外伝之拾玖 王子殺しにされた令嬢⑱

「先生、本当にここで良いンですかい?」


「本人たっての希望じゃ。それに神官共も聖都スチューデリアも許しているのだから問題はあるまいさ」


 ゲルダとアンネリーゼの二人が立っているのは聖サクラコ記念教会の中庭である。

 二人の後方と右手には純白の幔幕まんまくが張られ、左手には椅子が並べられていた。前方には数百年前に勇者と力を合わせて悪霊の王を地獄に送り返した聖女が植えたとされる桜の木が威容を見せている。

 中央には白い砂が撒かれた上に真新しい畳みが二畳、更には白い木綿の布が敷かれている。前方には白い屏風が立て掛けられていた。

 紛う方なき切腹の場である。


「それにしたって何も先生が介錯する事ァねェでしょうに」


「仕方あるまい。フレーンディア王国家中には首を落とせる腕を持つ者がおらんでな。ワシが引き受けるしかなかろうよ」


「たー…騎士道、地に落ちたり…でやすなァ」


「そう云ってやるな」


 ゲルダは空を見上げる。

 桜と青空、そして白一色の切腹場が緊張感を孕んだ美しさを生み出していた。

 ゲルダの着用している水浅葱みずあさぎの小袖も場に映え、その白皙はくせきは桜色に染まっている。


「死ぬにはこれ以上無いはなむけでやすなァ」


「半分は葉桜になりつつあるが末期まつごの慰めにはなろうよ」


 畳の上に散った桜が風に巻き上げられる様は舞っているかのようだ。


「それで野郎・・に腹を切る覚悟はあるンですかい?」


「少なくとも我から切腹を申し出た時は些かの迷いも無かったな」


 フレーンディア王国・第ニ王子ハイネス=ジャン=フレーンディアは五人の聖女による談合の結果、王族である事に加えてクルトの将来も考慮し、罪一等を減じて切腹とすると決まった。

 元々、この世界に切腹という刑は無かったが数百年も昔に召喚された勇者がいた。

 地上を攻めてくる魔王に対抗する為に呼び出された彼は文武共に秀でており尚且つ人格も優れた非の打ち所が無い男で誰もが勇者を称えたという。

 しかし、それを妬んだ一人の男が勇者を罠にかけ、ある国の姫を手籠めにした事にしてしまったのだ。しかも、その姫が勇者に懸想しているのを察し、この策に協力すれば勇者は貴方のものになると甘言を弄した上である。

 激怒した王に勇者は捕らえられ、姫の証言もあって処刑される事となった。

 未だ魔王という脅威がいるというのに勇者を処すなど以ての外であると周囲は勇者を庇い、擁護したが王は有ろう事か勇者を罠にはめた男こそが真の勇者であると宣言してしまうのだ。

 この時になって姫も男に騙されたと悟り、父王に勇者の助命を懇願したが聞き入れられずに死刑が確定してしまう。

 王の怒りが凄まじかった事もあるが、姫も保身の為に勇者と関係した事実は無いと告白できなかった事も大きかった。

 死刑が明日と迫った勇者は最期に刑を選ばせてやる、と王に云われると自刃を望んだという。

 そして勇者の最期の希望を汲んだ仲間達が出来うる限りの礼を尽くした切腹場を拵えてくれた事で勇者は最期の時を迎えた。


「我が潔白を見よ」


 勇者は自らの腹に短刀を突き立てると真一文字に切り裂いた。

 心臓を突くか首を切ると思っていた王達はその凄まじい割腹に言葉を失ったが、それで終わりではない。

 更に鳩尾みぞおちに短刀を突き立てて臍の下まで切り下げたのである。

 十文字に裂かれた腹から臓腑が溢れる凄惨な光景に静まり返るが勇者はまだ死んではいなかった。


「おのれ! 我が魂魄、悪鬼となりてこの世に災いをなさん!」


 呪詛を吐いて勇者は自らの喉に短刀を突き立てて絶命した。

 自分を罠にはめた男も許せなかったが、嘘の証言をした姫、死刑を宣告した王、そして捕らわれた自分を助けようともしなかった仲間ばかりか民衆までをも呪いながら死んでいくという壮絶な最期に誰もが魔王の脅威以上に恐怖したという。

