第7話 愚直な剣です。
「ん、偶然」
背の高い女性はアレクセイと目があってしまってから、少しばつが悪そうにしてから、物陰から出てきた。
いやいやどう見ても偶然じゃない。アレクセイをつけてきた感じしかない。
しかもこの女性、自分から話しかけてきておいて、そこで言葉が止まってしまった。なにを言ったらいいのか分からないのか、2,3度まばたきをした後、ただこちらを見ている。
よく見ると本当に騎士の称号のバッヂをつけていた。
やっぱり本物なんだなぁ。
「ええと、騎士団の人ですよね。もう一人の方は……」
「あれ団長。うさんくさくな、い」
そう言われると、なおさらうさんくさい。
もっともあなたも相当うさんくさいけど。
それにしてもこの女性、だいぶ話し方がただたどしい。
外国なまりがあるというわけではないので、これが素の話し方のようだけど。
「俺を勧誘って何かの間違いですよね。なんのとりえもないし」
もしかして、俺の能力が騎士団に気づかれている――そんな疑問が頭に浮かぶ。
だとしたらどこから?
女性は首を横に振った。視線が握った剣にうつる。
「剣、見せ、て」
彼女に言われて、そっと差し出した。
自慢じゃないけど、手入れだけはかかしていない。ゲンが悪いって言われて突っ返された剣だけど、そこは自信がある。
でも、女性にはアレクセイのそんな思いなど関係なく、受け取らずにまた首を横に振った。
「構え、て」
「――ッ!?」
ここで抜刀して構えろと?
最強と言われる騎士団の騎士を相手に?
つい今とりえがないと自分でも言ったし、弱さを隠す気もなかったはずなのに、自分のふがいなさが完全に露呈してしまうと、ついためらってしまった。
でも、そうか。
団長が勧誘している相手の実力を知りたいのも、彼女にとっては当たり前のことか。
目の前の女性は真っすぐにアレクセイの目を見ていた。
迷いも弱さもきっと見抜かれてるんだろう――とそんな気がして剣を抜く。
アレクセイは剣の型を一つしか知らない。
――荷物持ちのお前のところまでは敵は通させねえよ。だが、もし俺達を超えていくようなヤツがいたら、お前じゃどうやったって守りながらじゃ生き残れねえ。だから、これだけは覚えろ。初撃にかけるんだ。身を捨ててこそってヤツだ。
そう言ってその型を教えてくれたのは、今日自分を追放したおやっさんことイゴールだ。
武器も扱うことが下手なアレクセイは、そのたった一つの型だけを何年もずっと繰り返してきた。
――おお、いいねえ。愚直ってやつだ。簡単にものになるって才能もすげえことだが、ただひたすらに信じて繰り返せるってのも、すげえ才能なんだよ。
イゴールは毎日繰り返す自分にそう言ってくれた。
他を教えてくれなかった本当の理由は、俺が役立たずだったからなのだろうけど……。
フーッと息を吐き、鞘を地面に落とした。
剣を右手で握り、左手は添えるのみ。
上段に持ち上げていき、自分の耳の辺りで止めた。
剣は中段に構えることが基本であり、様々なことに対応できると聞く。
その基本こそが究極なのだと剣の熟練者は言う。
だが、対応力だとか究極だとか、そんなものは捨てている。
ただ一振りでいい。二撃放つ気など毛頭ない。
それがアレクセイの知る唯一の型だ。
構えは成った。
真っすぐと相手の視線をとらえる。
「ん……いい、顔」
女性も構えた。
武器はない。無手の構えだ。両の拳を軽く握り、軽く左手を前に出す。
――いつでも、こい。
――はい。お願いします。
そんな<音のない言葉>で意思の疎通をしたかのような感覚。
「――ッ!」
アレクセイの呼吸音と踏み込み、剣が空気を切り裂く音が短く、だが鋭く響く。
綺麗な動きだった。
剣の才能はなくとも、教わったことをそのままに、この型だけを繰り返してきた。そんな愚直な動きだ。だが、それゆえにその年齢からは信じられないくらいに、この一撃だけは洗練された剣だった。
でも、届かない。
アレクセイには、どうかわされたのかも分からなかった。
ただ、前から顔に向かって風が吹き抜け、女性のその拳が眼前に止まっていた。
全く相手にならなかった。
そう認識した後、至近距離のこの女性から、花のようなやわらかい匂いがして鼻腔をくすぐった。香水にしてはとても自然で、男性のアレクセイにとっても心地いい匂いだ。
「ん。よかった」
女性はその言葉と共に拳をひいた。
多分、怪我させないでよかったという意味なのだろう。
アレクセイはこういう結末になるような気がしていた。いや、そうなると分かっていた。
だから、当たったら大けがではすまないのに、思いっきり振りぬけた。
むしろこの女性を前にして、よく攻撃できたなと思う。
憑依という特殊な力があるので分かる。この女性は魂の大きさが自分のとはまったく違う。
魂のサイズとは生物としての格の差そのものだ。
悔しくはない。
むしろ清々しい気分だった。
……まあ、街の中で斬りかかるなんて、今更ながらどうかしているとは思うけど。
「こんな程度ですみません」
「ううん。よかった」
女性の表情がほころんだ。
あ、さっきのよかったって褒め言葉だったんだ。
ヤバい。こんなすごい人に褒められると泣きそうになる。
うさんくさいし、変な人だけど……。
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