外伝之弍拾伍 王子殺しにされた令嬢㉔
「母上、ロドルフは牢獄の中で舌を噛み切って果てたとの事です。いえ、フェアラートリッターの呵責に耐え切れなかったのではありません。一つの道を極めた武の最高峰達の収監されてなお威風堂々としている様に触れた事で自分の矮小さを痛感したとの事だそうで御座います。憐れではありますが、これで十五年前より続いた惨劇も漸く終わりました」
フレーンディア城の一画にある墓所にて一人の青年が仇敵の死を報告している。
聖女グレーテの墓の前にいるのは長子ヨアヒムである。
世界でも六人しかいないとあって聖女の墓は複数に分けられるのが通例となっており、荼毗に付された遺骨は故郷にて葬られ、シュピーゲルに截断された右腕は国王という立場となっておいそれと墓参りが出来なくなったクルトの為にフレーンディア王家の墓所に埋葬された。
他にも遺髪などがグレーテに
「私は聖都スチューデリアにてフレーンディア料理を出している料理屋に養子となる事が決まりました。そこで母上から教わった料理の腕を更に磨き、ゆくゆくは店を継ぐ事になるでしょう」
シュピーゲル捕縛の一夜限りであったのだが、店の
聞けばヨアヒムが参考にしたグレーテのレシピは親爺の師匠の味と似ているそうで、店を継ぐのはヨアヒム以外にいないと思っての事だ。
何と云う偶然か、親父の師匠とグレーテがフレーンディア料理を研究する際に師事した料理人は同じ人間だったのである。
この事実にはヨアヒムも縁を感じたようで実父ハイネスと善く善く相談を重ねた結果、吉日を選んで聖女五人の立ち合いの元、養子縁組の儀を取り行ったという。
妻を早くに亡くし三人もいた子達は誰も店を継いでくれなかったので親爺も安堵したものであるが、このままでは折角の安くて美味い店が無くなるのではと危惧していた常連客達も喜んだそうな。
その後、ヨアヒムの頑張りもあるが聖女達も頻繁に顔を出すようになった事で店は長く栄えたそうである。
「それと報告がもう一つ。若輩の身ではありますが婚約を致しました。相手は聖サクラコ記念教会のマリアです。父上の無体で家族を失い、行き場を無くした彼女でしたがアンネリーゼ様の紹介で共に店を手伝うようになっていたのです。そして一緒に働く内に…という訳で御座います」
ヨアヒムは照れ臭そうに頭を掻いている。
その横でマリアが微笑んで夫となる男を見詰めていた。
「父上も病状が大分進行していますがゲルダ様の御陰で苦痛を感じることなく穏やかにベッドの上で御自身の事を含めて此度の事件を手記に纏める毎日を送っています。罪多き父上がベッドの上で死を待つ事が出来るのもマリアが情状の酌量を訴えてくれたからです。その恩に報いる為にも私はマリアの良き夫となる事を誓います」
事実、マリアの証言があったからこそハイネスは斬首ではなく罪一等を減ぜられて切腹の沙汰が下ったのだ。もし斬首であったのならばハイネスは厳重に幽閉されてしまいシュピーゲルといえども身代わりになるのは難しかったであろう。
「マリアでございます。一度も御目文字できなかったのは残念ですが聖女グレーテ様のご高名は伺っていました。今後はグレーテ様に代わってヨアヒム様を支えて参ります。安心して天国から見守ってください」
後に二人は五人の子宝に恵まれ料理屋を大いに盛り立てていく事になる。
老いて子供達に店を譲った後はフレーンディア城に招かれて同じく老いた弟の為に柔らかく食べやすい料理を開発し『介護食の父』と呼ばれるようになったそうな。
「えっ、ヤだよ」
「そ、そうか、残念だ」
フレーンディア王国の王となり名をアルフォンス六世と名を改めたクルトは『亀』の聖女ゲルダの愛息カンツラーに将来仕官をしないかと打診をしたのであるが
「ボクの人生設計では免許皆伝を許されたら冒険者になって世界を見て回る事になってるんだもん。母様も世界を知るのは良い事だって云ってくれてたしね」
「人生設計か。しっかりしているのだな、君は」
年下ではあるがきちんと人生を見据えているカンツラーにアルフォンス六世は感心しながらカップに口をつける。
流石に王宮付きの侍女だけあって紅茶の淹れ方だけでも庶民とは違う。
茶葉そのものも良いが香りを飛ばさずにエグ味も無いのであるからやはり腕によるところが大きい。
「では生涯冒険者として生きるつもりなのかい? それともいずれは引退して『水の都』でゲルダ様の手伝いをするのかな?」
「んーん」
アルフォンスの問いにカンツラーは首を横に振った。
子供とはいえ王に対する態度では無いと感じた侍女がカンツラーを咎めようとするも、その王に手で制される事になる。
