外伝之弍拾参 王子殺しにされた令嬢㉒

 フレーンディア城の儀式の間にて戴冠式が行われている。

 正統な後継者であったアラン王子を殺害した張本人であるシュピーゲルを討ち、罪を被せられていたヴァレンティアの潔白を証明した巧によって堂々と帰参を果たしたクルトは元老院の満場一致を得て次期国王と決まった。

 シュピーゲルはクルトの母にして聖女であるグレーテをも手に掛けており、その仇を討った事もあって誰からも文句は出なかったのである。

 内心がどうであるかは別としてではあるが…


「長らく王位をアッヘンヴァル公爵家が預かる形となっていたが、後継者アラン王子の仇シュピーゲルを見事討ち果たした功績により帰参を許されたクルト王子に返還する事を宣言する」


 天空に輝く星々を神と崇める星神教の教皇による宣言を受けて晴れてフレーンディア王国の王位を継ぐことになったクルトが進み出る。

 神官の一人が王冠を恭しく運んで教皇に差し出した。

 教皇は両手で王冠を持ち上げるとクルトの頭上に翳す。


「皆に祝福され、フレーンディアの新たなる統治者が今ここに誕生する」


 そして王冠を来るの頭にかぶせるのであった。


「今日よりクルトは新国王としてアルフォンス六世と名を改める」


 儀式の間は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

 しばしクルト、いや、アルフォンス六世は不動であったが、やがて瞳に国王としての覚悟が定まったのか、見守る人々に向き直る。

 途端にピタリと場は静まり返った。


「今日、私が国王になれたのは自分一人の力ではない。伯父アラン及び母、聖女グレーテを殺めたシュピーゲルを討つ際には聖女からひとかたならぬ援助を受けた。フレーンディア不在の間はアッヘンヴァル公爵家が王位を引き継ぎ、彼らを中心に貴族、そして国民が国を守ってくれていたからこそ私は今日の日をここで迎える事ができたのだ。その事に感謝し、微才ではあるが、これからは世の為、人の為に尽くす良き王となることを誓う。そして皆も私を支え共にフレーンディア王国を盛り立てていって欲しい。法と秩序に守られた平和な国を一緒に作り上げていこう」


 新国王の言葉に再び、否、それ以上の熱気が儀式の間に渦巻くこととなった。









「やれやれ、これでやっと肩の荷が下りたわえ」


「いやいや、先生、そこは“良き戴冠式であった”とか“立派な国王になった”とか云う所じゃないンですかい?」


 戴冠式の後、フレーンディア城のダンスホールにて新国王誕生の祝賀パーティーが開かれており、ゲルダ達聖女も招待を受けて参加していた。

 皆が笑顔で食事を愉しみ、思い思いにダンスをしていたのだが、ゲルダは目立たぬようホールの隅でワインを手酌で呑んでいた。

 一応、パーティー用の蒼いイブニングドレスを着熟してはいるものの我から踊ったり来賓客と交流するつもりは無いらしい。

 それどころか、首を鳴らして帰りたげな気配を隠そうともしていなかった。

 そんなゲルダにアンネリーゼが苦言を呈している。

 彼女も普段の動きやすいスパッツ姿ではなく緑を基調としたドレスで着飾っていた。


「そりゃ周りが懸命に準備したのじゃ。良い式になるに決まっておる。それに立派と云うがな、あの挨拶はイルゼが用意した原稿じゃ。冠を頭に載せられた時、クルトの体が固まった事に気付いたか? ありゃ恐らく緊張で原稿が頭の中から消えかけていたに違いないわえ。立派などとてもとても…」


 ゲルダはグラスの中のワインを飲み干す。


「今頃は自室で“私はこれから本当に王としてやっていけるのだろうか”と頭を抱えておるだろうよ。この場におらぬのが何よりの証拠だわえ」


「まあ、そこはみんなで支えてやるしかないでしょうや」


「分かっておるわえ。だが、その役目はワシらではない。政治に首を突っ込む気にもならん。この先クルトを支えていくのはこの国の民達じゃよ」


「あら、貴方達は踊らないの?」


 曲が終わり相手の青年に笑顔で手を振って別れたイルゼがゲルダ達に声をかけた。

 パーティーが始まってからイルゼは貴族や有力者の子女からダンスの誘いが引っ切り無しであったのだ。

 ソバカスがある事を見逃せば眉目秀麗で凜としているイルゼは彼らの琴線に触れるようで大層な人気振りであるようだ。

 もう既に五人の少年と三人の少女と踊っているが一向に息を切らしている様子がないのは流石である。

 

