外伝之拾捌 王子殺しにされた令嬢⑰

「東! フレーンディア王国・クルト! 出ませい!」


「ははっ!」


 早朝の張り詰めた空気の中、呼びだしの声が朗々と響き渡る。

 それに応えて純白の騎士服を身に纏ったクルトが進み出た。

 介添え人として兄ヨアヒムが付き従っている。

 フレーンディア王国の所有する下屋敷近くの敷地にて竹矢来が組まれて決闘場としていた。


「おい、あの審判、女だぞ」


「ああ、しかも小さいな。あんな少女に審判なんかさせて大丈夫なのかね?」


「おまけに分厚い眼鏡までしている始末だ。あれで公正な判定が出来るのか?」


 早朝という時間ではあるが竹矢来には大勢の見物人がつめかけている。

 娯楽の少ない庶民に取って仇討ちは芝居の題材になるほど面白い見世物で有るのだろう。


「物を知らないというのは恐ろしいな」


「何だと?! もう一遍云ってみろ!」


 蒼いゴシックドレス姿の少女に見物人達が無責任な言葉を述べているのを武の熟達者達は苦虫を噛み潰したような顔で見ている。

 目の前の人物が何者かも知らずに好き勝手云っている農夫達に熟練の冒険者オイゲンが無意識に出してしまった言葉を聞き逃さなかった者がいた。


「あの御方は“水”と“癒やし”を司る『亀』の聖女にして不世出の剣豪であらせられるゲルダ様だ。審判が務まるどころではない。並の剣士では百人束になっても掠り傷一つたりともつけられまいよ」


「げ、ゲルダ様?! ひえええええ……おら、何て事を……」


「病は口から入り、災いは口から出てくるという。幸いにもゲルダ様の耳には入っておられぬ様子。だが神を崇拝する事はなくともゲルダ様を崇敬している者は少なくはない。聞き咎められて非道い目に遭う前に口を慎む事だ」


「あ、ああ……」


 オイゲンの忠告に農夫達はコクコクと何度も頷くのだった。


「西! フレーンディア無宿・シュピーゲル! 出ませい!」


「応!」


 黒駒一家の子分衆に囲まれてシュピーゲルが姿を見せた。

 鼻と耳を削がれた異様な風貌に周囲からどよめきと悲鳴があがる。


「ふん!」


 従来の彼であったなら顔を嗤われた時点で怒りが込み上げて嗤った本人をなます・・・にしているところであるが、この日は不思議と怒りが湧いてこず、むしろ不敵に笑い返すくらいであった。


「あれがシュピーゲルか。大した落ち着きようだ。流石は世界でも指折りの殺し屋といったところか」


「あいつは殺し屋なのかい、冒険者の兄さん?」


「ああ、『姿見』のシュピーゲルといってな。その二つ名の通り、誰であろうと瓜二つに変装する事が出来るそうだ。ヤツに鼻や耳が無いのはどのような顔にも変装できるようにする為というのであるから恐ろしい話だ」


「ははぁ、それで『姿見』か。それで強いのかね?」


 何故か親しげに接するようになってきた農夫達にオイゲンは答える。


「相手の技を鏡に映したかのように真似る事が出来るという噂を聞いた事があるが今のヤツは片腕を失っているようだ。捕獲の際に斬り落とされたらしい。あれでは技を真似る事は出来まいが、それでも見切る事は可能だろう。クルト王子の腕では勝つのは難しいやも知れんな」


 冒険者としての長年の経験からくる観察眼でクルトとシュピーゲルを見比べたオイゲンが片腕を失ってなおシュピーゲルが有利だと断じた。


「王子様が負けちまったらどうすんだ? 誰かが代わりに仇討ちをするのか?」


「いや、仇討ちは復讐ではない。法で定められた騎士の務めだ。クルト王子がシュピーゲルに返り討ちにあったなら聖女グレーテ様を斬った咎については潔白となる」


「そ、そんなの有りかよ?!」


「有りも何もそういう法だ。云い換えれば騎士同士の決闘だからな。勝った方が正しいとなるが道理というものだろう。ま、殺し屋として捕縛されているから結局は死罪となるのではあるまいかな」


