第9話 キズビトっていう伝説の生き物らしい




「アレクセイ、さっきのあの人って知り合い? なにかあったの?」


 教会に戻るなり、シスターがうるさく聞いてきた。


「あ、いや、知り合いなわけじゃないけど、なにかはあったかみたい。神父さ~ん」


 聖山で理の外のなにかが起きているとなったら、今はちょっとシスターにはかまっていられない。

 執拗にサーシャのことを聞こうとするシスターを無視しながら、廊下を進むと――いた。

 相変わらず食堂で水を口にしている神父に、ライヤから聞いたことをかいつまんで話す。


「アレクセイよ、王城に向かいなさい」


 神父は少しだけ思案してから、よく分からない指示をしてきた。


「……神父さん? なんでそうなるのさ?」

「聖山で災害とあっては、お偉方は王都すべての教会に人手を出すように言ってくる。もちろんここもだ」


 あー、そういうことになるのか。

 なるほどなぁ。


「そこで、だ。うちの代表はお前だ。集合場所は王城だ。理由はいけば分かる。さあ、準備をしてくれ。その間に王城に入るための書状を書く」

「……なんで俺!?」

「はあ? 仕事のないごくつぶしがなに言ってんのかなぁ?」


 アレクセイはそこをつかれると、「くっ」と口ごもった。

 くそぉ。駄々をこねたら追い出されるだけのような気もするし、これは従うしかないか。

 ここに置いてもらう以上は、教会での奉仕活動をするというのは決めていたことだし。


「なに、教会員としての活動だ。騎士団と違って命の危険ということまではないはずさ」


 そこまで危険ではないのなら、まあ。

 ついさっき、


 ――絶対無理です! 全力で遠慮します! それじゃ!


 とサーシャの誘いを断ったばかりだけど……。

 なんとなく現場で会いづらいなぁ。



 準備するといっても、現場でなにをするのか分からないので、とりあえずダンジョン探索に着ていっていた革の上着を着こみ、念の為に腕当てと脛当ても身につけた。


「膝も気をつけなきゃな。世界中の衛兵のほとんどが膝に矢を受けた元冒険者なんだって、おやっさんも言ってたし」


 念の為に剣を腰に下げ、とそこまでしたところで、


「スコップは物置にあるからもっていくんだよ」


 書状を書き終えた神父さんが教えてくれた。

 どうやら穴を掘ることは確定らしい。




 ~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~




 アレクセイは王城へ向かって教会から出ていった。

 その背中を神父ディミアンとシスターのエカテリーナの二人は、その姿が見えなくなるまで見送った。


「神父様、アレクセイは大丈夫なんですか。さっき一緒にいたのって……」

「あの方は白鉄騎士団の騎士サーシャ殿。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「でも、あの人って噂では人間じゃなく――」

「エカテリーナやめなさい。噂は噂だ」


 エカテリーナが気にしているサーシャの噂とはこういうものだ。

 白鉄騎士団のサーシャは人間ではない。

 その正体はキズビトと呼ばれる人類の敵、最悪の<支配者>、禁忌の存在。


 そのキズビトという伝説は、もう何百年も前の話だ。

 ある日、体中に傷痕のような模様のある人型の生物が七体、どこからともなく現れた。

 当時の人間はその異様な姿から、その七体をキズビトと呼び、神の御使いではないかとコンタクトをとった。

 だが、キズビトと接触した者は当時の軍を含め、誰一人生きて帰らなかった。


 その後、すぐにこのたった七人が人間に対して戦争を起こしたのだ。


 破竹の勢いで大陸の西から東に進んだキズビトを止めたのは、人間ではない。

 天空を覆いつくすほどの龍が姿を現わし、それからさらに数日の戦いが続いた。この戦争で大陸の半分が焼き尽くされたという。


 この伝説はこの大陸にある国全てに広がっている。

 古い文献ではキズビトを最悪の<支配者>だとして記している。ここ数十年で歴史の解釈が変わったのか、資料から<支配者>の文字は消えたが。


 もちろん、この教会の孤児院でも、キズビトの伝説の話を子供達の寝話にしてきた。

 アレクセイに話した時なんかは、


「たった七人でどうしてそんなことができたの? そんなに強かったの?」


 と興味津々に質問をされたものだ。

 その際に神父はアレクセイに詳しく教えてやった。

 キズビトが<支配者>と言われていたのは、実は――などと、しょうもない陰謀論を、さも真実であるかのように。


 そんな伝説の存在なのだから、エカテリーナの心配も、キズビトへの怯えも分からなくはない。


 ――噂ではなく100%事実だしなぁ……。


 ディミアンは白鉄騎士団の前団長とちょっとした既知の間柄で、サーシャの正体はしっかりと聞いていた。

 キズビトであり、天空からやってきた理の外の存在だ。

 ディミアンはひとまずその真実は、エカテリーナの感情がもう少し落ち着くまで告げるつもりはなかった。


「エカテリーナ、例えば、山賊が悪行の限りを尽くすといって、私達、ひいては人間が全員そうだと論じるかい?」

「いえ、それは……」

「今キミが言おうとしたことはそういうことだよ。サーシャ殿のことは彼女個人として見なければならない。いいね?」

「はい……」


 そう返事はしたものの、まだ納得していないエカテリーナは、


「あの、神父様はアレクセイを白鉄に入れたいんですか? それで彼らも向かった聖山に行かせたんですか?」

「んー。騎士団加入については、どっちでもいいと思ってるんだけどね。でも、聖山に行かせたことと、白鉄騎士団が現場にいるのはただの偶然だよ」


 エカテリーナが、なぜ行かせたのか、その答えをうながすように、ディミアンの顔を覗き込む。


「今夜あいつはここにいても、どうせ泣いちゃって眠れないでしょ。体を動かしてた方が気も楽だし、穴掘りで疲れ果てればきっと眠れるだろう」


 シスターも納得して、「そっか……」と小さくつぶやいた。

 何年もやっていた冒険者をクビになったんだ。その心の傷は深いだろう。


 そう思った時に、ついさっきの自分の発言が恥ずかしくなって、エカテリーナは少し顔を赤らめた。

 力そのものは何も悪いものではない。

 そうアレクセイに言ってきたというのに、サーシャをキズビトだと差別的に扱ってしまった。これではアレクセイを傷つけようとする者達と一緒だ。


「ま、シスターが心配してくれて、あいつも嬉しいと思うよ」


 ディミアンはエカテリーナの気持ちを知ってか知らずか、そう言って肩をポンと叩いた。エカテリーナは顔をほころばせた。が、その後、改めて、


「でも、アレクセイを行かせたのって、神父様が行きたくなかっただけでもありますよね?」

「そんなわけないじゃないか。私は神の忠実な僕なんだから、神がやれって言えば喜んでやるさ」

「じゃあ、言うのが教会の人間なら?」

「……ん?」


 ディミアンは首をかしげるだけだった。

 アレクセイが帰ってきてなかったら、わたしが行かされたかも……と、エカテリーナは思わずにいられなかった。

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