「冒険で力とお金を蓄えたらガイラント大学に行くんだ。そこで勉強してからガイラント帝国で父様の御手伝いをするんだよ」
「父様? そういえばカンツの父君の事を何も知らなかったと今更ながら気付いたよ。君の父君はガイラント帝国にいるのかい? ゲルダ様に子を産ませておいて何をしているのか」
聖女の純潔を奪い子を成しておきながらそばにいないカンツラーの父親にアルフォンスは内心で怒り呆れたものだ。
父の手伝いをしたいと云うカンツラーの言葉から存命ではあるのだろうが姿を見せないとはどういう了見なのか。
「父様が何をしてるってガイラント帝国の皇帝をしているよ。つまりクルト兄様…じゃなかったアルフォンス兄様と同じ王様だね」
皇帝と王とはまるで違うのであるが、まだ幼いカンツラーには違いは分からなかったようだ。
簡単に云えば皇帝とは諸王に超越する王の称号である。
中国では秦の始皇帝が中国を統一した際に“王よりも高い地位”を意味するものとして用いた称号であり三皇五帝より取ったとされる。
西洋では,古代ローマ帝国の統治者およびその名称と権威を継承する諸君主の称号となった。
「な…ガイラント帝国皇帝?!」
ガイラント帝国は聖都スチューデリアの西に位置する軍事国家である。
先代までは周囲の国を攻め落として領土を広げていったが今代の皇帝になってからは侵略をやめて帝国と諸国を同盟で結ぶ道を歩んでいると聞く。
その現皇帝がまさかカンツラーの実父であるとは思いも寄らぬ事であった。
「なんかね? 父様と母様も本当は結婚して『水の都』に住むはずだったんだけど、お姫様に結婚してって頼まれたんだって。それで母様が『水の都』に引き籠もるより次の皇帝になって世界をより良くする方が良いって云ったみたい」
色々と端折り過ぎて説明になっていなかったが補足をするとこうなる。
かつてガイラント帝国を邪悪なドラゴンとその眷属に襲われた事があった。
その邪龍を斃した英雄がカンツラーの父ゼルドナルであったのだ。
邪龍との戦いにはゲルダも参加しており、共に戦っていく内に二人の間には仲間意識が芽生え、それが友情となり愛情へと変わっていくのはさながら英雄譚のようである。
「ガイラントを襲った悲劇は私も耳にしている。帝国軍は壊滅し、時の皇帝もドラゴンの王に踏み潰されたとか」
皇帝を失った帝国は英雄ゼルドナルに目を付け姫君と結婚して皇帝になるように願ったそうである。
姫君も邪龍との戦いで夫を失ったばかりではあったが、ゼルドナルの戦い振りに惚れ込んでしまい、是非にという話になってしまったという。
姫には子がいたが、まだ幼かったこともあり、このままでは帝国は崩壊するのは目に見えていた。帝国は強力な指導者を欲していたのである。
諸行無常は世の倣いであるが傲慢だった帝国が滅べば属国にされた国から怨嗟が噴き出して何が起こるか分からなかった。
下手をすれば群雄割拠の暗黒時代が訪れると危惧したゼルドナルとゲルダは結婚を諦めて新たな皇帝にゼルドナルを据える事を了承したという経緯があったのだ。
ゲルダが未婚の母となって内縁の夫の来訪する日を心待ちにする日々を送っているのにはこういった理由があったのである。
「僅か十数年で帝国を復興させたばかりか、その人望と対話によって同盟国を増やしていく手腕には感心どころか憧憬を覚えていたものだがカンツの父君であったとは驚いたよ」
「うん、だからさ。ボクはフレーンディアには来れないけど将来ガイラント帝国でエラい人になったら挨拶に行くから、その時は同盟を結んでくれると嬉しいな」
「ははは、分かったよ。君の外交デビューにして初手柄を約束しようじゃないか」
「わーい、アルフォンス兄様、大好き!」
抱きついてくるカンツラーをアルフォンスは抱きかかえた。
「では一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
こてんと首を傾げるカンツラーにアルフォンスはウインクを一つ。
「今後も二人っきりの時はクルトと呼んで欲しい。君は私にとって最高の友達だからね。そんな君に“アルフォンス六世陛下”なんて呼ばれたら悲しくなってしまうよ」
「分かった。二人だけの約束だね!」
カンツラーとクルトは小指を絡ませて約束を交わすのであった。
後にガイラント帝国宰相となったカンツラーは約束通りフレーンディア王国に同盟を申し込みにくる事になる。
アルフォンス六世も約束を覚えておりカンツラーとガイラント帝国を快く出迎えるのであった。
両国の同盟は強固なものとなり、特に貿易と海上の防衛にて栄えていく事になる。
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