 その後、王は大病を得て苦しみながら崩御し、姫は乱心して城の最上階から身を投げた。そして勇者の親友でありながら裏切り新たな勇者となった男は行方を眩ませた。良心の呵責に耐えられなかっただの勇者に祟られただの噂が絶えなかったが、いずれにしてもまともな死に方は出来ないだろうと囁かれたそうな。

 勇者を救えなかった仲間達は勇者の魂を慰める為に教会を建てると残る生涯を彼の菩提を弔う為だけに捧げたという。

 以後、勇者の死に様は自らの腹の中を晒して身の証を立てたという名誉ある死として身分ある者や騎士の処刑に採用されたそうな。


 故にフレーンディア王国はハイネスの斬首を求めたが、事件解決に微塵も貢献していなかった事とハイネスが外法に堕ちたのは支援をろくにしていなかったフレーンディア王国にも咎があるとして訴えを封じ込めた。

 更には本来の後継者であるアラン王子の仇を討ったクルトに王位を返すようにと現国王ロドルフに聖女全員の連名で命令書を送っている。

 これでロドルフがどう動くか見物みものというものだ。


「お、来やしたぜ」


 幔幕の方を振り返るとまず見えたのが身の丈三メートルを超える大柄の女でシックな黒い礼服に身を包んでいる。

 “火”と“生命”を司る『不死鳥』の聖女で名をベアトリクスという。

 海賊上がりという異色の聖女であり、海賊の野生味と修道女の清楚さが不思議と同居している美貌は右目の黒いアイパッチと赤い髪と相俟ってかなり目立っている。

 なお、彼女の背が異様に高いのは、過去に海賊として捕らえられた際に深手を負ってしまい、助かりたい一心に自らの力である“生命”を暴走させた結果、傷を癒やすまでは良かったが余剰な力によって巨躯になってしまったそうな。

 続いて赤みを帯びた金髪を三つ編みにした少女が姿を見せた。

 ソバカスが愛らしい童顔の少女であるがれっきとした聖女である。

 “土”と“豊穣”を司る『虎』の聖女でイルゼという。

 ベアトリクスと比べると地味な印象を受けがちであるが、表情は凜としており背筋もすっと伸びているので彼女と並んでいても見劣りするものではなかった。

 三人目に黒いローブを身に纏った“闇”と“安息”を司る『狼』の聖女ミレーヌが老いを感じさせない矍鑠とした歩調で現れた。

 更に切腹を見届ける為にフレーンディア王国から派遣された役人数名も姿を見せて、それぞれ用意された椅子に座る。

 介錯が出来るだけの熟達者がいない事から察してはいたが、切腹を検分するのも初めてのようでいずれも顔が強張っていた。

 しかも罪を犯したとはいえ王家の人間が腹を切るというのに名の知れた者が一人もいないというのはどういうつもりなのだろうか。

 立場は逆転したとはいえロドルフにとってハイネスは元は主家であり竹馬の友であったはずだ。薄情にも程があるではないか。


「せめて王家派の重鎮くらいは寄越すと思ってたンでやすがねェ」


「構わん。大方禅譲の際に殆どが公爵派に寝返っておるのであろうよ。今から腹を切るとはいえハイネスとは顔を合わせづらいが故に指名をされても固辞しておるのが真相だろうさ」


