第伍拾弍章 聖女、大神殿詣でを相談する

「ふぅん…で、盗賊ギルドはいくらで買うって云ってるんだい?」


 彼らは半グレ集団『神を見限った者達』が所有する倉庫にいた。

 飢饉により見捨てられた廃村にそのまま居着き拠点としており、罰当たりな事に教会を武器や兵器を格納する武器庫に改装しているのだ。

 天魔宗・十大弟子の一人にして半グレ集団『神を見限った者達』の主導者フェッセルンの息子であるフェーの問いに本部長・ラルスは冷や汗を拭いながら答える。


「へ、へい! 首領ドン・クリュザンテーメは“金に糸目はつけない。言い値で払う”と。如何で御座んすか?」


 クリュザンテーメに化けていたゲルダはそんな事は一言も云ってはいないのだが、あわよくばフェーの提示した値段に少しだけ・・・・水増しして差額を懐にと目論むだけの悪知恵があった。

 もっとも事が露見すれば双方から厳しい粛正を受ける事になるのであるが、目先の利益しか考えられぬ小者にはそこまで考えが至らないようだ。


「ふぅん…」


「ど、どうかしやしたか?」


 どうも乗り気では無い様子のフェーにラルスが問い掛ける。


「いやぁ、最近もね? 育ってきたお百姓さんを引き取りたいって打診があったんだよ。それも盗賊ギルドからね? これって偶然かな?」


「なっ?! へ、兵器だけでなく人員も欲しかったんでしょうかね?」


「だったら何で盗賊ギルドはキミに大砲やガトリング砲を発注しておいて他の幹部に人材を要求したんだろうね? 窓口なら一人で事足りると思わないかい?」


「さ、さあ、他の連中にも声をかけていたなんて今初めて知りやしたから何とも…」


「ふぅん…実はもう盗賊ギルドから兵器や人材を買いたいという問い合わせは十件を超えてるんだ。パパの右腕だった・・・グスタフに至っては独断で大砲や機関砲を売っちゃってさ。急な商談だったと云い訳していたけど彼の懐には呆れるほどのお金が入っていたんだってさ。パパの上前を撥ねるなんて良い度胸してると思わない?」


若頭カシラが…って、だった・・・?」


「そう、だった・・・。今頃彼は家族と一緒に飢饉回復の役に立っていると思うよ」


「そ、それは放逐されて農民に戻ったという意味で?」


肥やし・・・になったに決まってるだろ? バラバラにして肥溜めに入れたんだよ。きっと来年は良い肥料に転生しているだろうね」


「こ、肥やし……」


「いや、吃驚だよ。まさか若頭補佐も舎弟頭もその補佐も盗賊ギルドにヘッドハンティングされていたなんてね。今まで散々良い思いをさせてやってきたのに恩知らずにも程がある。だからこっちも首を吊ってネックハンキングしてやったよ」


「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ」


 ラルスはここに来て漸くハメられた事に気が付く。

 自分は盗賊ギルドに引き抜かれたのだと浮かれていたが実はそうではなかった。

 幹部クラスを脅し賺して組織を裏切らせる事が目的だったに違いない。


「所詮は掃いて捨てるほどいるチンピラだよ。代わりなんていくらでもいる」


「お、お許しを! わ、私は盗賊ギルドに脅されたんです!」


 ラルスは失禁しながら平伏した。

 バレたので白状しました、となれば盗賊ギルドをも裏切った事になるのだが命だけは助かりたいラルスには後難の事など構ってはいられない。

 兎に角今はフェーの怒りを解かなければこの場で斬られて御仕舞いだ。


「ふぅん…助かりたい?」


「は、はい! その為なら何でもします!」


「何でもします…ねぇ? 軽々しく使うには危険な言葉だって分かってる? もし、“助かりたかったらドン・クリュザンテーメの首を取ってきて”って云ったらキミに出来るの?」


