外伝之弍拾弍 王子殺しにされた令嬢㉑

「先生、お疲れ様でやした」


「うむ、親分達、黒駒一家にも随分と面倒をかけたな」


 アンネリーゼが一献傾けるとゲルダは杯で受ける。

 聖女五人は黒駒一家が経営している料理屋でささやかな酒宴を開いていた。

 志半ばで散ってしまった聖女グレーテと彼女を斬った張本人であるがハイネスの身代わりとなって切腹したシュピーゲルを弔う為に聖女だけで設けた座である。


「お主達も駆け付けてくれて感謝する。特に長老殿には我が子カンツラー、グレーテの子クルトが世話になり申した。御陰を持ちまして二人は大きく飛躍できましたぞ」


「なんの、なんの。わらわは少し助言したに過ぎぬ。後は二人がそれを元に工夫し精進した結果よ」


 ゲルダが三人の聖女に頭を下げると彼女達は笑って頷いたものだ。

 ミレーヌも未来を担う若者達の成長に嬉しそうにしている。


「いやぁ、シュピーゲルの腕を斬り飛ばした坊っちゃんの勇姿、みんなにも見せたかったぜ。左から斬りかかってきた上段斬りを居合で受け流してな。たいが流れた野郎をバッサリだ。ありゃ将来は世界に名を轟かす大剣豪になっているに違いねェ。先生も鼻が高いでしょうよ」


「親分、あまり持ち上げるでない。カンツはまだ中伝の修行に入ったばかりじゃ。勝ったというが子供と侮った油断に付け込んだまでの事。もしクルトと決闘していた時のシュピーゲルと立ち合っていたら斬られていたのはカンツの方じゃ。右腕を失ってはいたが、心身ともに充実していたあの男であったなら、とてもではないがカンツの敵う相手ではなかったわえ」


 アンネリーゼを窘めつつ杯を傾けるゲルダであるが、ふと視線を上げるとニヤニヤと笑うアンネリーゼと目が合った。


「またまたァ、後で“我が子がまた一つ大きくなりおった。自慢の倅じゃ”と泣いていたのはどこのどなた様で御座ンしたかねェ?」


「…『水の都』でメイド半年じゃ」


「な、何でェ?!」


「人の涙を揶揄うとは親分もまだまだ人格の修行が足りぬと見える。ワシが手元でしっかりと再教育して進ぜよう」


 するとアンネリーゼが床に額を擦り付けたではないか。


「それだけは勘弁しておくんなせェ」


「お、おい、黒駒の兄弟・・? どうした? ただ仕置き代わりに御奉仕するって話じゃないのか? そんなにビクつくほどゲルダの兄弟・・にコキ使われるのかい?」


 ベアトリクスが戸惑いながらアンネリーゼの肩に手を置いた。

 ちなみにゲルダ、アンネリーゼ、ベアトリクスの不良聖女は義兄弟の契りを結んでいる為に女同士ではあるが『兄弟』と呼び合っている。


「せ、先生ンとこでメイドとして働くのは良いンだ。けど知っての通り、先生は武芸百般の達人だ。当然、十手の遣い方も心得てらっさる」


「ははん、なるほどな。十手の稽古でシゴかれるってワケか」


「想像してみねェ。先生全力の打ち込みを十手で受けさせられるンだぜ。竹刀とはいえ怖ェなんてもんじゃねェ。稽古が終わる頃には体中痣だらけの血塗れよゥ。他にも鉄扇術やら棒術やら仕込まれたっけなァ」


 ベアトリクスも覚えがあるのかアンネリーゼを同情したようだ。


「海賊上がりで跳ねっ返りだった頃、俺様もゲルダの兄弟によくシメられたっけなぁ。カットラスの腕が及ばないのは当たり前だが、ピストルの弾を斬り落とされた日にはマジでチビッたぜ」


「銃などどこを狙っておるのか銃口を見れば分かるであろう。後は相手と呼吸を同じくして発射の時期を見極められれば所詮まっすぐにしか飛ばんのじゃ。避けるのも斬るのも容易いわえ」