「そんなところでやしょうね。忠義もクソもありゃしねェや」


「貴族ともなれば守るものも多かろう。一概に責める訳にもいくまいて」


 逆に云えばクルトに王位が返還されれば苦境に立たされる事になるであろうが、それで没落したとしてもゲルダからすればそれこそ知った事ではない。

 後はクルトの度量次第であるが彼なら裏切り者・・・・も特につらい思いをする事はなかろうというのがゲルダの予想である。

 それは怨敵シュピーゲルを許して司直に委ねた事からも想像できた。


「ゲルダ様、アンネリーゼ様」


 家令のトーマスがゲルダ達に歩み寄ってきた。


「お待たせしました。間も無く来られます」


「うむ」


 ゲルダは今日のために集まってくれた聖女達に立礼するとアンネリーゼを伴って白屏風の裏に回った。

 素早く亀甲模様の袴のもも立ちを取ってたすきで両袖を絞る。

 愛刀『水都聖羅すいとせいら』を手に切腹場へ出た。

 後からアンネリーゼが水の入った桶と柄杓ひしゃくを持って続く。

 ゲルダがハイネスの介錯を引き受けたのなら、共に事件に関わった者としてアンネリーゼは介添え人を買って出たのである。


「ハイネス様、こちらに」


 幔幕の食い違いの所から白装束の貴人が姿を見せる。

 ハイネスは既に足に力が入らないようで左右から二人の騎士が支えていた。

 毅然とした表情ではあるが顔面は蒼白である。

 首を打つ妨げにならぬよう金色の髪が束ねられていた。

 歯の奥が鳴っており両肩が震えているのが見て取れる。

 騎士達はハイネスを畳の上に座らせるとゲルダに一礼して去っていった。

 すぐに別の騎士が現れてハイネスの前に短刀を乗せた三方を置く。

 途端にハイネスは虚空を見据えたまま固まる。


「云い残す事があれば聞こう」


 背後のゲルダが声を掛けるとハイネスは振り返る。


「無念…ただ無念だ」


 目尻が裂けんばかりに見開かれ、絞り出すように云うと荒々しく白い騎士服の前を開いた。

 自分から切腹を望んでいた時は落ち着きを通り越して不敵ですらあったが、土壇場に来て覚悟が揺らいできたらしい。

 ハイネスの体が瘧慄おこりぶるいのように揺れており、顔は引き攣っている。

 服を開いたが拳を握り締めたままで三方の短刀に手を伸ばす気配すらない。


直心影流じきしんかげりゅう免許皆伝、ゲルダにござる。介錯つかまつる」


 促す意味で声を掛けたが反応は無かった。


(これは散らす・・・事になるやも知れんな)


