第伍拾肆章 聖女による大掃除
「くっ、押されている!」
「相手はたったの六人だぞ! それなのに我ら神殿騎士が太刀打ち出来ぬとは」
ゲルダ達、聖女の進撃は止まらない。
まずベアトリクスが斬り込み隊長となって集団の中で猛威を振るう。
本来、カットラスの刀身は短いがベアトリクスの身の丈は三メートルを超えており、遣うカットラスも相対的に巨大な物となっていた。
刀身は三尺(約90センチメートル)と長く、しかも甲冑ごと叩き潰すことを前提としているので厚みがあり、常人では三人かがりでも持ち上がらない重量がある。
加えてピストルも愛用しており、しかも弾丸は必要とせず魔力を衝撃波として撃ち出す空砲のようなものであるのだが、遣い手がベアトリクスであるという事もあって口径もまた巨大であり、複数の成人を一度に吹き飛ばせる威力があった。
ピストルで相手を怯ませ、カットラスで蹂躙するのがベアトリクスの基本戦術であり、こと白兵戦においては六人の聖女の中では最強である。
もっとも白兵戦を得意とする聖女がいる時点でおかしな話ではあるのだが。
「おら! 神殿騎士相手だから手加減してやってるんだぜ。海賊相手だったらとっくにテメェらは挽き肉だぞ」
獰猛に笑いながらベアトリクスがカットラスを薙ぎ払うたびに神殿騎士達の甲冑はひしゃげ、砕けていく。
「んー…コイツも…コイツもだな」
兜を失い激痛に蹲る騎士達の顔を一人一人確認しては選別するように額に丸印を描いていくベアトリクスにゲルダは訊ねる。
「船長? 戦いの最中に何をしておるのだ? 額に丸なんぞ描いて」
「いやぁ、割りと美形のヤツが多くてよ。こりゃ枢機卿の趣味か?」
「であろうな。若く美しい騎士や僧侶を集めた私兵といったところか。そして時には枢機卿の夜の相手をしておったと云ったところであろうな」
「て事は
ゲルダは漸く額の丸印に合点がいった。
きっと彼らはベアトリクスの好みに合っているのであろう。
両性具有のベアトリクスは同時に両刀遣いでもある。
「こやつらは枢機卿の威を借りたキツネどもであるぞ。裁かねばならぬ」
「なぁに、逃げた事にすれば良いだろ? これくらいの役得は欲しいぜ」
「役得のぅ。ま、アームストロング砲を諦めさせた手前、少しは大目に見てやろう」
「そうこなくっちゃ! 流石は兄弟だぜ。話が分かる」
「ただし、分かっておろうな?」
「分かってるさ。囲う分には手当ては出すし、解き放つ際にも手切れ金の他に嫁ぎ先や婿入り先を探して路頭に迷わせるつもりは無いから安心してくれ」
餓えた狼のようにギラギラしているベアトリクスの紅い瞳に捕らわれた騎士や僧侶達は怯えていた。
「お主らも幸せ者だな。刑務所にブチ込まれるより船長の
騎士達、特に若い少年、青年は目に涙を浮かべて首を横に振るがゲルダは取り合わなかった。
ちなみにビキニパンツの裏地には亜空間へ繋がる魔法陣が描かれており男性器をその中へ収納しているので布地面積が小さくても暴れて零れることは皆無であるから安心して頂きたい。
「騎士の身でありながら弱者に暴力を奮ったり搾取した報いとしては楽であろうよ。二度と男として役に立たなくなるであろうが自業自得と思え」
「人聞きの悪い。体は兎も角、心までも女にならないよう調節はしてるさ」
「そうかえ。敵はまだいる。その話はまた後でな」
ゲルダとベアトリクスはダメージで動けない騎士達を尻目に戦闘へと戻る。
残されたのは絶望に彩られた少年達と僅かな期待を胸に抱く少女達であった。
「神妙に御縄を頂戴しやがれ、エセ騎士どもが!」
「誰がエセだ!」
アンネリーゼの言葉に激昂した隊長格の騎士が渾身の力を込めて剣を振り下ろすが逆手に持った十手の鉤で簡単に受け止められてしまう。
「な、何ぃ?!」
「へっ! 哀しいねェ。搾取ばかりしてろくに鍛錬もしてないからこんな腰の入ってねェ剣になっちまう。これをエセと云わずに何て云やァ良いンだ?」
そのまま押し返しながら左手で柄を掴むと簡単に剣を奪ってしまった。
十手術の一つで『返し取り』と呼ばれる技である。
十手は「実手」とも書き、全長一尺八寸(約54センチメートル)が規格である。
鉤から下の柄が六寸(約18センチメートル)、上の鉄棒が一尺二寸(約36センチメートル)とされている。
