応援コメント

第拾章 聖女対四神」への応援コメント

  • 魔界転生というと映画でも元祖の方で沢田研二さん演じる妖艶な天草四郎の印象しか残っていません(´ーxー)
    あのインパクト強すぎでしょ、あれ以来、天草四郎が出てくるのって全部、テンプレ魔界転生のぽい気が…。

    そうですよね、優れた剣士の戦いはターン制じゃ表現出来ませんよね。
    攻撃することで自分にも隙が生じるから、動けない。
    現代においても剣道の達人の戦いがそうですし、ましてや真剣を用いての命のやり取り。
    緊迫感がありつつ、スピード感を失わない戦闘シーンにドキドキしますね。
    これ、時代劇で再現しようとすると特撮とか必要でめっちゃコストかかりそう!などと思ったり。

    さすがに四神だけあって、戦いの果てに満足して散っていったように見えるのが強さに憑りつかれた者の末路ってところでしょうか。
    かつて命を救う側だった者まで強さに憑りつかれるとこうも堕ちるものなんですね。
    せめてもの救いは友が看取ってくれたことでしょうかね。
    斬撃の軌道を変えるなんて、中々に器用な芸当をこなしたのに視線で気付くというのがやはり、ゲルダの常人ではないところですね。
    常人ではないけど、人であることをやめてないゲルダに人をやめてしまった獣では勝てなかった、そんな気がします。

    作者からの返信

     コメント、いつもありがとうございます。

     確かに魔界転生と云えば、ジュリー(おっと、いけない。歳がばれる)を連想しますよねw
     あの映画のお陰で悪役じゃない天草四郎を探す方が困難なくらいですよねw

     真剣勝負の駆け引きや臨場感あふれる勝負を書けるようになりたいものです。
     読み手に心地良い緊張感を与える戦闘シーンを書ければ私も小説書きの端くれになれるんじゃないかと精進している次第です。
     時代劇のようなチャンバラシーンも書いてみたいのですが、これは下手な書き方をすると、ただの“俺Tsuee”になりそうで難しいですよねw

     四神は無念の死を遂げた者達なので転生後は目的の為なら手段を選ばない外道なことも平気で行いますし、戦い(手段)の為なら目的を選ばないイカレ集団でもあります。
     なのでゲルダと勝負をして死んだ白虎と青龍は無念から解放されています。
     まあ、天国には行けないでしょうけどね。
     六右衛門は侍といえども仕官しなければ食えていけない事と幼い頃に母を病で亡くしているので、切った張ったの世界に行くよりも母のように病気に苦しむ人々を救いたいと医者になったのですけど、心の奥では武芸者の血を鎮めるのに苦労をしていました。そして一度死んで異世界に転生した事で抑制していた気持ちが弾けてしまったのですね。
     本当、ゲルダが死に水を取ったのが唯一の救いですよね。
     青龍の秘剣は常人では見切れません。恐らく吾郎次郎の頃ではニ、三回掠って漸く“剣の狙いと視線がズレてね?”と気付くレベルです。
     そうですね。転生武芸者は強いだけです。人としての欲に忠実で、食べたい時に食べ、犯したいときに犯し、斬りたい時に斬る、人面獣心の化け物です。
     しかし、云い変えれば自分を律する事が出来なくなっているので、そこが付け入る隙になっているのだと思います。