。その薄汚い目で一瞬でもこちらを見てみろ。その目を抉り取ってくれるぞ」


「何だと? 俺達を誰だと…ってローデリヒ皇子様ではありませんか?! これは一体?!」


 ローデリヒ皇子に叱責されて警備兵達は一斉に直立不動となり敬礼する。


「何、悪者に捕まって陵辱されそうになっていた俺を皇子様が救い出してくれたのさ。お前達は幸せ者だな? 聖都スチューデリアの未来は安泰だぞ」


 マントを体に巻きつけて簡易的な服にしたアンネリーゼがローデリヒの肩に手を置いて笑いかけたものだ。


「やや?! 貴方様はアンネリーゼ様?! では、その悪者とは」


 警備兵達は一斉に白蔵主を見た。


「おのれ…だが、雑魚が数匹増えたところで結果は変わらぬわ! こうなったら一人残らず皆殺しにしてくれん!」


 しかし手には御自慢のアサルトライフルは無かった。


「あれ?」


「捜し物はこれかい?」


 なんとアサルトライフルはアンネリーゼの手の中にあるではないか。

 警備兵が現れた事で白蔵主が一瞬の虚を突かれた隙に奪い取っていたのだ。


「はぁ…これが連続して撃てる仕掛けかい。この長い箱に弾丸が数十発も詰められているのか。で、中に仕掛けられているバネが弾を押し上げて銃に送り込まれるってワケだ。知ってしまえば単純だが大した絡繰りだぜ」


 アンネリーゼは風を目の代わりに出来る。

 アサルトライフルの中に魔力の風を送り込む事で構造を正確に把握していた。

 この未知の機械や絡繰り、或いは罠を暴くアンネリーゼの能力は『風の目』と名付けられており、冒険者達からは機械系のアイテムの鑑定を依頼される事もあれば、時には羨望の眼差しを受ける事もあるという。


「さあ、今度こそ神妙にお縄を頂戴しやがれ! 丸腰の上にコレだけ囲まれてちゃ逃げらンねェぜ!」


「おのれ! 後一歩のところで抜かったわ!」


『どうも、おこんばんはァ』


 歯噛みする白蔵主であるが、その脳裏に剽軽ひょうきんな声が響いた。


『これまででゲスなァ。あんさん・・・・、これはもう死ぬしか無いでゲスよゥ』


「竹槍の御頭様?! そんな?! 私は長年、貴方様に仕えてきました。その側近の私をお見捨てになるのですか?!」


「何を云っていやがる?」


 白蔵主にしか聞こえない声と会話を始めた事で警備兵達は困惑する。

 しかしアンネリーゼとローデリヒは白蔵主と竹槍仙十が念話で繋がっている事を察した。


『そうじゃないでゲスよゥ。あんさんは死ぬでゲスがすぐに生まれ変われる事を忘れてるでゲショウ?』


「そ、そうか、転生! いえ、最後の最後でしくじったこの私が転生を許されるので御座いますか?」


 転生をほのめかして自害を促し、そのまま見捨てられるのではという疑念が浮かんだとしても仕方が無いであろう。

 何せ自分は過去の失敗で手酷い制裁を受けているのだ。


『心配はいらないでゲスよゥ。あんさんは善くやってくれたでゲス。あんさんの御膳立ての御陰で公爵サマは望みが叶うと大変満足されてたでゲスよゥ。そんな有能なあんさんでゲス。頼まれても手放しはしないでゲスよゥ。ここは休息だと思って死んでおしまいなさい。暫く寝て起きたら、あんさんは無敵の転生武芸者になってるはずでゲス』


 どうやらモノを切り取ってはいるが遺伝子は大切に保存しているそうで、かつて恋仲となった娘を母胎に新たな体を作ってくれているらしい。

 娘の方ももう三十路が近いが白蔵主の為に操を立てていたとの事だ。

 父を殺されてなお愛している彼が生まれ変われるのならと母胎となる事を快く引き受けたそうである。


「ああ、そうか…俺の人生は報われていたのだな」


 白蔵主は感涙を流しながら懐から匕首あいくちを取り出す。


「大人しくしろ!」


 抵抗すると思ったのか、警備兵の一人が白蔵主に近付くと急に悲鳴を上げて倒れてしまった。


「邪魔をするな!」


 白蔵主の目が妖しく光っている。

 アンネリーゼ達は絡繰りを見破っている為にニ度と掛かる事はないが、初見の警備兵は忍法『かまいたち』で全身を斬り刻まれてしまったのだろう。


『さあ、死ぬんでゲスよゥ! そして新たな肉体を得て甦るでゲス!』


「ヒャハハハハ! 皇子サマ、聖女サマ、暫くのお別れだ! また逢おう!」


 一切の躊躇いを見せずに白蔵主は喉に匕首を突き立てて絶命した。


「自害したか…出来れば捕らえておきたかったが仕方あるまい。だが“また逢おう”とは如何なる意味で云ったのだ? 地獄で相まみえようという意味だろうか?」


「いや、本当にいつか白蔵主とは再び会う事になるだろうよ。より手強くなってな」


 アンネリーゼは白蔵主は転生武芸者となるのだと予感していた。

 白蔵主の肉体はすぐさま崩れて土塊となっていく。

 実際に目にしたのは初めてだが、これが転生の霊薬の作用かと理解する。

 やがて土の中から光輝く蓮の花が咲き、小さな赤ん坊が見えた。

 警備兵達は白蔵主の死体に次々と起こる変化に戦慄している。

 その赤ん坊が宙に浮いたかと思えば凄まじい速度でいずこかへと飛び去っていった。


「さあ、いつまでもぼーっとしていられねェぜ。一揆勢を止めないとな」


「あ、ああ、行こう。スエズンへ!」


 こうしてアンネリーゼはローデリヒ皇子の確保という大役を見事に果たし、二人は一揆勢を止めるべくスエズンへと向かうのであった。

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