「そ、それは…」


「まあ、使い道は考えておくよ。ただ楽な仕事じゃない事は覚悟しておくんだね」


「は、はい!」


 その時、遠くで落雷にも似た音が聞こえたような気がした。


「ん? 冬に雷なんて珍…」


 次の瞬間、教会の真横で爆発が起こった。


「な、何が起こった?」


 フェーが状況確認すると教会の窓ガラスは衝撃で全て割れており、ラルスを含めた部下達が破片や瓦礫によって負傷していた。


「ご、御無事で?」


 フェーが無傷だったのはフェーが産まれる前から父に仕え、フェーが産まれてからは護衛にして教育係であった男が庇ってくれたからだ。


「ああ、ボクは大丈夫だけどジークが」


「これしき私には怪我の内には入りません」


 背中には無数のガラス片や木片が刺さっていたがシークフリードは何事でもないかのようにフェーに笑いかけた。

 しかし再び遠くからの轟音をフェーの耳朶を打ったのがフェーにとって最期の記憶となった。








 少し時間が遡って廃村を見下ろす丘の上に異様な集団があった。

 距離にして廃村から4キロメートル程であろうか。


「弾ちゃ~~~~~~~く(弾着)っ! 今っ!」


 瓶底眼鏡の『望遠』機能を用いて観測していたゲルダが弾着を伝える。


「僅かにそれたな。もしやもったいない・・・・・・と思うておらんか?」


 大砲の弾が教会を外した事をゲルダが揶揄うと紅い髪の巨躯が照れたように頭を掻いたものだ。


「まあ、正直…ちょっとな」


「親分の補助を受けて外すのだから余程の未練なのであろうが諦めよ。アームストロング砲もガトリング砲もこの世界の文明には早過ぎる技術よ。科学技術では最先端をいくガイラント帝国であってもそれは同じさね。あってはならぬのだ、まだな。ま、海賊退治の為という御題目の御陰でお主の船にだけはニ門ずつ装備する事を許されたのじゃ。それで善しとせい」


「分かってるって。次は外さねぇさ」


「装填は完了してるぜ」


「もうかよ?」


 アンネリーゼが笑いかけるとベアトリクスは驚いた。


「三段構えにして一つ目が撃ってる間に二つ目、三つ目に装填させる長篠の戦略を大砲に応用するなんて流石は先生だ。おっかないねェ」


「次で仕留めるさ。三射目の出番は無いぜ」


 ベアトリクスは何とアームストロング砲を肩に担いでしまったではないか。

 その後ろでアンネリーゼが目を瞑って力を注ぐ。


「よーく狙え……てぇっ!!」


 引き綱が引かれて轟音と共に砲弾が発射された。

 アームストロング砲の射程は三千メートルと幕末では最高の長距離を誇るが流石に遠すぎる。そこでアンネリーゼが『龍』の力で魔力の風で包み更に射程距離を伸ばし、加護により只でさえ驚異的な命中精度を更に引き揚げていたのだ。

 しかもベアトリクスの“火”の魔力も付与されているので破壊力も桁違いである。


「弾ちゃ~~~~~~~くっ! 今っ!」


 今度こそ教会に命中して大爆発を起こした。

 武器庫であり火薬庫でもあった為に爆発の勢いは凄まじく廃村を覆う程の規模で破壊し尽くしてしまったようである。


「これで半グレ共も大半を失い、全資金の殆どを投入して用意した兵器も灰となってしもうた。ついでに十大弟子の一人も斃した事だし万々歳だな」


「全くで。一揆をデモンストレーションにしてアームストロング砲の威力を世界各国に見せつけて売り込もうとはふてェヤツらで御座ンすよ」


 裏切らせた幹部の中にはクリュザンテーメの覚えを善くしようと目論んだのか、一揆が終わった後に世界各国の軍部に売りつける計画まで話した者もいたのだ。

 後は幹部達を尾行して本拠地を割り出す事に成功し、アームストロング砲の射程外からの砲撃という奇策による壊滅作戦を実行したのである。

 逮捕するなどという慈悲を見せて良い相手では無いと結論に至ったゲルダ達は兵器の破壊も同時に行ったという訳だ。

 この場にヴァレンティーヌがいれば逮捕を提案したであろうが、飢饉で餓えに喘ぐ農民の弱みと貴族に対する怨みに付け入って悪の道に引き込もうとする半グレなど百害あって一利もない。

 世の中には農民を餓えから救ったと訳知り顔で半グレを擁護する者もいるであろうが、その後の農民が賊となって周囲を襲っている事実を見てそのような事を云えるのなら中々御目出度い頭の構造をしておるな、とゲルダはせせら笑う事だろう。

 主導者であるフェッセルンはどこに雲隠れしているのか確認出来なかったが、代わりにフェーが教会に入っていく姿を視認している。

 同じ十大弟子の一人である青葉武左衛門こと“土”と“豊穣”を司る『虎』の聖女イルゼによればフェーは半グレとも繋がっており、要らぬと云っているのにも拘わらず兵器や武器を逃散百姓に与えるなど暴走をしているとの事だ。

 逃散百姓を集めているのは保護が目的であり、一揆画策を敢えて流しているのは王侯貴族の耳目を集めてその隙に支援物質で暴利を貪る貴族の炙り出しと証拠集めを図っていた為である。鍛えていたのは自衛手段の伝授と領地から逃げてしまった農民達を匿う為である。

