第6話 本物だったとしても何かの間違いだよ




「だから、絶対にバレてないってば」


 アレクセイと神父はまだくだらない押し問答を続けていて、シスターはその久しぶりの光景にクスクスと笑っていた。


「だって、俺、バレずに何かしたりするのめちゃくちゃ上手いもん」

「いや、下手だよ。さっきも泣いちゃったとき、ぜんぜん誤魔化せてなかったし」

「え、神父さん、見てたの!?」

「見なくてもこんなおんぼろ教会、あっちこっちの声が勝手に聞こえてくるわ!」

「そんな悲しい現実を堂々と……。あのさ、神父さん、もっと寄付金募ろうよ」

「まずは冒険者になるって言って出ていったっきり、ろくに献金もしてないにも関わらず、何食わぬ顔で寝泊まりしようとしてる子からとろうかな」

「鬼! 教会はいつからそんな心ないことするようになったの!」

「なんだ、知らないの。ばっかだなー。教会って組織は、ずっと鬼の所業ばかりしてきたところだ。こんなの常識だぞ」


 いや、あなたがそれ言っちゃダメでしょ……。

 確かに権力もったり、戦争したり、よく分かんない罪で取り締まったりしてるけど。


 なぜか、この神父と一緒にいると、いつもこんな感じになってしまう。今も気がついたら、以前ここに住んでいた頃と同じ調子でバカなことを言い合っていた。


「で、アレクセイはこれからどうする気だい? 本音を言えばここはあんまり長居されると困る」

「やっぱり迷惑だよなぁ」

「だってお前お金ないんでしょ? 金がなきゃいつまでも置いてなんかやれないなぁ」

「うわ、せちがらい……。うーん。じゃあ、俺も神父でも目指そうかなぁ」

「ほー、いい心がけじゃないか。ただね、神父って一生童貞じゃなきゃダメなんだよ」

「うっ、神職は諦めます……」

「ま、自己申告なんだけどな」

「え、えぇ? 神父さんまさかそこ嘘ついてんの? 清いままじゃないの?」

「やだなぁ。私は神父様だぞ。清いままに決まってるじゃないか」


 神父はにんまりと笑って答えた。

 この人絶対にやってるな。でも、まあ、子供に手を出さなきゃいいか。たまにあるしなぁ、聖職者の小児性愛の事件。

 とはいえ、今は神父さんの性事情なんかより、自分の明日だ。


 ……明日、か。


 アレクセイはふとついさっき出会った二人の女性を思い出した。

 もちろん詐欺にひっかかるつもりはないが、少し気になる。


「あ、そうだ。白鉄騎士団って知ってる?」

「おやおや、むしろこの国にいて、その世俗騎士団を知らないほうが驚きだよ」


 神父はあからさまにバカにするように笑った後、説明をしてくれた。


 白鉄騎士団。

 創設は100年程前で、この国の中ではそれなりに歴史はあるのだが、他の騎士団とはまったく異質の存在だ。


 この数十年、大きな戦争の起きていない平和なこの国で、騎士というものはだいぶ変質してしまった。かつてこの国では騎士爵は命をかけた武功によってこそ得られた。だが、戦争のない世においては形骸化され、その爵位は命ではなく金をかければ手に入るようになってしまい、貴族のお飾りに成り下がりつつある。


 だが、白鉄騎士団だけは違う。


 なぜなら、戦時における騎士団と遜色のない集まりだからだ。この平和な世においても、本当に命がけによって手に入れた騎士爵をもつ集団であり、今でも武力をもって危険と相対する。元の身分さえも関係ない。


「でも、神父さん、その騎士団はなにで武功を得てんの? 今って平和なんでしょ」

「理の外の災害だよ」


 理の外。それはこの世界の奥側なのか外側なのか。

 天空、地底、深海、そして夜の向こう側の異界――そこにはこの世の理の通用しない生物や現象がある。自然災害に似ているものもあれば、ちっぽけな人間にとっては神にも匹敵するかのような生物による場合もある。

 そしてそれはこちら側に度々やってくる。


「現在この国を最も脅かす理の外の災害に派遣されるのが、“技師にして義肢の騎士”ライヤ殿の率いる白鉄騎士団だ」



 ……じゃあ、あの人本物だったのか。


 怪しかったけど。

 本当に怪しかったけど。

 目が血走っていて怖かったけど。


「そんなわけで、だ。白鉄はこの国で最も危険な任務を請け負ってくれてる、それはそれはありがたい存在なんだよ。“あっち側騎士団”なんて呼ばれ方もしているが、この国最強の騎士団といえば白鉄だな。もし見かけたら拝んでおくといいぞ」


 偶像崇拝を認めないはずの神父がなにを言うんだか。

 それにしても最強か。

 やっぱり自分なんかが勧誘されるのはおかしい。

 冒険者の荷物持ちをクビになった俺にとっては、雲の上の存在じゃないか。


 シスターが少し浮かないアレクセイの顔を、不思議そうに見つめた。


「でも、どうしたの? 突然白鉄騎士団のこと聞いたりして」

「あ、うん。さっき、なんかそれっぽい人に勧誘されたんだよ」

「え、えぇぇぇええ?」


 神父とシスターが珍しくハモった。すぐに神父は身を乗り出して、アレクセイの顔をながめ、


「いやいやいや。あ、分かった。さては嘘だな?」

「まてまてまて。嘘じゃないから」

「荷物持ちクビになったなんて、さすがに悲しすぎて、そんな嘘をついてるんだろ? 分かる。気持ちは分かる。でも余計悲しくなるから、そういうのはやめておけ」

「だーかーらーホントなんだってば!」


 神父からの言いがかりを必死に否定するアレクセイの袖を、シスターが驚きの表情のまま引いた。


「じゃあ、騎士団に入っちゃうの?」

「んー。いや……」


 アレクセイはシスターから、自分が持ち帰ってきた剣へ視線を移した。

 自分はこの剣で何もなしえなかった――今の白鉄騎士団の話を聞いて、そんなことを思ってしまった。


「多分、なにかの間違いだよ」


 よし。

 未練がましくしているより、今を区切りにしよう。


「神父さん、シスター、あのさ、教会厳しいんでしょ。やっぱりこの剣売ってくるよ。俺がもっていても役に立たないし、なんかの足しにしてよ」

「待って。ダメよ。大事なものなんでしょ。それはキミがもっていて。あ、そうだ。たまに孤児院の子達に剣を教えてあげたりできるじゃない」

「そっちこそ気をつかわないでいいよ。俺なんかじゃ教えられるようなこともないし……」


 シスターが「アレクセイを止めて」と目で神父に訴える。神父は「まかせろ」と言わんばかりに一つ頷く。


「待てアレクセイ、うちの経営状態はそんな剣一本売ったところで焼け石に水だ」

「そういう台無しな止め方だけはやめて!」


 アレクセイは「もういいからッ」と二人を無視して、剣をもって表に出た。


 と、外に出てすぐ、物陰にいる背の高い女性を見つけてしまった。

 先程、白鉄騎士団の団長と一緒にいたフードの人だ。


 いや……。

 それ隠れてるつもり?

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