「けど王子様はおっさんを殺されてるのに斬られて死んだらその罪だけは許されるってんだろ? そりゃあんまりじゃねぇか。無情にも程があるぜ」


 根は善良な農夫達はシュピーゲルに殺される上に聖女グレーテ殺しの罪が無くなる事に憤っている。

 そんな彼らにオイゲンは苦笑して返す。


「それはあくまでクルト王子が返り討ちにあった時の話だ。王子が殺し屋を討ち果たし、見事に聖女様の仇を討つ事ができれば良いのだからな」


「そ、そうだよな。まだ負けたと決まったワケじゃないよな!」


 農夫達は大きく息を吸うとクルト目掛けて声を張り上げたものだ。


「王子様! 勝っておくんなせぇ! あっしらがついておりやすぜ!!」


 すると周囲からも応援の声が上がったではないか。

 割れんばかりの声援とはまさにこの事だ。


「し、鎮まれ! ここをどこだと心得ているか!」


 兵士達が宥めるも声援がやむ事はない。

 かといって罪の無い者を捕らえれば彼らの反感を買うのは必定である。

 困り果てていると救いの手はすぐにもたらされた。


「喝っ!!」


 その声量に民衆はおろか兵士達も動きを止めてしまう。

 次の瞬間、ブリザードのような冷気が場を支配した。


「皆の衆、クルトを応援したいという気持ちはありがたいが、これから彼らは必ず一人はあの世に行く事になる厳しい勝負を始めるのだ。どうか静寂をもって彼らの勝負を見守ってやって欲しい」


