主人公育成論

白井熊

第1章

プロローグという名の独白

 人生は失敗しないだけならそう難しいものじゃない。


 それが俺の持論だ。当然反論は色々あるだろう。選ぶことのできない生まれた環境や容貌によって大変な経験をしているだとか、自分の力ではどうにもならない理不尽な出来事や運のせいで辛い経験をしているだとか、1つ1つ挙げ始めたらキリがないことぐらい予想はつく。


 ただそれでも俺は失敗しない人生は難しくないと、そう断言しよう。しかしまあ1つ注意してほしいのは俺は人生で成功するのは簡単だとは言ってないってことだ。この2つは一見同じように見えて全く異なる意味をもっている。


 失敗ではないがイコール成功ではないように、難しくないがイコール簡単ではないように、失敗しない人生は難しくないは、イコール成功する人生は簡単だ、ではないのだ。


 変な言い回しをしたが、要するに俺が言いたいことはある程度の努力をすればそれなりの人生を送ることができるってことだ。勿論この世は平等なんかではない。だけどどんな環境であれ、どんな容姿であれ、努力次第でそれなりに改善する余地は存在する。


 そしてある程度の努力をすればそれなりの学校、仕事、人生を手に入れることができる。毎日寝る場所と食べるものを確保でき、退屈ながらも平穏な毎日を送ること、それはそこまで難しくないのだ。


 だけど俺は一つ言いたい。


 そんな人生の一体どこが面白いのか、と。


 平穏な日々のその先に何が待っているというのだ。いや、勿論俺も理解できる。俺だって辛いだけの人生なんて嫌で平穏な人生に憧れた。そしていつも将来のことを思い、今何をするのが妥当か考えて行動してきた。


 そしてその結果得られた人生は、辛くはない、だけど心躍るような楽しさもない、ただ平穏なだけだった。どこまでも続く平坦な道。多少の起伏はあれど、全体で見ればそんなものあってないようなものに過ぎない。


 なぜ生きるのか。千差万別の答えがあるだろうが、人間の平均寿命まで生きたいからと答える人間とは未だ一人たりとも会ったことはない。


 生きることは何かを為すための手段であって、目的ではないのだ。重病患者や戦場で戦う兵士だって、生きたいと願ったとしても本当の願いは生きた先にある何かだ。


 平穏な人生をただ漫然と送ることは、生きることそのものが目的であるかのように錯覚しただけの、生きる意味を失っているのと変わらないと俺は思う。もし格好つけて平穏な日々を送ることを願いたいならば、それこそ世界を救うような激動の流れの中で抗い、戦い抜いてからにしてほしいものだ。


 成功ではなく失敗しないことを求め、平穏を喜びとすることがその人の可能性を潰していく。平坦でつまらない人間の、そして世界の出来上がりだ。


 ここで改めて述べよう。

 人生で失敗しないだけならそこまで難しいものじゃない、誰でも手に入れることのできる未来だ。


 ただ、それが面白い人生かは保証されない。


 もし面白い人生を、熱くなれる人生を求めるのであれば、ぬるま湯のような平穏を捨て、激動の中に身を投じなくてはならない。そして失敗しないことではなく成功することを望む必要がある。

 あとは想いと努力次第だ。


 人生を勝ち抜いていける本当の強さと本当の面白さは簡単には手に入らない。それは刺激的な環境下で、本気になれる毎日を送ったその先にしかないのだから。


 その最初のピース、刺激的な環境は俺が用意しよう。


 本物を手に入れろ、未来ある少年少女達よ。


 そして主人公になってみろ。

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