第参拾章 聖女の茶会

「そうか、僧兵達は素直に取り調べに応じているか」


「はい、と申してもやっていた事は布教と托鉢だけですからな。云ってしまえば彼らは何一つ悪事を働いてはいなかった訳でして。転生武芸者もどのように生み出されていたのかも知らされていなかったようです」


 ブリッツの報告にゲルダは“であろうな”と返した。

 捕らえた僧兵は皆、邪念というものが無かった事からある程度の予想はしていた事である。


「天魔宗の重鎮である孤月院が死んだ今、罪に問える者はいないと云って良いでしょう。当人らも日本とは異なる世界にいる自覚はあるものの自分達は天台宗であると認識していたようで、天魔宗という名もあの夜初めて聞いたという者が殆どでした」


「恐らく天狐と共にお主の屋敷に現れた連中こそが天魔宗であったのだろうよ」


「私もそう考えます。どうやら敵も一枚岩ではないようですな」


 であるな――ゲルダは茶碗を手に取った。


「腕を上げたな。なかなかの手前よ」


「ゲルダ様のお仕込みがあればこそです」


 ブリッツが点てた茶を飲んだゲルダがその手並みを褒めるとブリッツは顔を赤くして謙遜する。若い頃から変わらぬ奥床しさをゲルダは気に入っていた。

 現在、二人がいるのはブリッツ邸の離れに建てられた茶室である。

 『水の都』にてゲルダが暇潰しに茶の湯を指南した所、思い掛けずブリッツは茶道にのめり込んでしまい、深く学んだ結果、ついには自分の屋敷を建てる際に茶室も作ってしまったのだ。


「ワシは裏千家ばかりで表は知らぬがな。ま、旨ければ何でも良いわえ」


「今やガイラント帝国では紅茶よりも抹茶が好まれていますからな。何より荒々しい兵士達に礼法を教育するに茶道は善き教材であります」


「ははは、ゼルさんも積極的に参加しておるからか、権威も高まってきておるそうだな。騎士のみならず貴族や富豪にも広まっていると耳にしておる」


「お陰で武勲や功績のあった者達の中でも茶器を所望する者もおりますな。賞金や領地も限りがありますから正直助かっており申す」


「それが狙いよ。茶道の権威が高まる程に名器を持つ事がステータスとなるからな。かつて織田信長公も無頼と変わらぬ武将達に礼節を身に着けさせる事に成功し、領地に代わる褒賞を用意する事が出来るようになったそうである」


「話を聞くにつけ畏るべき仁で御座いますな、信長公は。天魔宗といい日本とは如何様な国なので御座いますか?」


 問われてゲルダは腕組みをして唸ってしまう。

 時代によって人が移ろいゆくのは当然の事だからだ。

 自分が生きた時代とベロニカの前世仕明しあけ一郎太いちろうたが生きた時代では大きな隔たりがあり、生き方もまた違っていた。

 ベロニカの話では一郎太こそ人に恵まれなかったようだが、令和なる時代では善良で親切な人間が少なくないそうである。

 戦国の気風の残る命が軽かった吾郎次郎ごろうじろうの時代とはまるで違っているようで、世界規模で平和な世になったと知った時は嬉しく思ったものだ。


「そうよな、ベロニカの言を借りれば日本は今も昔も変態国家であるそうな」


「へ、変態…で御座いますか?」


 思いがけぬ単語が出てきた事でブリッツは絶句してしまう。


「例えばである。鉄砲の概念すら無い国に銃を売り込みに行ったと思え」


「はい」


「そこで二挺の鉄砲を見せ、更には実演までした所、相手はエラい食い付いて大金で二挺とも買い取った。ブリッツ、お主が商人ならどう思うね?」


「それは“上客を得た”と思うでしょうな」


「うむ、でお主は再び日本に訪れた時の為に銃を沢山用意するであろうな」


「それはもう、ガイラントの総力を上げて高性能の銃を生産するでしょうな」


 金に糸目を付けない気前の良い相手だ。

 日本を新たな投資先として逃してなるものかとなるはずである。


「数年後、大量の銃を用意したお主は意気揚々と日本に再上陸するが、そこでお主は恐ろしい光景を目にする事になるであろうよ」


「と云いますと?」


「既に日本中に鉄砲が広まっている上に性能はガイラント製を大きく上回っていた。お主が用意した銃は日本からしたら粗悪品とも呼べぬ出来損ないと成り果てておるだろうよ」


「は?」


 そんな莫迦な。

 銃を売る前は概念そのものすら無かった国が数年で全国に銃を配備していると?

