外伝之弍拾肆 王子殺しにされた令嬢㉓

「お、おい! ここはどこだ? 俺をどこに連れて行くつもりだ?!」


「大人しくしねェ。今に面白い所に連れてってやっからよゥ」


 アンネリーゼに首根っ子を掴まれてロドルフは薄暗い通路を歩かされている。

 喚こうとも暴れようともアンネリーゼの腕はびくともしない。

 後ろ手に親指同士を指錠で固定されては力も出ない事もあってロドルフは為すがままであった。


「これは聖女アンネリーゼ様! お話は伺っております。こちらへどうぞ」


「おう、無理云って済まねェが世話になるぜ」


 やがて二人は厳重な警備で守られた重厚な扉の前に辿り着く。

 アンネリーゼが警備の者と挨拶を交わした後、重たい軋みを立てて扉が開かれた。

 ロドルフは逆らう事も許されずに扉を潜らされる。


「お、おい! いい加減に教えろ! こ、ここはどこなんだ?!」


「ここか?」


 漸く目を合わせたアンネリーゼは恐ろしい形相で笑っている。

 その迫力にロドルフはヒュッと息を飲んだ。


「ここはお前に相応しい場所だよ」


「お、俺に相応しい?」


「決まってンだろ? お前のせいでどれだけの人間が不幸になったと思ってンだ? 己の欲の為に平気で人を貶め、命を奪う事も躊躇わない悪党の行き着く先は地獄以外にねェだろがよ?」


「じ、地獄?!」


 背後で軋みを上げて扉が閉められる。

 しかし通路には等間隔で松明が灯されており闇に呑まれる事はなかった。


「出してくれ! 俺は何もやっちゃいない!」


「お、女だぁ…だ、抱かせろ…もう何年も女に触れてないんだ」


「黒駒ァ!! よくも捕まえてくれたな! こっちに来い! ぶっ殺してやる!!」


 四方から飛んでくる怨嗟の声にロドルフの背筋が凍る。

 左右に並ぶ牢屋の中には地獄の亡者を思わせる囚人達がひしめいていた。


「こ、こやつらは…」


「こいつらは聖都スチューデリアで罪を犯した囚人共だ。特にここ、特別檻房は殺人、強盗、強姦が三度の飯より好きな凶悪犯や国家にあだなす政治犯、盗賊団に海賊団といった国賊ばかり集められているンだぜ。いや、そんなのはまだ可愛い方でな。人を喰ったヤツ、母親の目の前で赤ん坊を解体したヤツ、中には女神像のケツをくり貫いて少年から奪った肛門と直腸を埋め込んで犯した変態もいたっけなァ」


「お、俺をこんな所に連れてきてどうするつもりだ?」


 顔が引き攣り脂汗を浮かべながらもロドルフが問う。

 察しが悪いのか、現実逃避をしているのか、分からないがアンネリーゼを呆れさせた事は間違いない事である。


「云うまでもないだろ? 今日からここがお前のねぐらになるンだよ」


「な、何だと?! お、俺はフレーンディア王国の国王であるぞ! 牢になど入れられて堪るものか! 俺がいるべき場所は荘厳なるフレーンディア城以外に有り得ぬ! 俺が座るべきは玉座以外にない!」


 子供のように泣き喚くロドルフであるがアンネリーゼの目を見て口を噤む。

 その目は一切の慈悲を見出す事が出来ない聖女とは思えぬ残酷さが滲み出ていた。


「つくづく救いようがねェ野郎だよ、お前は。いい加減に諦めな。お前は凶悪犯共に囲まれながら朽ちるまで生きていくンだ。そして、よ~~く考えるこった。人間、王宮なんぞで生活したところで持て余すだけだとな。立って半畳、寝て一畳、それだけの居場所があれば充分なんだとよ」


 ロドルフはついに特別監獄の最奥まで辿り着いてしまう。

 案内役の役人が鉄格子を開けると中には一目で真っ当な人間ではないと分からされる凶悪な顔付きをした者達がいた。


「この檻房はフェアラートリッターを封じ込める特別房だ。格子の造りが頑丈なのは勿論、一度入ったらニ度と出られねェよう聖女が六人掛かりで張った結界で封印してある。ここがお前の終の住み処となる場所だと思え」


「フェアラートリッター?! 人の身でありながら魔王に魂を売った裏切りの騎士達か?! その力は神から加護を授かった勇者さえも陵駕するとも……」


「その通り。魔王に忠誠を誓う事で強大な力と武器を与えられた、謂わば地獄の勇者達よ。良かったな。神を裏切ってはいるものの、その実力だけを見れば武に生きる者達から羨望の眼差しを向けられている至高の存在ともいえる。お前もかつては騎士であったなら彼らの武辺を耳にしているだろう。良かったな。人生の最期に武の終着点達と邂逅できた事を喜ぶ事だ」


 退屈だけはしないぞ、とアンネリーゼは笑う。


「い、嫌だ! 伝説や神話の中でたびたび勇者や聖女を殺している凶悪な連中と死ぬまで一緒なんて嫌だ! 頼む! 王侯貴族が入れられる専用監獄にしろとは云わぬ! せめて普通の牢獄にしてくれ! じ、慈悲を!」