「生憎かっぽれ・・・・なら得意なんだがのぅ。チークダンスは苦手じゃ。背が低いせいで誰と踊っても様にならぬのさ」


 ワシは専ら呑む専門じゃ、と酒瓶を降って笑うゲルダにイルゼも苦笑するしかなかった。


「アンネはどうなの? 背はすらっとして体はしなやかそうだし何より黙っていれば美人なんだから引く手あまたじゃない?」


「黙っていればは余計だぜ。それに俺だってチークダンスはガラじゃねェ。頬を寄せ合って、あはは、おほほ、ゆ~らゆら踊るなんざ、いけまどろっこしくていけねェよ。まだ踊り念仏の方が性に合ってらァ」


「いや、チークダンスも運動量は半端ないんだけど…ゲルダじゃないけど相手と呼吸を合わせなきゃだし」


 チークダンスを間怠いと云うアンネリーゼに、イルゼの後頭部にデフォルメされた汗が垂れる。


「踊っておらぬと申せばあの目立つ船長はどこだな?」


「そう云えば見てないわね? どこに行ったのかしら?」


「おお、クレアよ、どこだ?! 娘はいずこ?!」


「ええい、カスパルはどこだ? 公爵様とご挨拶をするからダンスに夢中になりすぎるなよ、とあれほど申し付けておいたのに、あの莫迦息子は!」


 ベアトリクスを捜していると子供を探す親達の声が多い事に気付いた。

 すると三人は顔を青くして親達に背を向ける。


「こりゃ船長の悪いクセ・・・・が出たか?」


「捜した方が良いわよね?」


「いや、下手に見つけてお預け・・・・を喰ったベアどんを想像してみねェ。暴れてこの城が更地になるぜ。少なくとも当人の同意は得ている筈だ。しけこンだってンなら捜すだけ野暮だ…そう思った方が建設的だと思うぜ」


「ああ見えて色事に関しては紳士的じゃ。無体な事はせんだろう」


「そうね…」


 “火”と“生命”を司る『不死鳥』の聖女ベアトリクスが海賊時代に捕縛された際に深手を負って力を暴走させて巨躯になったのは前述したが、実はもう一つ重大な変化があった。

 それは命を繋ぐと同時に子孫を遺したいという本能にも作用して男女両方の機能を併せ持つ両性具有となってしまったのである。

 その影響なのか、両刀遣いともなり性欲も人一倍強くなっているという。

 少年少女達が数名ほど会場からいなくなっている事から聖女達はベアトリクスが彼らを誘惑して城のどこかで愉しんでいる・・・・・・のだろうと考えたのだ。


「ベアトリクス様…素敵でした」


「そうかそうか、がははははははははははっ!」


 その時、会場にベアトリクスが少年少女達を引き連れて姿を見せたのである。

 彼らの顔は一様にうっとりとしており、ほんのりと赤く染まっていた。

 しかもベアトリクスにしがみついて離れようとはしない。


「マジか、あの野郎…マジでヤリやがった」


「よく見れば年端も行かぬ幼子もおるではないか…見損なったぞ、船長」


 アンネリーゼが呆然と呟き、ゲルダが剣呑な蒼銀の光を瞳に宿らせていると聖女三人がたむろしている事に気付いたベアトリクスが豪快に笑いながら手を振ってきたではないか。


「よう、皆の衆! パーティーを楽しんでるか?」


「ベアどん…その子供達は何だい?」


「説明して貰いましょうか?」


「事と次第によっては去勢も検討しておる」


「おお、この子らか?」


 三人の疑惑の目を気にしていないのか、気付いていないのか、ベアトリクスは笑みを絶やさずに答えたものだ。


「どうもな、ダンスホールから生命反応・・・・が一つ、また一つと離れていくじゃねぇか。その強さから消えているのが子供と分かってよ。追いかけて行ったと思ってくれ」


 語り口からベアトリクスは子供達に良からぬ事・・・・・をしていた訳じゃないらしい。

 なので、まずは話を聞いてみてから判断することにした。


「思ったぞ」


「思ったか。そしたら子供達の反応は城の裏手に集まっていくじゃないか。で、隠れて様子を見ているとどうにも子供達の様子が可笑しい。皆ピエロのような滑稽なダンスをしていたんだ。しかも、それだけ激しい踊りを踊っていながら表情が虚ろでな」