「いやいや、いやいや、銃弾を斬るって英雄譚サーガじゃないンですから」


「そうよな。わらわも躱す事は出来ても斬るのは無理よ」


「…ミレーヌ先生?」


 パタパタと手を振るアンネリーゼの額には冷や汗が浮かんでいる。

 ミレーヌも斬る事は出来ぬと云うが、躱す事は出来ると聞いてアンネリーゼは錆びついた蝶番のように首を動かしてミレーヌを見た。


「相手の呼吸を見切るか。武芸百般、流石はゲルダよな」


 ミレーヌが褒めそやすが何故かゲルダはばつが悪い顔で頬を掻いた。


「意地悪は無用に願いますぞ。遙か昔、長老殿が息も乱さず、汗一つかかずに魔界の将校を軽やかに斃した際に相手と呼吸を合わせている事に気付きましてな。そうする事で相手と同調し、初見でも相手の技を見切る事が出来るのだと悟ってござる。ワシはその極意を盗んだまでの事。それを褒められては汗顔の至りでござる」


「ふっ、恥じ入る事など何一つ無いぞ、ゲルダよ。千年にも及ぶ我が武道家人生で『呼吸の見切り』の極意に気付いた者はそなただけである。また教えて出来るものでもない。それに気付き修得したのはそなたの努力の賜物ぞ。むしろ伝授出来ぬと思っていた極意がそなたの中でしっかりと息づいていると知れて嬉しく思う。これで心残りがまた一つ消えたぞ。ありがとう」


「恐悦にござる」


 ゲルダはミレーヌ注いだ酒を美味そうに飲み干した。

 その表情はどこか嬉しげである。


「黒駒の…今の分かるか?」


「ただ呼吸を合わせるだけじゃ駄目だって事くらいしか分からん。もうお二人は別の次元にいなさるとしか思えねェや」


「これは努力だけでどうにかなる話じゃないわね。ほぼ感覚的なものだから天才にしか分からない領分なのかも知れない」


 ベアトリクスとアンネリーゼの会話にイルゼも入る。


「イルゼどんは分かりやすかい?」


「無駄ね」


「無駄…ですかい?」


 予想外の答えに目が点になる。

 イルゼはそんなアンネリーゼを意に介さず人差し指を立てて続ける。


「初太刀に全身全霊を込めて振り下ろすだけだわ。呼吸を合わせるだの見切るだの入る余地が無いって事よ」


「それは潔いこった。だが、それを躱されたらどうするね?」


 ベアトリクスはイルゼの理論に感心すると同時に少し意地悪な質問をしてみる。


「だから考えないのよ。その時は未練無く死ぬだけだわ」


「さ、さいですかい」


 ある意味、聖女の中でも一番高潔なイルゼのあまりに簡潔な答えにアンネリーゼはそう答えるしかなかったという。


「合わせると云えば話をシュピーゲルに戻すけど、何やら怪しげな術を遣ったそうじゃない? 確か忍法『合わせ鏡』だったかしら?」


「うむ、シュピーゲルの動きに合わせてクルトが操られておったわ」


 イルゼの言葉にミレーヌと差しつ差されつし呑んでいたゲルダが答えた。


「忍法っていうけどシュピーゲルって忍者だったの?」


「シュピーゲルがというより、あやつが身を寄せている組織が忍びなのであろう。シュピーゲルが申すには臍下丹田より気を発して見えぬ分身を作り、相手に取り憑かせて操るのだそうな。故に右腕を失っている状態ではクルトを十全に操る事ができなかったと申しておったわ」


「恐ろしい術ね。その組織、暗殺を生業にしているようだし捨て置く訳にはいかないんじゃない? その組織の詳細は聞いているのでしょうね?」


 イルゼの問いにゲルダは首を振った。


「ハイネスの代わりに切腹をするのにシュピーゲルが出した条件が組織について訊かぬ事であったのだ。もし組織や首領について口にしようものなら強力な暗示によって即座に自らの命を断ってしまうという。首領の側近にまで登り詰めた幹部のシュピーゲルも例外ではないそうな」