 睨まれた訳ではないが蒼銀の瞳に捉えられた者達は一様に口を噤んだ。

 これで騒ぐ者はいなくなるだろう。

 ゲルダは軍配を掲げてクルト対シュピーゲルの勝負を宣言する。


「これより定法に則り聖女グレーテ及びフレーンディア王国第一王子アランを殺害せしめたシュピーゲルとグレーテの遺児クルトの勝負を宣言する!」


 仇討ちとあって流石に喚声や拍手は起こらなかったが、小さなどよめきがあった。


「いざぁ!!」


直心影流じきしんかげりゅう中伝にして神夢想林崎流じんむそうはやしざきりゅう初伝、クルト! 母グレーテと伯父アランの仇を今ここで討つ!」


 クルトは母の愛刀を抜いて正眼に構える。


「猪口才な! この『姿見』のシュピーゲル! 返り討ちにしてくれん!」


 黒駒一家の一人が預かっていた剣を渡そうとするが手にする事なく進み出た。

 観衆は訝しむがゲルダはそのまま決闘開始の合図をする。


「始めぃ!!」


「未熟者には過ぎた冥土の土産よ!」


 無手のシュピーゲルが左手のみの正眼に構える。

 その左手で自らの額を打ったのだ。

 訝しむ間もなかった。


「何っ?!」


 なんとシュピーゲルの動きに合わせるかのようにクルトも左手を自らの額目掛けて振り上げたのである。

 しかもシュピーゲルとは違ってクルトの手には刀が握られているのだ。


「くっ!!」


 何とか首を捻って避けようとするが避けきれずに浅くではあるものの額を一文字に斬り裂いてしまう。


「良くぞ躱した! 褒めてやろう!」


「貴様…何をした?」


「ふふふ…」


 不敵に笑うと再び左手で自らを打つ。

 今度もまたクルトは刀で自分を刺す動きをする。


「くうっ?!」


 刀を握っているのが自分という事もあって避ける事は叶わずに脇腹を掠める結果となった。


「どうなってんだ、ありゃ?! 王子様は何で自分を斬っていなさるんだ?」


「分からない。だが、きっとシュピーゲルが何かしているに違いない」


 狼狽する農夫達同様にオイゲンの頬も冷たい汗が伝う。


「次は何処にしようか? ここなんて面白いか?」


 シュピーゲルの左手が股間を打つと刀もクルトの股間目掛けて突き立てられる。


「なんの!」


 クルトは何とか動く右手で刀の軌道をずらし太腿で挟んで凶刃を止める。


「ふぅむ、右手を失った弊害か。折角王子自身による去勢ショーを観衆に見せてやれると思っていたのに残念だ」


 言葉とは裏腹に残念そうには見えない笑みでクルトを揶揄う。


「卑怯者め…妖しい術を…」


「ふふふ、観念せい。忍法『合わせ鏡』は破れぬ。貴様は自らの刃で死ぬのだ。この日の為に母の形見を磨いてきたようだが、その形見で殺されるとは無惨な事よ」


「『合わせ鏡』…そうか、貴様は鏡のように敵の技を真似ていたのでは無かったのだな。その術で敵を操って自滅させていたのか」


「如何にも! だが分かったところで術を破らねば貴様もこれまでの敵と同じ運命を辿る事になるのだ。この様にな!」


 シュピーゲルが自分の胸を左手で叩く。

 それと同時にゲルダよりグレーテへ贈られ、グレーテの仇を討つためにゲルダ立ち合いの元に継承した刀がクルトの心臓を抉らんと迫る。


「母上! 私に力を!」


 その祈りも虚しく刀はクルトの胸を貫いてしまったではないか。

 クルトが倒れ、観衆から悲鳴があがった。


「クルト!!」


 ヨアヒムも悲痛な叫びをあげてクルトに近寄ろうとするが、クルトの死を確認していない。つまり勝負が終わっていない為に家人達に止められる。


「ふ、ふふふ…はははははははははっ!」


 勝利を確信したシュピーゲルが哄笑する。

 取り敢えず急場は制した。この後に再び捕らわれるであろうがシュピーゲルの罪は重く、そして多い。判決が下されるまでに時間がかかるに違いない。

 後は牢の中でのんびりと元締め竹槍仙十たけやりせんじゅうの救出を待てば良い。

 これまで手掛けてきた殺しの中には明るみになれば世界を巻き込む大戦争の火種になりかねないものもある。元締めも見捨てる訳にはいかないだろう。

 仮に見捨てられたとしても洗い浚いぶちまけて世界を道連れに死んでやるのも悪くはない。


「王家に生まれなければ仇討ちなんてせずに済んだものを…憐れよな」


 シュピーゲルは笑いながらクルトに近付いていく。


「さて、貴様の死に顔を拝ませてもらうぞ。仇に一矢も報いる事も出来ずに死んでいった未来ある少年…しかも命を奪ったのは母の形見だ。不幸にも程がある」


 鼻も耳も髪すら無い男の顔が愉悦に歪む。


「クルトよ。絶望に満ちた顔を見せよ」


 シュピーゲルが地面に突っ伏しているクルトの体を蹴り転がす。


「絶望じゃなくて悪かったな!」


「何?!」


 死んでいなかったクルトが咆哮と共に上体を起こして刀を一閃させる。


「き、貴様?!」


 後ろに跳んだが躱しきれずに左手の指が数本飛んだ。


「忍法『合わせ鏡』破れたり。絡繰りが暗示か魔術かは未だに分からぬ。だが術者が操ろうとする意思がなければ我が身は我が物のままのようだ」


 クルトは正眼に構えてシュピーゲルと対峙する。

 対してシュピーゲルは憎々しげにクルトを睨みつける事しか出来ない。


「貴様…何故、生きている? 確かに心臓を抉ったはずだ!」


「ああ、確かに母上の剣は私の胸を貫いた。しかし母上の剣はゲルダ様の剣と兄弟刀。その剣は生きており刀身は伸縮自在なのだ。そして私は命を落とす限界ギリギリの長さで自らの胸を貫いたのだ。勿論、心臓には届いてはおらぬ。だが刀身をまるっきり無くしてはいけない。殺し屋として何十、何百の死を見てきた貴様に死んだ振りは通じぬだろうからな。死ぬ程の血を出さねば貴様の目は欺けまい」