 しかも改良まで施されているなんて悪夢以外の何物でもないだろう。


「そ、それは如何なる事で?! まさか日本人はドワーフなのですか?!」


「気持ちは分かるが人間だ。日本人はオリジナルを生み出す事は不得手ではあるが模倣をする事を得手としておる。その上、自分達が使いやすいように改良する事は得意中の得意なのだよ。しかも一つの事を始めたらとことんまで突き詰める民族性でな」


「まさか買った鉄砲を研究し自分達の手で一から作り上げてしまったのですか?」


「そうなるな。日本は多湿で雨が降りやすいから火縄を守る工夫もしているぞ。ワシも武の嗜みの一環として火縄銃を扱えるが、やはりガイラント製より日本で使っていた銃の方が威力も命中率も遙かに上であったし、何より扱いやすかったな」


 余談ではあるが戦国時代末期になると日本は五十万挺も有していたらしく当時世界最大の銃保有国であったと云われている。


「恐ろしい事で御座います。我らが戦うべき天魔宗とはその畏るべき日本人であるのですね」


「そう不必要に恐れるな。天狐の話では日本人は日本人でも天魔宗は数十人にも満たぬそうだ。むしろ天魔宗に感化されたこの世界の住人こそが主力であろうよ」


「それはそれで恐ろしいのですが…しかし天魔宗は如何なる手段を用いて異世界、私達の世界へとやって来たのでありましょうか?」


「ふふん、雷神殿はバオムに危機が迫っていると宣っておったが、この事であろう。だとしたら今回の騒動は神々の自業自得でしかないわえ」


 鼻を鳴らして呆れるゲルダにブリッツの目が点となった。


「自業自得で御座いますか? しかも神々の?」


「そうであろうが。事あるごとに勇者或いは聖女を異世界から召喚して扱き使うだけ使って用が済んだら“さようなら”だ。向こうで死んだ者を勇者や聖女として転生させてもおるな。ワシのようによ。しかもどういう仕儀かその殆どが日本人だ。清国人や南蛮人の勇者や聖女など聞いたことがないわ」


 確かに歴史書を紐解くに異世界から召喚させられた勇者の悉くは黒髪に黒い瞳の日本人である。日本人以外の勇者がいるとすればカイム王子など元々この世界で生まれた者であろう。


「それだけの頻度で向こうの世界にちょっかい・・・・・をかけていれば、いずれ向こうからも・・・・・・悪意を持った者を呼び寄せる事になるに決まっておろうが?」


「た、確かに」


「これもベロニカの言葉であるがな。“深淵を覗き込むという事は向こうからも覗かれている”のだそうであるぞ」


「恐ろしい話です」


「“恐ろしい話です”ではないわ。現にこの世界には天魔宗が乗り込んでおるのだぞ。それも向こうで無念の死を遂げた武芸者達の魂を引き連れてだ。転生武芸者を生み出す為に既に幾人もの未来ある娘達が犠牲となっておる。天魔宗の目的が何にせよ、これ以上ヤツらをのさばらせておく訳にはいかぬぞ」


「ははっ! 現在も探索方に天魔宗の動向を探らせています。所謂いわゆると呼ばれる隠密も探っておりますが芳しくありません」


「もう何年も、いや、もしかしたら何十年も前から市井に紛れて暮らしておるのだから当たり前ではないか。そもそもにして天魔宗の隠密ではなくガイラント人をに仕立てている可能性もある。彼らを見つけるのは至難であるぞ」


 下手をすれば魔女狩りとなるぞ、と聖女は忠告した。


「左様ですな。では天魔宗の動向に絞る事にします。幸い僧兵達が協力的でありますから、ヤツらの活動拠点を見張るのは難しい事ではありません」


「元天魔宗とはいえ仲間となるのだから厚く遇するように。蔑んだり只働きをさせてみよ。折角得た協力者が再び牙を剥く事になるぞ」


 ゲルダが揶揄い半分に忠言するとブリッツは片膝を立てて反論した。


「そのお言葉はあまりにもお情けない。我らに協力する者にはろくを与える旨、しかと伝えており申す。勿論、働きに応じた報酬は約束して御座るぞ」


「そう鼻息を荒げるな。冗談よ。戯れよ」


 捕らえた僧兵達の処遇が気にかかっただけなのだ。

 同じ日本人・・・・・であるし、大した罪を犯していないのであまり辛い思いをして欲しくはなかった。


「拙者は降った敵を見下す輩を嫌います。それはゲルダ様もご存知の事と思っており申した。真に残念、真に無念でござる」


「悪かった。揶揄いすぎた。お主がどんな男かは善く存じておるわえ。許せ、許せ」


 ゲルダが苦笑しながらお手上げのポーズを取ると漸く収まったようだ。


カンツがいなくなって・・・・・・・・・・も頑張っているのは良い事だが、近頃力み過ぎているように見受けてのぅ。肩をほぐしてやるつもりが火に油であったわ。すまん、すまん」


「確かに殿の後釜に据えられた事は大変でござるが昔からの仲間もおり申す。一人で頑張っている訳ではありませぬ。気遣いは無用にござる」


「そうか」


 ゲルダが窓を開けると庭は雪で白一色に覆われていた。


「時が経つのは早いものだな。あの戦いからもう三月みつきか」


「ええ、瞼を閉じれば殿と九尾つづらおの壮絶な戦いが鮮明に蘇ります」


「ああ、カンツは立派に戦った。あの子はワシの誇りよ」


「しかし二人に取って救いであったのでしょうか?」


「少なくともワシはそう信じておる。事実、あの二人は幸せそうであった」


 ゲルダはしんしんと雪が降る空を見上げる。

 いつの間にか、ブリッツも隣に来て雪空を見ていた。


「天狐と地狐も殿達の後を追ってしまいましたな」


「天狐、地狐、そして九尾は離れられまいよ。それに今まで辛い思いをしてきたのだ。それを乗り越えてきたのは三人が絆で結ばれていたからであろう。仕方のない事だとワシは思う事にするよ」


 ゲルダ達はカンツラーと九尾の勝負が決した時の事を思い起こすのだった。

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