「ふむ、何者かに操られていたか」


「ああ、その上、気が付いたら俺様まで踊っていたのさ」


「なんと? お主ほどの生命力の強い者が操られたと申すか」


 ゲルダの問いにベアトリクスはばつが悪そうに頭を掻いた。


「恥ずかしい事にな。すると何やら楽しげな三味線の調べが聞こえてきた」


 三味線の音は大きかったが衛兵が様子を見に来る事はなかったという。

 そして曲が激しさを増していき、それに合わせて子供達の踊りも激しさを増していったそうである。


「俺様の動きも早くなっていったが仕掛けが分からない事にはどうする事もできなくてな。しかも生命反応は子供達以外、何も引っ掛からなかったんだ」


 そしてついに三味線を掻き鳴らしている者の姿を確認する事ができた。

 なんと子供達の一人だったのだ。


「子供に紛れて術者がいたのかえ」


「俺様もそう考えたんだが、それにしては目が虚ろでな。どうしたものかと思案していたら子供達が一斉に振り返ったんだ」


 なんと子供達の手にはナイフが握られていたそうな。


『ふふふ……』


 風に乗って不気味な笑い声が聞こえてくる。

 この状況で考えられるとすれば術師の声か。


「誰だ?! どこにいやがる?」


『ふふふ……忍法『合わせ鏡』…シュピーゲルとは一味違うぞ』


「なんだと? 『合わせ鏡』?」


 シュピーゲルが所属していた暗殺組織の手の者か。

 三味線の音は益々激しさを増していき、自分の爪で弾いている子供の爪が剥がれて三味線を血で染めていく。

 子供達もナイフを手に踊っている為、隣同士で傷つけ合っているがお構い無しだ。


「やめさせろ! 俺様は一人だ。正々堂々と戦え!」


『元海賊とも思えぬ言葉よ。同じ悪党ならここで姿を見せる事がないのは分かりそうなものであろうが』


 子供達が一斉に斬りかかってきた。

 ベアトリクスは皮膚と筋肉を硬質化されてナイフを捌くが無傷という訳にはいかなず、しかも相手は操られている子供であるため反撃はできなかった。


「クソッ! 巫山戯た野郎だ。どこにいやがる」


 『不死鳥』の司る“生命”の力により命そのものを見る事が出来るベアトリクスはどこに潜んでいようが、気配を殺そうが敵の位置を把握する事が可能である。

 しかし、どれだけ注意深く探っても悪意有る命・・・・・を見つける事はできなかった。


「おっと!」


 ナイフを避けている内にベアトリクスは足をもつれさせてしまう。

 ダメージのせいではない。無惨に裂かれたドレスが足に絡みついていたのだ。

 しかも子供達もベアトリクスに纏わりついてくるので動きが制限されていく。


「しゃーない。犬にでも噛まれたと思ってくれ」


 ベアトリクスは子供の一人を体から引っ剥がすと唇を重ねた。

 酔狂ではない。『不死鳥』の力を吹き込み、生命力を注いだ上で浄化の火で術者の邪気を焼き尽くしているのだ。


「ファーストキスがこんなオバチャンで悪いがじゃんじゃんいかせて貰うぜ!」


 こうしてベアトリクスは片っ端から子供達の唇を奪って術者の邪気を滅ぼしていったのである。


『ほう、ただ薄らデカイだけの女かと思っていたがなかなか面白い事をする』


「うるせぇよ。終わったら次はアンタだ。アンタには浄化の炎じゃなくて地獄から召喚した炎を御馳走してやるぜ!」


『できるかな?』


「あ?」


 虚空より何かが飛来する。


「あれは…竹槍か? そんなこんで俺様の肉体を貫けると思うなよ」


 そのまま竹槍がベアトリクスの腹に突き立ったかに思えたが、なんと鋼のような腹筋に阻まれて傷一つ無かったのである。しかも皮膚にも痕すら残っていない。

 竹槍が子供のナイフに劣っているのではない。

 完全に肉体を硬質化するという事は力もそれ相応となる為、子供達を傷つけないよう加減をした結果、防御力も若干落ちてしまったという理由があった。


『その高い防御力こそが貴様の弱点よ。その自信から攻撃を全て受け止めてしまう』


 嘲笑う声と共に竹槍が爆発してベアトリクスは爆炎に包まれた。

 そればかりか子供達まで炎の中に姿を消してしまったではないか。


『ふふふ…『不死鳥』の聖女が炎で死ぬか。情けない最期よな』


「いや、情けないのはアンタの方だぜ」