 これだけ震えていると首筋に落とす刀身が髪に絡まりかねない。

 こうなってしまえば如何なる名刀、如何なる名人であろうと一撃で首を落とす事が難しくなる。ゲルダとて例外ではない。

 それでは一刀で絶命させる事が難しく、屠腹とふく者は余計に苦痛を味わう事になる。暴れて周囲に血を撒き散らす事になるだろう。

 ゲルダが懸念している散らす・・・とはこの事である。

 アンネリーゼに目をやると、彼女も分かっているのか、小さく首を振った。

 唇が動き、押さえやしょうか、と訊いてきた。

 ゲルダは一瞬の思案の後、小さく首を振った。

 屠腹者に覚悟が定まらないとなれば数人で取り押さえて形だけ切腹の真似をさせてから斬首するか、下手をすれば畳みに押さえつけて首を落とす事になる。

 こうなると切腹というよりは庶人に科す斬刑と変わらない。

 ゲルダも介錯人から執行人となってしまう。

 騎士であり王族の人間が切腹に際して恐怖で体が震え、介添え人に体を押さえられながらの斬首となれば末代の恥となろう。

 クルトの今後を思うとそれだけは避けたかった。

 せめてハイネスは己の罪を認めて潔く死んだと世間に知らしめねばならない。

 少なくともロドルフには一分の弱み、汚点を見せる訳にはいかなかった。

 そして見苦しからぬ死に様にしてやるのも介錯人の腕の見せ所である。


「ハイネス」


 返事は無かったが耳には届いているようでハイネスの体がビクリと震えた。


「美しい桜じゃのぅ。今暫し切腹は良い。この世の名残に散り行く花と若々しい葉の織り成す光景を堪能せい」


「桜……」


 ハイネスが桜の木を見上げる。

 花が散り、半分以上が葉桜となっていたが桜と緑のコントラストは爛漫と咲き誇る時期とはまた違った美しさがあった。散っていく美しさといっても良い。


「花が散り、青々とした葉が生い茂り夏となる。そして秋がくれば枯れ、冬には散ってゆく。だが、それで終わりではない。次の春にはまた美しい花が咲こう」


 ゲルダは刀の柄から手を離してハイネスの肩にその手を乗せる。


「命もまた同じじゃ。そなたの命は今日散るが、いずれは新たな命となって生まれ変わる。次の人生ではもう少し穏やかに生きるのだな」


「次の命……」


 いつの間にか桜の花弁がハイネスの掌に乗っていた。

 それを握り締めると大きく息をもらした。


「次は権力争いとは無縁の世界で生きたいものだ」


 ハイネスの両肩が下がり体の震えが止まった。

 強張った顔から恐怖が消え、穏やかな表情に変わっていく。


「ゲルダ様…並びに皆々様、お待たせして申し訳ない」


 声にも落ち着きが出ている。

 ついに腹を切る覚悟が定まったのだ。


「ゲルダ様、よろしくお頼み申します」


「うむ、介錯仕る。痛みは与えぬつもりだ。心静かにするよう」


 ゲルダは『水都聖羅』をそばに控えていたアンネリーゼに差し出した。

 アンネリーゼは柄杓で水を汲むと刀身にかける。

 刀身を伝う水滴を小さく振って切るとハイネスの背後に回った。

 愛刀を構えると全身に剣気が満ちてくる。

 一見すると小柄な少女に見えるが、剣を取り構えを見せれば否応無く彼女が武の熟達者であることを悟らざるを得ない。

 誰一人声を出す者はいない。唾を飲み込む音すら憚られた。

 ハイネスは手を開き、手の中の花弁を見詰めている。

 風が吹き、花弁が舞って散り行く桜に混ざる。

 ハイネスはそれで意を決したらしく、開いた服を広げて諸肌を脱ぎ、更に押し出して腹を出した。作法により左手で腹を撫でると、三方の短刀に右手を伸ばす。

 その瞬間、『水都聖羅』が一閃した。

 骨を断ち切る凄まじい音がしてハイネスの首が前に落ちた。

 刹那後、ハイネスの体が前に突っ伏して血が噴出する。

 首の皮一枚残して斬首した為に頭の重さで倒れたのだ。

 これを抱き首といい、切腹場に血を散らさぬ介錯人の礼儀であった。

 ハイネスの体は震えているが絶命している。血の噴き出す勢いのせいである。

 切腹場は異様な緊張と静寂に包まれていた。

 白木綿と白砂を真っ赤に染める血は生々しくハイネスの生命そのもののように思えてしまう。

 あたりに血の濃厚な臭いが立ち込めてくるとゲルダは血のついた刀身をアンネリーゼに差し出した。

 その顔は無表情である。斬首の昂ぶりが消えたからだ。


「先生、お見事で御座ンす」


 アンネリーゼはゲルダに声をかけると素早く水を刀身にかけて血を洗い流した。


「ハイネス様は見事に潔く腹を召された。ロドルフ王にそう伝えるが良い」


「ははっ!! しかと見届けまして御座います!!」


 検分役達はゲルダの美しさと首を一撃で落とす凄まじい技量のギャップに頭が追い付かず、目の前に広がる凄惨な死に様とドス黒くなりつつある血の海に呆然自失としていた。声こそ大きいが生返事に近い。