 そして、ついに天魔宗からイルゼへフェーを見限ったとの通達が届いたのだ。

 再三一揆はフェイクであると説明をしたのだが、有ろう事かフェーは天魔衆が世に出るチャンスとまで宣ったそうな。

 天魔大僧正の真意は未だに見えないが、組織としての目的は最終的に衆生の救済であり、武器商人になる気もなければ戦争を起こすつもりもない。

 大僧正自らの説得にも応じなかったフェーは既に破門を通達されている。

 つまりフェーをどのように料理しても問題は無いという事だ。


「頭目のフェッセルンはいなかったが当分は派手に動けまい」


「けどよ。逃散百姓みたいに仲間を作るのは上手いヤツだ。いつかは組織も復活するんじゃないのか?」


「そうかもな。だが裏切ったとはいえ幹部を簡単に始末するようなヤツでもある。裏社会だからこそ信用が物を云う。まず信用は得られまいよ」


「だからこそ人の弱みを握って云う事をきかせるンで御座ンすよ。本当に卦体糞けったくそが悪い野郎でさ」


「だが実際に一揆が起こる心配は無くなった。次はどう動くか」


「あっしとしてはイルゼどんを悩ます皇子に気合を入れてやりたい気分ですがね」


 快音を響かせて左手に右の拳を打つアンネリーゼにベアトリクスが同意した。


「それも良いな。俺様達も一応は聖女だしアポを取れば会えない事はないぜ」


「さて、どうしてくれようか。横っ面を思い切り引っぱたいて“母ちゃんに心配かけさせるな”と説教かましてやりやすか」


「まだまだ」


「慈母豊穣会だっていう公爵令嬢の背中に太陽神の刺青を彫って“星神教に改宗してござる”と頭を下げさせるか。聖女全員で認めてやれば少なくとも死刑にはならないんじゃねぇか?」


「まだまだ」


「“まだまだ”って先生には何か策があるってンですかい?」


「今回の事件の肝はその二人ではない。公爵にあるのじゃ。彼の怨みの元を辿らねば娘御を改宗させたとしても解決にはならん。策を考えるのは死ぬと分かっていながら皇子と接触した娘御と話をしてからでも遅くはないと云うておる。二人を仕置きするかどうかはその後よ」


 それにイルゼの生家で死んでいた山伏の正体も気にかかる。

 敢えて突っ込んではいなかったが、剣士とはいえあの心優しいイルゼが人を縛り弟子に打たせていた事もずっと引っ掛かっていたのだ。

 その辺もはっきりさせておく必要もあった。

 今後、イルゼをどこまで信用出来るかという話にも繋がってくる。

 馴染みの居酒屋を紹介し、酔った自分を介抱する姿に偽りは感じなかったものの違和感を完全に拭う事が出来ずにいた。


(イルゼにはまだ秘密がある。或いは本人にすら気付いていない事やも知れんな)


 ゲルダの感じていた違和感。

 それは皇子を我が子のように慈しむ心優しい部分と人を打たせるという残虐な育成方法を採用する部分が一人の人間として合致しない事にあった。


(まるでイルゼが二人いるような…まさかな)


 判断材料が乏しい今、考えても無駄であろうと気持ちを切り替える事にする。

 ゲルダはベアトリクスを中腰にさせてアンネリーゼも交えて円陣を組む。


「元々予定にあったのだが急遽行き先をスエズンに変えてが為に見送ってしもうた大神殿詣でを今こそやろうと思っておる」


「面白そうだ。俺様達が揃い踏みすれば星神教の上層部が素っ飛んでくるぞ」


「それで先生は何を思いついたンで?」


「なぁに、望み通りにワシが聖女であると声高らかに認めてやろうと云うのじゃ」


(ああ、こりゃ素直に聖女で御座いますって認める訳じゃなさそうだな)


 アンネリーゼが察したようにゲルダは、これからは聖女として世の為に尽くします、などと云うつもりは微塵も無かった。


(そうだ。それでこそゲルダの兄弟だ。素直にいい子、いい子になってたまるか)


 聖女認定を受けたベアトリクスであるが、やはり船乗りとしての自由は失い難いものであった。

 そのベアトリクスが兄弟・・と呼ぶゲルダもまた反骨の士であり自由を尊ぶ人物である。彼女にはこれからも自由でいて欲しいというのがベアトリクスの願いだった。


「ああ、たまんねぇ。ぞくぞくしてきやがった。ゲルダの兄弟よ。アンタ、星神教と聖都スチューデリアを向こうに回してド派手に暴れようってんだな?」


「ここまで来たらあっしはとことん御手伝い致しやすぜ」


「おいおい、聖女認定を受けるというだけじゃぞ。物騒な事を云うでないわえ」


 そう云いつつゲルダもい顔で笑っている。

 アンネリーゼとベアトリクスもまた笑っている。


「ヴァレンティーヌには悪いがな。まだまだスチューデリアに腰を下ろす事は出来そうにないわいな。この歳になって忖度が出来ない。子供と一緒じゃ」


「それじゃ行やすか。大神殿に」


「おう」


 こうして「飲む」「打つ」「買う」の不良聖女は星神教の総本山である大神殿へと向かうのであった。

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