「お、おのれ…この俺がこんな小僧に一杯食わされるとは!」


「その指では最早私の左手は十全に操れまい。右腕を操れなかったようにな」


 クルトは鞘に刀を納める。


「王子様、スゲェ! 敵を騙すのに自分の胸を突くなんて、おらだったら針でもできやしねぇよ!」


「けど何で剣を納めたんだ? まさか殺し屋野郎を許したワケじゃなかろう?」


「聞いた事がある。一瞬にして鞘から剣を抜いて敵を斬る技があるとな。確か居合だったか? 恐らくは自分が持つ技の中でも最高のものをぶつけるつもりなのだろう」


「そうか、おっ母さんの仇討ちだもんな。立派に成長した姿を見せてぇよな」


 完全に打ち解けたオイゲンと農夫達は固唾を飲んでクルトが最後の技を出す瞬間を見逃すまいとしている。


「居合か…だが俺に通用すると思うなよ? 確かに凄まじい技だが一回抜かせてしまえば終わりだ。これまで俺がどれだけの居合遣いを屠ったと思っている? 貴様が今から放とうとしている技を凌げば俺の勝ちよ」


「貴様を欺くのに血を流し過ぎた。これで貴様を斃せなければ後が無い…」


 クルトは居合腰に身を沈めながら前傾となる。」


「一発勝負は分が悪いと分かっていながら、それでも来るか」


 シュピーゲルの左袖からナイフが飛び出す。

 ナイフといっても大振りで戦場に遣ういわゆるコンバットナイフだ。

 右腕どころか左手までも指をいくつか失ったシュピーゲルとしては剣よりもナイフの方が戦えると判断したのだろう。


「行くぞ、シュピーゲル!!」


「来い! クルト!!」


 クルトが駆ける。

 突進から抜刀に繋げる連続技かとシュピーゲルは見抜く。


「いやあああああああああああっ!!」


 間合いが半間を切ると同時に抜き付ける。

 突進の勢いも乗っており、武に馴染みが無い者達の目には止まらぬどころか映らなかった。


「ぐうううううううっ!!」


 しかしシュピーゲルもまた闇の社会で名を馳せた殺し屋である。

 クルトの突進の速さ、刀身の長さ、クルトの傷、抜刀の勢い、全てを瞬時に計算してギリギリの間合いで半歩身を引いた。

 クルトの切っ先はシュピーゲルの腹を薙いだが傷は浅い。

 クルトの技術をシュピーゲルの技と計算がまさった形だ。


った!」


 ナイフがクルトの喉笛を抉ろうとしたその刹那、シュピーゲルは光を見た。


「えっ?」


 横薙ぎの刃は返されて、シュピーゲルすら感知出来ない静けさで上段に振り上げられていたのである。


「ぐえええええええええええっ!!」


 衝撃が走り、シュピーゲルの顔面が縦に割られた。

 突進からの横薙ぎ一閃、そこから上段斬りに繋げる『稲妻』である。

 居合は“居ながら合わせる”即ち座ったままから如何様な状況にも対応する技術だ。

 しかし昨今の創作物サーガのせいで抜かせたら終わりという先入観が広まっており、そこを突く為にカンツラーがクルトに伝授したのが『稲妻』なのだ。

 そしてクルトは『稲妻』を伝授されたものの、それだけではシュピーゲルには勝てないと横薙ぎから上段に移行するまでの仕掛けを工夫したのである。

 速いだけでは対応されるだろう。相手に知覚されない事こそが理想だ。

 だが如何に工夫しようとも上段への移行を察知されてしまう。

 相手が同力量以下ならまだしも相手はシュピーゲルだ。

 カンツラーが対応出来るものをあの殺し屋が出来ない訳が無い。

 幾日も休まず、深夜に及ぶまで抜刀を繰り返した結果、心身共に疲れ果て工夫も何もなく放った一撃があったのだが、それこそがカンツラーですら対応出来ずに模擬刀の一撃を受けてしまったのである。