 失敗した者や裏切り者に容赦する事のない非情の組織ではあるが、秘密を守って死ねば遺された家族に手厚い援助をしてくれるそうで捕縛された殺し屋達は訊問を受ける前に自害をしてしまうのだという。

 シュピーゲルも組織が救出に来なければ、これまで行ってきた暗殺の一切合切を喋って組織を道連れにしようと目論んでいたが、ハイネス達の慈悲に触れた事で考えを改めて自害の道を選んだのである。


「シュピーゲルには子がおってな。母親はヴァレンティアだとさ」


「ヴァレンティア? 発端となったアラン王子暗殺の濡れ衣を着せられたという…いや、チョット待て。父親は違えど兄と妹で子を?」


「うむ、ヴァレンティア本人が告白しおった。ヴァレンティアはハイネスに見つからぬよう、そして自ら名乗り出られぬようにマリア同様に顔を奪われておったのじゃ。その傷を癒やし、ヴァレンティアに変装してハイネスやフレーンディア王国の目を引き付けてくれていたのがシュピーゲルであったという」


「シュピーゲルが主にヴァレンティアに化けていたのはそういうこった」


 ゲルダの言葉をアンネリーゼが引き継いだ。


「その御陰でゆっくりと傷を癒やすことが出来たヴァレンティアは、その後、シュピーゲルのアジトで匿われていたそうだ。で、ある日、シュピーゲルが大怪我をして帰ってきたことがあったそうでね。どうやらフレーンディア王国からの追っ手と遭遇して戦闘になったらしい。ヴァレンティアの振りをしていれば当たり前だわな」


 その後、シュピーゲルは負傷して帰ってくる事が増えたという。

 自分の為に恐ろしい討手と戦い傷ついていくシュピーゲルに何とも思わない程ヴァレンティアは非情な人間ではない。

 つい、もう自分の身代わりになるのは結構と云い、何故そこまでするのかと問う。

 シュピーゲルの答えは明快であった。


「愛しているからだ」


 これは兄が妹を愛するという意味ではなく一人の女としてヴァレンティアを愛していると告白したのだ。


「それで感極まって兄と妹の道ならぬ恋にってワケさ」


 顔を失って尚自分を女と見てくれる男がいる。

 人生に絶望していたヴァレンティアにとってこれ以上の言葉はなかった。


「生まれた子はヴァレンティーヌと名付けたそうだ。今年で十三歳だとよ。実際に会ってみたが金髪碧眼の品の良いお嬢様だったぜ。世が世なら“是非とも我が妃に”って王子様やら貴族の跡取りやらに求婚されていただろうな」


「その娘やヴァレンティアの今後の為にシュピーゲルは自ら命を捨てたという事かい。身勝手な殺し屋野郎と思っていたが、まだ人としての情があったんだな」


 ベアトリクスが複雑そうに云った。

 組織の情報は惜しかったが、どの道、自白をすれば暗示で自らの命を絶っていたのであるから、ハイネスに成り代わっての切腹は意義があったのだ。


「ヴァレンティアとしては娘の為にも殺し屋稼業は廃業して欲しいと何度も懇願していたそうなんだがな。組織を裏切れば未来に待つのは残酷な制裁だ。シュピーゲル本人は云わでもの事だが女であるヴァレンティアや娘にも容赦はしねェだろう。何度も口論になったがシュピーゲルに逃亡するという選択肢は無かった」


 教会でマリアが聞いたシュピーゲルとヴァレンティアの口論の正体がこれだ。

 勿論、教会乗っ取りを咎める声もあったが遠すぎて聞き取れなかったのだ。


「だからこそ教会に調査に来た俺達を態々フックスの顔を被って襲ってきやがったのさ。で、捕まってシュピーゲルの情報を吐けば野郎の裁きに手心を加えて貰えると思ってたンだから一途というか女の浅知恵というか」