「ハイネス王子の死亡を確認。遺体をフレーンディア王国に運んでいては腐敗してしまうでしょう。我らで荼毘に付してから骨を送るとも申し伝えなさい」


 イルゼがハイネスの首を手にして検分役に見せる。

 しかし検分役に気丈な者はいなかったようで胃の中の物を吐き出していた。


「うげ…」


「うげ? フレーンディア人は死者に対する礼儀がなってないようね?」


「い、いえ! も、申し訳ありません!」


 イルゼに睨まれて検分役達は身を竦ませる。

 謝るも検分役は誰一人としてハイネスの首を直視しようとする者はいなかった。


「じゃあ、俺達はもう行くぜ。これからハイネスの体を清めてやらにゃァいけねェからよ。おい、運んでくれ」


 アンネリーゼが指示すると黒駒一家はハイネスの死体を運び出し、血で汚れた切腹場の後片付けを始める。

 そこへ我に返った検分役が待ったをかける。


「お、お待ちを! ハイネス様の首だけでも持ち返らなければ」


「ああん? ハイネスの切腹はしかと見届けた、アンタらはそう云ってたぜ? それとも何か? ハイネスの首が無いと困る訳でもあるのかよ?」


 ベアトリクスに首根っ子を掴まれて持ち上げられる様はまるで猫のようだ。

 人の倍近い巨躯に睨まれた検分役は震えている。

 ベアトリクスが美しいだけに却って恐ろしげな異形に見えてしまったのだ。


「し、しかし、詳しく検分しない事には……」


「ほう? つまりこう云いたいんだな? 聖女の云い分は信用出来ないってよ」


「そ、そんな事は…」


「じゃあ、どういうつもりだ?」


「ひ、ひいいいいいいいぃぃぃ……」


 すっかり怯えてしまった検分役は情けない悲鳴をあげた。

 その様に呆れたベアトリクスが手を離すと彼は尻餅をついた。

 それほど高くは持ち上げられてはいなかったはずだが、まるで高所から落とされたかのように、痛い痛いと泣き叫ぶ始末である。


「先にも云ったが全ては仇討ちの支援をまともにしてこなかったフレーンディア王国にも責任はある。その上聖女を放逐して死なせた罪は重い。元凶とも云える貴様らにハイネスの首を持つ資格は無いと思え。それもロドルフに伝えい。それでもハイネスの首を所望すると云うのであれば……」


 ゲルダの蒼銀の瞳が見開かれ、役人達の体に霜や氷がまとわりついていく。

 恐怖と痛み、極寒の冷気におののきながら彼らはゲルダの次の言葉を待つ。


「宜しい。魔界の軍勢を幾度も滅ぼした『水の都』の恐ろしさ。フレーンディア王国にも味わわせてくれようわい。これはフレーンディアへの宣戦布告と捉えても良いとも云っておけ」


「わ、分かりました。ハイネス様の首はお任せします! ですから何卒なにとぞ、何卒、お怒りを御鎮め下さいませ!」


 まだ十一歳と幼かったグレーテに子を産ませた際にも凄まじい怒気を発してフレーンディア王国全体を極寒地獄に変えてしまったゲルダの威容を覚えている彼らは平伏して許しを乞う。


「ではハイネスの遺体はワシらに任せて貰えるのだな?」


「そ、それはもう!」


「ではもう良い。行けぃ!! ロドルフの元へ疾駆せい!!」


「ははぁ!!」


 フレーンディアの検分役達は這々の体で逃げ出すのだった。

 それを見届けると聖女達の顔に安堵が浮かんだ。


「いやいや、根性の無い連中で助かったな。ハイネスの首をガチで検分されてたらヤバかったぜ」


 ベアトリクスが額の汗を拭った。


「まったくね」


 イルゼが応じた。

 そしてハイネスの生首をまじまじと見詰める。


「それにしてもそっくり・・・・だわ」


「うむ、『姿見』とは善く云ったものよな。よもやシュピーゲルがハイネスの身代わりとなって腹を切ると申し出るとは思わなんだわ。流石に途中で怖じ気づきはしたが立派にやりきってくれたわえ」


 ゲルダはハイネスもといシュピーゲルの生首に手を合わせる。


「ハイネスの裏表無き友情、ヨアヒムの真心が込められた料理、そしてクルトの純粋な許しが汚泥に浸りきったシュピーゲルの魂を救い、人間に戻したのではあるまいか。わらわはそう信じたい」


 ミレーヌもまた冥府にいるだろうシュピーゲルに安息が訪れるよう祈る。


「そうでやすな。ところで、そのシュピーゲルに救われたハイネスは如何でやすか? 折角シュピーゲルが命を張ってもすぐに死んじまっちゃァどうしようもねェ」


「残念じゃがワシの持つ技術を総動員しても救えなんだわ」


「そうですかい…」


「ワシには半年の寿命を三年にするのが関の山よ。そもそも生命そのものが尽き掛けておるから船長の力を持ってしてもこれ以上は無理であったわ」


 ベアトリクスは戦艦を改良した船上娼館を運営している事もあってゲルダは彼女を船長と呼ぶ。


「残り少ない余生であるがグレーテのみならず、その手にかけてしまった者達の菩提を弔って生きていくであろうよ。後は父としてヨアヒムとクルトの向後を見守っておれば良いのさ」


 ゲルダの言葉に聖女達は頷き合うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る