 疲労困憊だった為に大事には至らなかったが、カンツラーを打った感触に冷や汗が止まらなかったものだ。一気に覚醒した。

 聞けばカンツラーでさえ、いつ上段に移行したのか分からなかったという。

 何も考えずに放った一撃は感情が一切こもらなかった一撃でもある。

 クルトは天啓を得たのである。シュピーゲルに対しての怒り、憎しみ、殺意を捨てて放てば上段への移行を察知できないのではないかと。

 技は万を超える鍛錬によって体に刻み込まれている。

 後は自分の心の有り様なのだ。

 クルトは修行の方針を変えて“闇”と“安息”を司る『狼』の聖女ミレーヌを頼ってシュピーゲルに対する怨みを捨てる、即ち許す・・修行を始めた。

 ミレーヌによって創り出された闇の中で座禅修行を始める。

 光が一切入る事のない闇に身を投じるのは流石に怖気が走ったが、ミレーヌの“闇は襲って来ない。ただ優しく包み込むだけ”という言葉に意を決した。

 初めは恐怖をなかなか克服できなかったが、やがて空想の中で遊ぶ事を覚えた。

 母が生きていれば、兄が放蕩に狂わなければ、何より父が苦難の旅に出ることがなかったらどれだけ幸せであったのだろう。

 そんな仮初めの幸福に浸っていると恐ろしい形相をしたグレーテが現れた。

 彼女は母の作った料理を破壊し、頼もしかった兄と父を追放し、クルトを苛む。

 いくら修復してもその度にグレーテはクルトの幸福を台無しにしてしまう。


「何故、私の幸せを壊すのですか、母上?!」


「クルト、貴方は逃げるために闇にいるのですか?」


 その言葉にハッとさせられたクルトは現実を受け止める事が出来た。

 地獄の司法官は亡者に自らの罪と向き合わせる為に敢えて恐ろしげな顔をしているという。つまり幻想を破壊しようとしている母も現実を向き合おうとしない自分の甘えに対して自分が生み出したものだのだ。

 次にシュピーゲルの幻影が現れた。

 彼はヴァレンティアのみならず家族の姿に変じてはクルトを挑発していく。

 怒りに震えるクルトであったがふと気付く。

 シュピーゲルは確かに様々な姿に化ける事ができるが、一度も自らの姿を晒していないのだと。


「シュピーゲル、お前はそうやって自分を隠さないと生きていけないのだな」


 シュピーゲルも憐れな人間の一人だと悟った瞬間、彼に対する怒り、憎しみ、殺意が消えた。


「答えは見つかったようだな」


 ミレーヌがクルトの変化を察して闇から解放した時にはクルトが闇修行を始めて一週間が過ぎていた。

 一週間もの間、クルトは飲まず食わずであったが、自らの足でしっかと立ち、居合の横薙ぎから上段に移す『稲妻』を放つ。

 まるで冬の夜のように静かであったが、鋭さに磨きがかかっていた。

 一週間の断食は精神を研ぎ澄ませるだけではなく、余計な筋肉をも削ぎ落とし、無駄な力みや動きまで矯正して洗練させていたのである。


「クルト兄様、これはもう『稲妻』じゃないよ。兄様が昇華した兄様だけの技だよ」


 カンツラーの言葉にクルトは闇の中で得た秘剣に『闇菩薩』と名付けた。

 敵を憎む事無く“許し”の心で放つがゆえに敵は技を見切る事が出来ない。

 邪悪な術を操るシュピーゲルには特に天敵となる技の完成であった。


「…『闇菩薩』か…見事な技だ。認めるしかないな、俺の負けを」


「母上が常におっしゃっていたよ。罪を憎んで人を憎まず…人に希望を与えるなら、まずは憎い相手から救いなさいってね。敵と分かり合う。これ以上の極意はこの世に存在しない。今なら母上の言葉の意味を少しは理解できるかも知れないよ」


 クルトは峰を返していた刀を戻すと見事な所作で鞘に戻す。


「この勝負、クルトの勝ちとする!!」


 ゲルダの宣言に決闘場は歓声に包まれた。

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