「莫迦を云え。ここに来てすら謀殺してきた人々への謝罪が一切無いお前にくれてやる慈悲は無ェよ。お前はここで誰にも知られる事なく朽ちていけ」


「そ、それが聖女の云う言葉か!」


 アンネリーゼはこれ以上ロドルフの戯れ言には付き合う事なく格子の中へと放り込んだ。


「良いか、お前達? この新入りに牢内にも法度や仕来りがある事を親切・・に教えてやるンだぜ?」


『応!』


「やめろおおおおおおおおおおおおっ!!」


 裏切りの騎士達はロドルフを牢の奥に引き摺り込むと、有ろう事かズボンを脱がせて尻を出してしまったではないか。


「な、何をする?! お、俺、いや、余はフレーンディア王国の国王ロドルフなるぞ! 離さぬか、無礼者!」


「何ぃ? フレーンディアの王だと? 巫山戯た事を抜かすな!」


「ぐぎゃああああああああああああああああっ!」


 俯せにされて手足を押さえ込まれたロドルフは板で尻を何度も叩かれる事となる。

 時には勇者すら屠るフェアラートリッターの一撃は板とはいえ鋭く重かった。

 瞬く間に尻は赤く腫れ上がり皮膚が裂けて血塗れとなってしまう。


「やめろ…やめてくれ…俺は本当にフレーンディアの王だったんだ……」


 歓迎・・の洗礼が始まってまだ五分と経ってはいないが、既にロドルフの息は絶え絶えである。


「王様ね。だったら玉座に座らせてやろうじゃないか」


 牢内は男女の区別が無く、中には魔女の姿をしている者もいる。

 その一人がロドルフを玉座・・へと導く。


「な、何だ、これは?!」


 ロドルフの目の前にあるのは陶器で出来た汚らしい便座であった。


「魔界には『怠惰』を司る魔王様がいてねぇ。その御方は便器に腰を掛けられている姿で描かれているそうなのさ。アンタのようにこんな所にまで零落れた王様にはお似合いさね」


「クソ…」


 ロドルフが便器に腰を下ろそうとしたその時、そばにいた若い男によって蹴り飛ばされてしまう。


「『怠惰』の魔王に見立てたが、それでお前に怠ける事まで許した覚えはないぞ」


 ロドルフは頭を掴まれて便器に額を叩きつけられる。

 額が割れて血が出るがお構い無しだ。


「善く聞け。この詰めの神様(牢内でのトイレの呼称)はな。横に十寸、縦十五寸、朝に三度、に三度、塩磨きするところだ」


「んぐっ?!」


 ロドルフは汚物に塗れたボロ雑巾を口に押し込まれる。


「磨け!」


 ガチャリと音がして指錠が外れる。否、真っ二つに斬り裂かれている。

 見上げれば老いた剣士が剣を鞘に納めているのが見えた。


「聞こえなかったか? 磨け」


 老剣士が冷然と見下ろしながら云うとロドルフは口から雑巾を抜いて便器を磨き始める。


「ハハァッ!! た、ただ今!!」


 最早王ではなく、その王の威光も通じないフェアラートリッター達に睨まれている状況では従う以外にない。否、既に洗礼を受けている段階で心が折られていたのだ。

 ロドルフは“腰が入ってない”だの“もっと力を込めろ”と殴られ蹴られながら便器を懸命に磨いていく。

 それを尻目にアンネリーゼに手招きされた牢名主が格子越しに対面する。


「ロドルフ=クラウスナー、正真正銘のフレーンディア国王だった男だ」


「クラウスナー? 公爵家の? 噂で王位が簒奪されたと聞いていたが本当だったとはな」


「殺すなよ? 懲らしめてやれば良い。三月みつき後に迎えに来て、これまでの人生を悔いているようなら出してやるつもりだ。後は妻子共々坊主にして犠牲者達の菩提を弔らわせるさ」


 非情のようで改心を期待するだけの慈悲は残っているらしい。

 暗黒街の顔役とはいえ根は聖女だなと牢名主は内心で笑った。


「坊主にするのは良いが出来れば星神教はやめておけ。権威主義の連中の事だ。ヤツを御輿にしようとするのが出てくるやも知れん」


「それには同感だな。鼻は無くとも付け鼻や仮面でどうとでもなるからよ。クラウスナー家も星神教が後ろ盾になるのなら家に戻す可能性もある。そこでもう一つ頼みがあってな」


「そういう事か。規模、財力共に星神教にも引けを取らない慈母豊穣会の教皇は我らフェアラートリッターの筆頭でもあるからな。星神教といえどもおいそれと手は出せないだろうと見込んだか」


 慈母豊穣会は『多産』と『豊穣』を司る地母神を崇める宗教団体だ。

 その地母神の正体こそ、かつて星神教によって地母神から淫魔へと貶められた魔王の一柱、淫魔王である。

 そして慈母豊穣会の教皇こそ淫魔王直属の騎士であり魔界において“その人あり”と自身も畏敬の念を集めるフェアラートリッター筆頭なのだ。


「一筆頼めるかい? 歴代最強と謳われる程の勇者であり元筆頭だったアンタに紹介されたなら教皇も会ってくれるだろうからよ。報酬として三人、いや、五人くらいは出してやれるし、お前さんの懲役も半分にするってのはどうだ?」


「懲役が三百年から百五十年になったところでな」


「駄目かい?」


「いや、書こう。百五十年も経てばほとぼり・・・・も冷めているだろうからな。このまま牢の中で朽ちていくのも良いと思っていたが生き直すのも悪くはないのかも知れないと思い直してみたまでだ」


 かつて勇者に選ばれる程の実力者であったが、ある理由で人類に絶望して魔界に降った過去を持つ半人半魔の美女は笑って快諾したものだ。

 話に出た事で、魔界の御前試合にて自分を負かして筆頭の座を奪った教皇に再び会ってみたいという心になった事もある。


「恩に着るよ」


「構わんさ」


 鉄格子越しではあったが二人は握手を交わすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る