『何っ?!』


 爆炎が巻き戻しのように収束していく。

 その中心にはドレスを失い生まれたままの姿となったベアトリクスが腕を組んで立っていた。


「俺に炎は効かねぇよ。むしろ魔力や生命力に変換して吸収する事が出来るのさ。流石に爆発の衝撃だけはどうしようもなくて一張羅が台無しになっちまったよ」


『なるほどな。確かに貴様を仕留めるのに火薬を使ったはこちらの落ち度よ。だが一つ聞かせい。ならば子供達が無事なのは如何なる事であるか?』


 その言葉通り、ベアトリクスの足元には意識を失って倒れているが無傷の子供達の姿があった。


「子供達一人一人に耐火耐爆の結界を張っただけさ。子供を守るのに全力を遣った御陰で俺自身は爆発の威力をもろにかぶっちまったがな」


『そうか、海賊上がりでも聖女は聖女という事か』


「アンタが仕掛けた忍法『合わせ鏡』も破れたぜ。他ならぬアンタの炎の御陰でな。礼を云わせて貰うぜ」


 ベアトリクスは裸になっていても怯む事無く虚空に向かって吠えた。


「さあ、目的は何だ? シュピーゲルの仇討ちか? それとも戴冠式の邪魔をしに来たか? さっさと答えやがれ!」


『シュピーゲルは子飼いの暗殺者の一人に過ぎぬ。仇を討つつもりもない。死して屍を晒すのが暗殺者の宿命であろう。戴冠式の邪魔をするのであれば、態々ここの空間を切り離す結界を張るものかよ。時間も遅い。儀式自体が終わっているのに騒ぎを起こす意味も無かろう』


「じゃあ、目的は何だ?」


『知れた事。シュピーゲルめを出し抜いたゲルダを誘い出す為よ』


「何? どういう事だ」


『子供がいなくなれば子供が好きなゲルダならば必ず動くであろうと想定していたが、まさかゲルダ気付くよりも先にそなたが動くとは思わなんだ。先程も申したが図体だけの女と些か侮りすぎたらしい』


「それは残念だったな。で、ゲルダのあにぃをどうするつもりだ?」


 ベアトリクスの問いは含み笑いで返された。


「おい、答えろ!」


『答える義理は無い。子供を取り返された今となってはこちらの負けよ。敗者は潔く去るとしよう』


「おい、待て!」


 その叫びも虚しく、哄笑は遠くなっていき、やがて消えた。


「野郎、何者だ? ゲルダの兄ぃと何の関わりがある?」


 暫く虚空を睨んでいたベアトリクスであったが後ろから声を掛けられて振り返る。


「聖女様、操られていてる間、かすかに意識はあったのでございます。しかし私達では敵の術に抗う事が出来ず聖女様の足を引っ張ってしまいました。その罪をお許し下さいませ」


 彼らの中でも年長者である少女がベアトリクスに頭を下げるが、ベアトリクスはその頭を撫でて豪快に笑った。


「許す事なんてあるものか。それよりお前さん達が無事で何よりだ」


「そう云って頂けると…それと一つお願いが…」


「お願い? 何だ?」


 赤面している少女にベアトリクスは首を傾げる。

 いや、少女だけではなく周りの少年少女も顔を赤らめていた。

 中には手で顔を覆う者、チラチラと盗み見るようにベアトリクスを見る者もいる。

 すると少女は目の前でぶら下がってる立派な物・・・・を遠慮勝ちに指差した。


「あの…早くお召し物を…風邪を引いてしまいます」


「あ、こいつはいけねぇや。部屋に予備のドレスがあったはずだ。着ていくドレスが決まらず何着か持って来たのが幸いしたな」


「せ、聖女様! せめて前を隠して下さい!」


 そのまま肩で風を切るように城へと戻っていくベアトリクスを少女達が慌てて追いかけて行った。









「シュピーゲルの術を操り、船長を相手にしながら竹槍で戦うとはな」


「俺達に気付かれずに隔離結界を張れる事といい、ベアどんの索敵にも引っ掛からねェ事といい、とんでもない敵が現れやがったな」


「でも子供達を無事に取り戻せたんだし良しとしましょう。御手柄だったわね」


 唸るゲルダとアンネリーゼに対してイルゼは子供の無事を喜び、ベアトリクスの手柄を褒める。


「まあ、相手は本命のゲルダの兄弟がいなかったから退いてったってのもあるがな。結局、ヤツがどこに潜んでいたのか、そもそも竹槍がどこから飛んできたのかも分からずじまいだった。もし、あのまま戦っていたら俺様は死んでいたかもな」