一尺八寸という長さは小太刀の定寸ともなっており、伝統的な数字であるそうな。
宮本武蔵の父、
ただ宮本系の十手は従来の物とは形状が異なるそうで、折り畳み式であり、広げると文字通り十文字となる。
一口に十手術と云っても単独で一流派を形成する事は稀であり、殆どが柔術や剣術を主体とする流儀の中で一種目として扱われているのだという。
十手の想定する敵の武器は勿論刀である。
渾身の一撃を鉤で受け止めるというのは限りなく難易度の高い技術を要するが、それを稽古により克服しようというのが十手術であり、それこそが武術であると云っても過言ではあるまい。
また十手は
「もうアンタは騎士じゃねェ。そこらのチンピラと変わりはしねェ」
床に投げ捨てられた家宝の剣を見詰めながら初老の騎士が項垂れる。
その顔は先程までの腐りきった偽の騎士ではなく憑き物が取れたように悔恨が見て取れたものである。
「我が剣…否、我が魂、いつから腐ってしまったのか」
「さァてね。これから牢の中でじっくり考えな。時間ならいくらでもあらァ」
アンネリーゼは初老の騎士に素早く縄を打つ。
彼女の足元には手傷を受ける事無く捕らえられた騎士や僧侶達が転がっている。
公平な裁判を受けさせる為に悪党が相手であろうとも傷つけずに捕らえるのがアンネリーゼの信条であり心意気であった。
それは取りも直さず騎士達とアンネリーゼの実力差の証明とも云えた。
「ちぇええええええええすとぉ!!」
イルゼの木剣が騎士の肩に打ち込まれると甲冑がひしゃげて騎士の体を圧迫する。
打撃のダメージも凄まじいが歪められた甲冑とチェイン・メイルが逆に騎士達の体に更なる負荷を与えることにより動く事が出来なくなっていた。
薩摩示現流によって研ぎ澄まされたイルゼの木刀は確実に騎士達を行動不能に陥らせ、砕けた肩は将来剣士としての再起を不可能とさせる威力がある。
「こ、これで十人…あれだけ甲冑を殴って何で折れないんだ?」
「簡単な事。アナタ達の剣と違ってアタシの木刀は
「魂?」
「要は示現流は力だけじゃないって事」
イルゼが
中には手から剣を落とし、恐怖に顔を歪める者さえいた。
「ちぇええええええええすとぉ!!」
また一人、今度は盾ごと腕を砕かれたではないか。
「し、死にたくない…」
僧侶姿の少女が動かない体で唯一動く口で命乞いを始める。
美しい娘だ。イルゼの記憶ではまた二十歳前だというのに司祭に大抜擢されていたはずだ。別の記憶では取り立てて優秀でもないなのに何故という疑問もあったが。
少女を見れば涙が溢れ、
それを目敏く見つけたイルゼが問う。
「助かりたい?」
「た、助かりたいです」
「そう…ところでアナタ、これ以上搾取されたら死んでしまうと云う百姓達にどうしたかしら?」
イルゼが笑いかけるが目だけは笑っていない。
少女は僅かにでも嘘があれば殺されるのでは、という思いで告白する。
「奪いました…徹底的に…子供が隠し持っていたお小遣いも何もかも」
「子供のお小遣いも…司祭であるのに無慈悲な事ね。どうして?」
「農民に余計な財産を持つ事は許されないと思ったから…民は生かさず殺さずが一番だってお父様や枢機卿様から教わったから…それにみんなだってやってる! 持たざる者から絞り取るのは持っている者の特権だって! わ、私は悪くない。貴族として生まれ持った権利を使っているだけよ!」
「そう、正直で良い子ね」
イルゼはニッコリと満面の笑みを浮かべた。
今度は目にも慈愛が込められている。
助かった。正直に告白して良かったと思った瞬間だった。
「なら、アタシも徹底的にやるわ」
不意にイルゼから表情が消え、少女の心は絶望に押し潰される。
まるで虎のように一気に間合いを詰められ、木刀が顔面に迫るのを見たところで少女の記憶が途絶えた。
次に目が覚めた時は留置所の中であり、顔も傷一つ無かった。
木刀は寸止めであったが心を蝕んだ恐怖は簡単には拭えず、目を瞑った瞬間にイルゼの打ち込みを思い出してしまい、夢にも見る有り様だったそうな。
こうして彼女は寝ては悪夢、覚めてもフラッシュバックに襲われて生涯、搾取をした事を悔やむ事となる。
「みんながやってるからって真似するんじゃなかった」
