第3話 自殺に走る理由

生活が苦しいといった外面的なことでは人間は自殺しない。

他人との連帯を失ったときに人は自殺に走るのだ。

       エミールデュルケーム「自殺論」より


―ねえ、先生。私だよ?


その言葉を最期に、彼女は私の前で飛び降りた。

今となっては、彼女は記憶がないふりをしていたのか、それとも彼女が化け物になっている間は本当に記憶がなかったのかはわからないままだ。

あの時のことを思い出すと、今でも寒気がする。

少しでも気を紛らわそうと、金色の鳩を模した煙草を口にする。


いまだに当直を教師がしなくてはいけないなんて、この時世にどうにかしている。

労働基準監督署に走りこめば、対応してくれるのだろうか。

それとも、先生だからそれくらい我慢しなさい、ということになるのだろうか。

いずれにせよ、今はTwitterにでも呟いた方がよっぽど効果があるのかもしれない。

とはいえ、私は当直をすること自体はさほど嫌いではない。

ではあるが、夏、特に終業式はあの日のことを思い出すため、学校にはいたくない。

基本的には、この時期の当直は周りの人間も気を遣ってくれているのだが、今回は担当の先生が出産立ち合いということになったのだから仕方あるまい。


吉田は頭を無造作にかきむしると、胸から煙草をもう1本取り出し口にした。

煙草を吸うときだけは、何も考えなくてよくなる、と昔の恩師に言われたことを思い出す。

深々と煙を肺に入れると、頭がぼんやりとしてくる。ヴァージニアの葉を使った煙草はやはり何物にも代えられない。

「今時、両切り煙草などおじいちゃんしか吸わないよ」

あいつの声。

あの声が耳元で聞こえた気がした。


―だが、その声の主はもういない。


<昔のことを引きずるなんて、俺も情けねえなあ…

<ん…?>

煙草を吸い終え、教室に戻ろうとしたその時、吉田の目に入ってきたのは教室でチカチカと光るライトであった。

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