「それは向こうも同じだからこそ退いたのであろう。竹槍でも貫けぬ鋼の肉体と炎を受け付けぬ力を持つお主と姿を見せぬ敵、千日手になると思ったのではあるまいか」


「慰めはいらねぇよ。見逃されたのは俺様の方だって分かってる。ヤツが退いたのだって有り体に云えば俺様を殺してもメリットが無いからだ」


 或いは自分を殺す事でゲルダの怒りを買わないようにしていたのではあるまいかとも考えた。あの声は何故かゲルダに対して敵意も悪意も無かったように思えた。

 しかしベアトリクスはその推測を口には出さなかった。

 下手な事を云ってゲルダが疑惑の目で見られては迷惑になると思ったのだ。


「それにしてもエラい懐きようだが、ベアどん、お前さん、何かしたのかい?」


「いや、用意された部屋に戻る最中に闇に潜んでいやがるがいてな。誰何すいかして見れば驚くじゃないか。そこいたのはロドルフだったんだ」


「何だと?」


 予想外の名前に然しものゲルダも驚かされた。

 ゲルダに鼻を斬り落とされたロドルフは元老院から、そのような無様な者に王は相応しくないと罷免を要求されていた。

 元より公爵家は王が不在になることを防ぐ為に一時的に王位を預かっているだけの立場だったのである。

 王を継ぐはずだったアラン王子の仇を討ったクルトを正統の後継者として速やかに王位を退くのは当然の事であった。

 ロドルフは頑迷に拒否していたが鼻を失った事が決定的となった。

 ロドルフは妻と共に公爵家に戻ったが、家は既に末弟が継いでいて居場所が無かったのである。

 この弟が実に優秀でヴァレンティアをも上回る才覚をもってフレーンディアの財政を豊かにしており、今更ロドルフを公爵に据えるメリットなど無かった。

 力尽くで家督の譲渡を迫るものの前述したように王になってからは自堕落な生活を送っていたせいで極度の肥満体質となっており、ヴァレンティアをも凌ぐ華麗な剣捌きでロドルフの頭頂部の髪を剃り落としてしまったのだ。


「そのまま夫婦共々出家なされるが良かろう」


 弟はかつて騎士であった面影がどこにも残っていない兄を軽蔑の目で見ながらそう云い放ったという。

 その目はまさに自分が兄シュピーゲルを蔑んでいた時と同じ目であった。

 ロドルフは最後の手段として竹槍仙十たけやりせんじゅうに泣きつこうとするも彼の手下は既にフレーンディア王国を引き払っていた。

 竹槍仙十はロドルフの事をとっくに見限っていたのである。

 連絡つなぎに使っていた郊外の小屋に残されていたのは爆薬であった。

 そばには苦無で床に縫い止められた紙ががあるのみだ。


『自分の始末は自分でつけよ』


 仙十にすら見捨てられたと悟ったロドルフは爆弾を体に巻きつけるとクルトを道連れに自爆しようと機を狙っていたのである。


「それでどうしたい?」


「見つかって捕らえられると思ったのか剣を振り回して、“どけ”っと襲ってきたからな。ぶん殴って気絶させてやった。そしたら子供達が“格好いい”ってなってな」


 子供が強い者に憧れるのは世の常であろう。

 ましてやベアトリクスが隻眼で右目にアイパッチをしている事も子供心を掴んで離さなかったに違いない。


「それで野郎はどこだい?」


「今頃は大八車に縛られて俺様の船に向かってるところだろう。船に着いたら船底にある牢屋にブチ込むよう手下には云ってある」


「よし会ってやろう」


 ゲルダが腰を上げる。

 ロドルフと話がしたいというのもあるがダンスパーティーを抜け出す良い口実を得たというのが正直な気持ちであろう。


「じゃあ、あっし・・・も」


 事件に関わった者としてアンネリーゼも同行するつもりになった。

 王であった時は下手な事は出来なかったが、今のロドルフはほぼ牢人に近い。

 厳しい取り調べをしても問題は無いはずである。


「イルゼは残ってくれ。只でさえ長老殿が欠席されているのに聖女全員が離れては恰好がつかぬからな」


「了解。ただ分かっているでしょうけど」


 イルゼが釘を刺そうとすると不良聖女達はニヤリと笑う。


「分かっておる。飽くまで訊問じゃ。決して私刑などせんわえ」


「いえ、彼にも妻子がいるのだから死なせてはダメよって事よ」


 要は死なない程度に制裁をしておけと云っているのだ。

 イルゼもまた内心では黒幕のロドルフに怒り心頭であったのである。

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