後悔したところで遅かった。
僧侶の身でありながら搾取し、弱き者は奪われて当然という傲慢の報いだ。
出世の為に枢機卿に体を開いた事も含めて少女の人生は台無しになったのである。
「おーっほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!」
一方で騎士達は甲冑の隙間にサーベルを突き立てられて瀕死となっていた。
ヴァレンティーヌのサーベルは神速にして正確無比であり、甲冑の隙間、関節部、兜の目、チェイン・メイルの隙間、あらゆる隙間を刺突されていたのである。
しかも普段の慈愛に満ちた微笑みと違い、高笑いと共に速射砲のように連続して刺突を繰り出されては戸惑いもあって対処に苦慮させられる事となった。
「権力を笠に民衆を苦しめるお莫迦さん達へのお仕置きはまだまだこんなものじゃありませんわ! しかも可愛いイルメラさんまで傷つけて許しません事よ!」
サーベルをまともに眼球に突き立てられてはいるが、傷一つついてはおらず、勿論失明している様子もない。だが痛みは確実にあり、刺突を受けた者は例外なく無力化されていたのである。
一見すると残酷な光景であるが他の聖女達が苦笑してヴァレンティーヌのキレっぷりを見ている事からも命を奪う事は決して無い事は分かっていた。
これは刺突という殺傷力が高い技の遣い所に悩むヴァレンティーヌに
また光の魔力を乗せて刺突する事で魔に属するものを滅ぼす事も可能であり、更には光属性魔法を増幅して撃ち出す魔法補助の機能もある。
ヴァレンティーヌはこのサーベルに『エペ・デ・リュミエール・セイラ』と名付けて愛用していた。
因みにベアトリクスの拳銃とカットラスにアンネローゼの十手もセイラの作品であり、拳銃には『セイレーン』、カットラスには『スキュラ』と名付けたが船の『クラーケン』と共に敢えて船乗りからは忌み嫌われている怪物の名前を付けるあたり反骨の強い彼女らしいとも云える。
アンネリーゼも十手には『
「来ないで下さい!」
「ぐはっ!」
「こっちはこっちで面白い事になっておるな」
ゲルダが見据える先ではイルメラが騎士達に追いかけられていた。
しかし無様に追われているのではなく、一人ずつ追い付かれるたびに回転しながら跳躍しつつ後ろ回し蹴りを放つ。
重い甲冑を着て全力でイルメラを追い回して疲れているところに首がもげんばかりのソバットを側頭部に受けては一溜まりもなく騎士は昏倒する。
イルメラが枢機卿に従っていたのは借金の為であり、弱かったからではなかった。
謂わば家族を人質に取られていた事もあり、悪事に加担していた負い目もあって騎士達にも従順であったのだが、縛るものが無ければ従う謂れもない。
『狼』の聖女の名に相応しく駆け回り、騎士と僧侶を疲弊させながら敢えて一人ずつ追い付かせて一対一の状況を作りあげて斃していたのである。
元々聖女はその強大な力ゆえに悪意ある者達から狙われやすく、聖女認定を受けると聖女としての修行のみならず護身術の修得も求められるのだ。
ゲルダ、アンネリーゼ、ベアトリクス、イルゼ、ヴァレンティーヌは護身術を必要としないだけの実力があったが、イルメラは父親に政略結婚に利用する為にひたすら美しく愛らしくなるよう教育され
聖女は帝室或いは王族と接する機会が多く、武器を持ち込めない状況が多い為に護身術といえども限られていたからだ。
幸いにして生家では徹底した社交ダンスを仕込まれていた為に意外にも体力があり運動神経も悪いものではなかった為に指南役から“筋が良い”と云われるほど才能を開花させていたそうな。
イルメラ自身も体を動かす事が好きだったので指南役から褒められれば更にやる気を出して難易度の高い技術も吸収していったものだ。
加えて生家の
「見事なものであるな。師は世界でも指折りの武道家と聞いているが、それでもここまで腕を上げる者は中々おらぬぞ。才覚もあるだろうが相当に努力をしていたに違いないわえ」
「イルメラは政略結婚の為に
「ん? 女の子として、とな?」
「あの子の父親の取り引き先の御曹司がね、可愛らしい男の子が好みだったそうなのよ。それで大口の元請けの機嫌を取る為、兄弟の中でも美しかったイルメラが“可憐であれ”と教育されていたそうよ」