 経験の浅い組織の若手を連れてくれば捕縛も簡単だろうと踏んでいたが、血気盛んな彼らが教会に火を着けてしまうとは思いも寄らない誤算であったという。


「貴方も女なんだから浅知恵なんて云わないの。それでそのヴァレンティアはどうしているの?」


 イルゼが問うとゲルダもアンネリーゼも目を伏せてしまう。


「ヴァレンティアは…死んだ」


「死んだ? どうして?」


「ヴァレンティアにはもう一つ誤算があってな。彼女にも暗示がかけられておったのじゃよ。彼らを捕縛して番所に拘留していたのだが真夜中に悲鳴があがったのじゃ」


 ゲルダ達が牢に駆け付けると紐状に結った下着を格子にかけて首を括っているヴァレンティアの姿があった。

 足元にはびりびりと破かれた紙が散乱していた。

 なんとか繋ぎ合わせるとアラン王子殺害の詳細が書かれており、暗殺当日にはアラン王子の護衛が遠ざけられていたことが分かった。

 そして、それが出来たのは護衛騎士団の長であったロドルフであるという。


「こうしてワシらは黒幕がロドルフであると確信を得たのじゃよ」


「幸薄い娘だと思っていたがなんと惨い最期である事よ」


 ミレーヌが両手を合わせてヴァレンティアの為に祈った。

 婚約者であるアラン王子を殺され、その罪を着せられた挙げ句に顔まで奪われたヴァレンティアの生涯は暗示による自殺で幕を閉じたのである。


「あー、チクショウ! ロドルフの野郎、どうしてくれよう!」


「落ち着け、親分。証も無いではどうにもならん。捨て置け」


 ヴァレンティアをみすみす死なせてしまった悔いからアンネリーゼが激昂するがゲルダは杯に酒を注ぎながら窘める。


「ですが先生! ロドルフの野郎が王位を簒奪する為にシュピーゲルを使ってアラン王子を暗殺したのは分かりきった事じゃ御座ンせんか!!」


「事が公になれば天地が引っくり返る騒動となる。暗殺者が目の前にいるのに剣も抜かず心の臓を一突きされて死んだとあってはアラン王子も恥を晒す事になろう。ひいてはフレーンディア王国の恥となる。それではクルトも今後やりにくかろう」


「なるほど…けどロドルフの野郎を野放しにしちゃァもっと世間の笑い者になるンじゃねェンですかい? 大の男が婚約者の姿になって襲ったンですぜ? それもテメェの手を汚すじゃねェ。兄貴にやらせてだ。それも忠義を誓った王家を裏切り王位をテメェのものにしたくてだ。許せるもんじゃないでしょうよ!」


「黒駒の兄弟の云う通りだ。話を聞いて俺様だってロドルフの野郎を“血の鷲”にしてやりたいと思ったぜ!」


 アンネリーゼに同調してベアトリクスも叫んだ。

 ちなみに“血の鷲”とは人間の背を開き、肋骨を脊髄から切り離して生かしたまま肺を体外に引き摺り出す処刑法である。

 肺を翼のように広げる事から“血の鷲”と呼ばれている。


「打ち棄てておけ」


「先生!」


「落ち着け。その内、ロドルフには天罰が下ろうよ」


「天罰ってそんな! 先生は悔しくないンですかい?! 俺達はヴァレンティアをみすみす死なせちまってるンですぜ!」


「確かにあの娘は可哀想であったがまだ遺されている者がおろう?」


 云われてアンネリーゼがハッとする。


「ヴァレンティーヌ…」


「そうともさ。あのシュピーゲルとヴァレンティアの遺児をまっすぐに育てる事こそ我らがすべき仕事ではないのかね?」


「そうでしたね。ロドルフには王位を返還して貰わにゃならねェ。それまでは野郎は王様だ。下手な事はするべきじゃありやせんでした」


「分かれば良い。何、ロドルフは必ず痛い目に遭う。世の中はな、そう捨てたものではないぞ。そうとなれば皆で呑もう。今日だけは酔って全てを忘れるのじゃ。それが良い。それが良い。わはははははははははは」


「へい! 合点でさ!」


 漸く明るい笑顔になったアンネリーゼが景気良く手を叩く。


「お~い! 酒が足りねェ! じゃんじゃん持って来てくれ!」


 こうして酒宴は賑々しいものとなっていく。

 十五年前から続く陰惨な事件の犠牲者を慰めるように聖女達は大いに呑み、大いに食い、大いに笑うのであった。









 深夜の事である。

 フレーンディア城の中でも人気の無い堀端に一人の影があった。


「一体何者であろうか…」


 手紙にて一人呼び出されたロドルフである。

 その手紙には十五年前にアラン王子を殺害した旨をシュピーゲルが自白したとあり、その証拠の品も提出されているという。

 その証拠が欲しくば南の堀端に一人で来いと書かれていた。

 加えて一人で来なかった場合、また使者が戻らぬ場合も仲間が別の証拠を持って評定所に訴えるとあったので流石に小心者のロドルフも一人で来るしかない。

 勿論、それは表向きの事で各所に竹槍仙十たけやりせんじゅうの手下を伏せてはいる。

 だが約定の時刻を過ぎても誰か来る気配は無かった。


「おい! 誰かおらぬのか? 手紙の求めに応じて一人で来たぞ」


 周囲に呼びかけるも返事は無い。


「何故姿を見せぬ? よもや悪戯か?」


 だが、その可能性はまずあるまいと思い直す。

 何せ十五年前の事件を知っているのだ。


「うらめしや…兄上…」


「むっ?」


 ぼうと淡い光が生まれて人影が現れた。


「兄上…私を利用しましたわね」


「誰だ?!」


「私ですわ」


「お、お前は?!」


 その人影はヴァレンティアであった。


「ば、莫迦な…ヴァレンティアは死んだと聞いたぞ」


「ええ、なので兄上に御怨みを申し上げに参上いたしました」


 ヴァレンティアは宙に浮いていた。


「おのれ! 血迷ったか?!」


 剣の柄に手をかけるが何故かロドルフは剣を抜こうともしない。


「うらめしや…よくも私の顔を…」


 生気の無い青白い顔のヴァレンティアが近付いてくる。


「く、来るな! 化け物! 誰か! 誰かぁ!!」


「無駄ですわ。周囲にいる伏兵は全て眠っております」


「何だと?」


「兄上…アラン様、ハイネス様、シュピーゲルお兄様、そしてグレーテ様…皆、兄上を怨んでおりますわよ」


「ひぃぃぃぃぃぃ……」


「今こそ王位を返す時ですわ。そして自らの罪を償うのです」


 すると怯えていたロドルフの顔が怒りの形相となって吠えた。


「莫迦な! 王位は俺の物だ! 誰にも渡さん!」


「いいえ、クルト王子にお返しするべきですわ。ご自分でご自分を裁くのであれば私共は怨みを忘れましょう」


「巫山戯るな! ならばクルトも殺すまで! いや、ヨアヒムも死ねば王家は完全に途絶える! なれば俺を脅かす者はもうこの世におらぬわ!」


「そうかよ」


 ヴァレンティアが牙狼を思わせる速さで走る。


「あっ……」


 ロドルフが剣を抜こうとするが十五年もの間、荒事は全て仙十の手下に任せっきりで剣の柄に手を添える時は配下に“敵を襲え”と合図をするだけであった。

 国王になってからは実戦はおろか鍛錬すらしていない。

 それ故にロドルフは非道く肥えてしまって動きは鈍く、抜こうとした時には既にヴァレンティアが肉薄していた。


「ひっ?!」


 鋭い蒼銀の瞳に射竦められて緩慢だったロドルフの動きが止まる。

 ヴァレンティアの口が真一文字に結ばれて光が一閃した。


「ぐぎゃあああああああああああっ!!」


 ロドルフは両手で鼻を押さえて絶叫する。

 彼の足元に落ちていたのは鼻であった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ?!」


 激痛によろけていたロドルフが足を踏み外して堀へと落下していく。


「莫迦め…命があるだけ有り難いと思え」


 ヴァレンティアが自らの顔を掴むと簡単に毟り取る。

 堀の中でもがいているロドルフをゲルダが絶対零度の目で見詰めていた。

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