「ええと、つまり…イルメラどんは……?」
「ええ、星神教初の
イルゼの言葉に不良聖女達は憐れむようにイルメラを見る。
「星神教も神々もいい加減じゃな。やはり教皇にも気合を入れるか」
「世界初の男聖女で御座ンすか。神に認定されてンじゃ借金から自由になっても聖女は辞められねェでしょうね」
「ま、役者にも
「なんならワシと船長で男の物を成長させてやっても良いわな」
「いやぁ、云いにくいんだけど余計なお世話かも知れないわよ」
「イルゼどん? その心は?」
「その御陰でヴァレンティーヌと良い仲になりつつあるのも確かなのよね」
「「「あー……」」」
御稚児好みのヴァレンティーヌからすれば、余計な事をするなと怒りそうだ。
イルメラからしてみても、これからも聖女として生きていくのに
「当人らが良いのであるならば余計な事はするまいて」
「そうで御座ンすね」
「デカけりゃ良いってもんでもないしな。やっぱ男と女は深いな」
これで四人とも戦闘の手を休めていないというのであるからオソロシイ。
ゲルダに至っては面倒になったのか氷の網を作りだして一網打尽にしていた。
当初は騎士に対しての敬意として剣で戦っていたのだが、彼らの怠惰はとても剣士と呼べぬほど腕を錆びつかせていたようで、ゲルダはその手応えの無さから失望して完全に見放してしまったのである。
「これで終わりか。百と十四名捕縛。これが一罰百戒となって星神教も襟を正してくれると良いがな」
「まったくで」
「イルメラもこれで溜飲が少しは下りたかえ?」
イルメラはゲルダに対して膝をつく。
「ありがとうございます。私の罪を許して頂いたばかりか。このように計らって下さり感謝の言葉も見つかりません」
イルメラは身の丈140センチメートルか。男だと聞いているが聖女の力の影響か、うっすらと脂肪が乗っていて女性的な柔らかさがあった。
吊り目勝ちの大きな目が可愛らしい。瞳の色は黒い。
紫がかった黒髪を肩まで伸ばしている。
憐れな境遇であったが今の当人には悲壮感は感じられない。
「なんのなんの。これからは友として付き合いを深くしていくでな。よしなに頼む」
「もったいない事で御座います」
イルメラが頭を下げる。その表情は嬉しげであり晴れやかだ。
「それで枢機卿…いえ、オリバーはどう処断しますの?」
ヴァレンティーヌの問いにゲルダが答える。
「これまで搾取した分を返さねばなるまい。刑務所に入れずに秋冬は親分のところで目明かしとしてコキ使い、春夏は船長のところで船乗りとして働いて貰う」
「役に立ちますの?」
「見苦しく太っておるから分かりづらいが親から枢機卿を継いでいるでな。確かまだ三十代と若かったはずだ。むしろ痩せて健康的になるであろうよ」
「ひぃ?! 嫌だ! だったら刑務所に入った方が良い!」
「それも構わぬがこれまでお主が貶めて刑務所に入れてきた政敵達が
「そ、そんな……」
「それに俺やベアトリクスどんが立て替えた弁済金を返す事には変わりねぇンだ。だったら今、腹を括って働いた方が良いと思うぜ。今なら利子を取るつもりは無いが刑務所に行くってンなら出所するまで利息はトイチで増えていく事になる。出てくる頃には天文学的数字になってるだろうな。云っとくが寿命なんかで逃がしゃしねぇぞ? 返済が終わるまでベアどんの“生命”の力で寿命を伸ばし続けてやるから覚悟しやがれ! 『不死鳥』ってくらいだ。自殺しようにも首括ろうが舌を噛もうが川に飛び込もうが死ねねェものと思うンだな」
「あ、あうううううぅぅ……」
どう足掻いても地獄なら軽い方を選ぶのが人情である。
オリバーは凍りついたままガックリと項垂れた。
「お、畏れ入りました。仰せに従います」
本心から観念したと察した聖女達はオリバーに縄を打つ事はなかった。
世の中というものは分からないもので、借金を少しでは早く返そうと奮闘するオリバーは目明かしとしても船乗りとしても頭角を現すようになっていく。
後世にて、貧者の為に自ら枢機卿の地位を捨てて世の為人の為に尽くしたと伝わるようになったそうで、その死後は星神教により聖人指定を受けたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます