第8話 コンテニュー
2025年6月16日 神谷 綾
「ミツキ君、これどうするんだっけ?」
「いいよ、綾ちゃんは座ってていいから」
「嫌だよ、私も手伝いたい」
「いいんだってば、大事な体なんだから無理しないで、来年手伝ってよ」
「そうだね、来年は3人で迎えることができると良いね」
私のお腹には赤ちゃんがいる。まだ性別はわからないけど、ミツキ君も私も嬉しかった。ミツキ君は生まれてくることをだいぶ楽しみにしているようで、私のお腹を毎日撮影して、SNSにあげている。
「こういうのを記録しておくことで、この子がいくつになっても振り返ることができるんだ」と嬉しそうに言うミツキ君はとても可愛かった。5年前まで、写真の撮り方すら曖昧だったとは、今の彼をみても誰も信じてくれないだろう。
彩さんが亡くなってから5年、私たちは結婚2年目を迎えていた。明日は彩さんの命日だ。毎年この日からミツキ君の誕生日までの6月17・18・19・20日の四日間限定で、私たちが恒例にしていることがあった。そのために沖縄に帰ってきて、明日のための準備をしている。
「もう今年で5回目になるのか」
「そうだね、なんか早いね」
「今年もみんな来てくれるかな?」
「来てくれるよ、お母さんたちも来るって」
「東京から毎年ありがたいよ」
「毎年この日を楽しみにしているんだようちの家族。どっちのも行きたいって、わざわざ沖縄にもくるんだよ」
「亡くなった日を楽しみにしちゃうってのも、なんか変だけどさ、彩は喜んでくれるよね」
「うん、みんな彩さんの絵を見るために集まるんだから」
毎年この日に、彩さんの描いた絵を並べて個展を開くことにしている。ミツキ君と彩さんが住んでいたこの家で。彩さんが残した遺書にはそれだけが書かれていた。ここで毎年個展を開いてほしいと。
彩さんが残した絵は意外にもたくさん見つかった。生前たくさんのファンが購入していたので、全てを集めることはできないけど、それでも毎年この日になると、多くの人が彩さんの描いたものを貸してくれた。今日もたくさんの人がここにきて、彩さんの描いた絵を置いていってくれた。
全国流通していた彩ちゃんの作品、全てのものを沖縄で集めることはできないので、東京支部もできた。ミツキ君は今、そのリモートミーティング中だ。
「もしもし、お疲れ様です。沖縄についてます」
「お疲れ様、ミツキ君」
「美里さん、今年も協力してくれてありがとうございます」
「任せないよ、みつき君と綾ちゃんと、それから彩ちゃんのためなら私何でもするんだから」
「本当に毎年助かっています。仕事もこの日だけ休みにしていただいて」
「いいのよ!そのためにここの管理任せてもらっているんだから。でも、戻ってきたら今年もたくさん働いてもらうよ、覚悟できてる?」
「怖いですけど、もちろんですよ。今年も職場を使わせていただき、感謝しています」
なんと毎年、株式会社ヴィンチアルゴ協力のもと、例の職場を使って東京でも、6月17日だけ開催してくれている。有名企業がスポンサーということと、管理人のお姉さんが歳の割に美人だと評判が広がり、毎年大勢の方が見にきてくれる。
「そういえば、みつき君、ご報告があります」
「はい、何ですか?まさか、僕本社に移動ですか?」
「違うわよ、君にはまだ頑張ってもらわなきゃ。そうじゃなくて、私結婚します!」
「え、どんな相手ですか?」
「うん、ちょうど去年ね、このイベントで案内を担当していたら良い男に、猛烈アプローチされて、ついにこないだプロポーズされたのよ」
「何ですか、またそいつ大丈夫ですか?」
「何よ、私より早く結婚できたからって偉そうに。大丈夫よ」
「すごい、ついにですね!美里さんおめでとうございます」
「あら、綾ちゃん久しぶり、ありがとうね!また可愛くなって!」
「美里さんの方こそ、相変わらずお綺麗です」
「それほどでもないわよ、綾ちゃん、赤ちゃんはどう?」
「はい、順調です!」
「そう、良かった!私も頑張らなくちゃ、綾ちゃんは結婚式呼んであげるからね!ミツキ君は当日も働いてもらいます」
「そんな、冗談ですっておめでとうございます
「もう、戻ってきたら、覚えておきなさいよ。そんなことより、2人とも、立派な夫婦になったわね」
「ありがとうございます。僕も妻も美里さんにはたくさんお世話になりました
「妻なんて、かっこよくなったじゃんミツキ君。大変だと思うけど、明日から頑張ってね!綾ちゃんも、いつでも遊びにおいでね!」
「はい。ありがとうございます」
「そういえば、ミツキ君、新入社員の女の子と」
ミツキ君は突然通話を切った。
「東京は今年も美里さんい任せても大丈夫そうだね」
「ちょっと、ミツキ君、美里さん最後なんて言おうとしてたの?」
「何でもないよ。新入社員がなかなか入らない場所だから、歳の近い俺が面倒見てあげてるのを勘違いしているだけだよ」
「ふーん、浮気なんてしてたら私すぐわかるんだからね」
「してないよ、するわけないって」
「なに、みつき、あんた浮気しているの?」
いつの間に来ていたのか、そこにはミツキ君のお母さんとお父さんが来ていた。
「してないってば」
「男は女を騙せないんだからね。はい綾ちゃん、いつもの」
「ありがとうございます、お母さん」
「母さん、だから毎年言っているけど、料理は配れないんだってば」
「良いじゃんミツキ君、どうせ毎年、打ち上げでみんな食べちゃうんだから」
大きなお鍋を抱えたミツキ君のお父さんはもう限界そうだった。
「あー、お父さん、そこに置いてください。重いのにありがとうございます」
「綾ちゃん久しぶり」
「それより、聞きました?ハイ&ローついにエピソード10が公開するんですよ!」
「おお、もうそんな数だったか。タイトルは?」
「はい、邦題がハイ&ローエピソード10本当の終わりです」
「こりゃあ、ついに終わるか。また一緒に観にいこう」
こんなタイトルでもまだまだ終わりそうにないのがハイ&ローだ。予告に映っていたのがダンギではないかと話題になっており公開が待ち遠しい。ミツキ君のお父さんは、たまに映画を一緒に観に行ってくれるほど仲良くしてくれた。ミツキ君は嫌がっていたが、毎回楽しかった。映画好きに悪い人はいない。
お母さんは料理が上手で、毎回いろんな料理を教えてくれた。たまに私のことを「さやちゃん」と呼び間違えて謝るけど、それも何だか嬉しい。2人とも本当によくしてくれて、いつもお世話になっている。
「父さんも、歳なんだから、もう手伝いに来なくて良いって言ってるでしょ」
「そんなこと言ったって、綾ちゃんは妊婦さんだろ。綾さんを手伝わせるわけにはいかないよ」
「大丈夫だよ手伝ってくれる人は呼んでいるから。それより、明日ちゃんと来てくれよ。いつもみたいに朝お墓に行って彩に報告してから、開催する予定なんだから。去年は2人が遅刻してきて大変だったんだぞ」
「あれはお父さんの車が故障しちゃったせいよ。あんな車まだ乗っているんだから」
「あんな車とは何だ、あの車はな」
めんどくさそうにミツキ君は2人を外に押しやった。相変わらず仲の良い家族だ。これも彩さんのおかげだ。彩さんも、今の3人を見て喜んでいるはずだ。
外が暗くなる頃、みのりさんがきてくれた。毎年手伝いに来てくれる。去年は人手が足りないと東京の方に手伝いに行ってくれた。
「みつき君、綾ちゃん、お待たせ。悪いね、忙しくて」
「いいえ、毎年ありがとうございます。お仕事順調そうですね」
「ああ、ありがとう、みつき君」
みのりさんは、私たちが結婚を報告した時に1番喜んでくれた。このことだけじゃなく東京にもよく遊びに来てくれる。沖縄県生まれイケメン医師として、たびたびテレビにも出ていた。その度に、テレビでは泣きながら彩ちゃんの話をしていた。世間では泣き虫ドクターと呼ばれている。みのりさんは、今年東京の病院に移動するそうだ。数年勉強して沖縄に自分の病院をたてることが目標らしい。「綾ちゃん、赤ちゃん順調そうだね」
「おかげさまで、みのりさんのおかげで助かっています」
「そうそう、2人に伝えたいことがあるんだ。僕ね、ついにね、結婚することになったよ!」
「そうですか、おめでとうございます」
「何だよみつき君冷たくないか?」
「さっきも私たち知り合いの結婚報告受けちゃって、驚き度が減っているというか。あ、でも、おめでとうございます」
「何だ、もしかしてミサちゃんからもう聞いちゃったかな?」
「え?みさちゃん?ってまさか」
「そうそう、みつき君の職場の先輩、美里さんとこの度結婚いたします」
「ええ、なんで!何で、みのりさんが美里さんと」
「それが、2人のおかげなんだよ。去年東京に手伝いに行った時にね、美里さんに一目惚れしちゃって、それで何度もアプローチして付き合えることになったんだよ。それで、いよいよ今度の夏に結婚するんだ」
「何で、みのりさんなら他にもたくさん相手がいるでしょ。何で美里さんなんですか?」
「それが、実はね、美里さんには僕が医者だということを伝えずに告白したんだよ。他の人たちは医者である僕に興味を持つけど、美里さんは違った、僕自身に興味を持ってくれたんだよね。それで、プロポーズも受け入れてくれた。その後に医者であることを伝えたんだけど、それでも態度を変えなくてさ。みさちゃんには一生ついていけると確信したよ」
「何で美里さんは職業が気にならないんですか!なんか、美里さんはみつき君みたいで、みのりさんは彩さんみたいですね」
「ああ、彩ちゃん。そっか、もう5年か。僕とみさちゃんが結婚できるのも、彩ちゃんのおかげだね。ああ、どこまで僕のことを幸せにしてくれるんだ彩ちゃんは」
「はいはい、泣くのは作業が終わってからにしてください」
みつき君とみのりさんのおかげで、無事明日の準備を終えることができた。お礼をしたかったが、みのりさんは仕事があるからと、作業を終えるとすぐに帰ってしまった。
「今年も何とか無事に開催できそうだね」
「そうだね、ミツキ君お疲れ様」
「ありがとう、綾ちゃんも一日中疲れたでしょ」
「ううん、私の仕事はこれからだよ」
「大丈夫?無理しなくていいよ」
「大丈夫よ、前夜祭はこれからでしょ、美桜さんも手伝ってくれるし」
毎年、前日に光るさんと美桜さん夫婦が遊びに来てくれて、4人でお酒を飲む前夜祭が行われる。そのために仕事終わりに、2人は東京から前日に来てくれるのだ。私は今年は飲めない、残念だ。
「お疲れ様、2人とも」
「美桜さん、光さん、待ってました上がってください」
「毎年、仕事終わりにありがとうございます」
「いいよ、明日から休めるからな。そのために来ている」
「あなた、いつも楽しみにしているじゃないですか?絶対に前夜祭はやらなきゃダメだって」
「美桜、そんなこと恥ずかしいからいうなよ」
この2人も相変わらず仲が良いようだ。私は美桜さんと料理を始めた。その後ろで、光るさんとミツキ君の会話が聞こえた。実は私と美桜さんの毎年の楽しみはこれだ。2人の話はなんか面白い。
「今年で5回目か、無事できて良かったな」
「光さんのおかげですよ。光さんがいなかったらこんなにたくさんの人に囲まれていることに気がつきませんでした。沖縄にだって偏見を持ったままだったと思います」
「あの頃のお前はひどかったからな」
「まるであなたの若い時みたいに」
「美桜、余計なこと言うなってば」
「変な時代に起きた、変なゲームでしたね」
「そうだな。全部が変だった」
「でも、こうしてみんなが集まることのできる時代になって良かったです。彩で繋がったいろんな人が毎年ここにきて、笑って帰っていくのが僕の生き甲斐になっています。来年は、こうき君も連れてきてくださいね。もう何歳ですか?」
「3さいだ。そろそろ飛行機も大丈夫だろう、来年は一緒に来るよ。子供は可愛いぞ、楽しみだな」
「はい、本当に待ちきれないです」
赤ちゃんのことを話すミツキ君の顔が大好きだ。生まれて来る赤ちゃんはきっと幸せだろう、こんなパパのもとに産まれることができて。私も頑張らなくちゃ。
突如、私のポケットでスマホが揺れた。開いて驚いた。
「ミツキ君、すごいこれ見て!」
「なになに」
通知は一件のSNSの投稿だった。
Gottes Halbmondが一枚の画像を投稿しました。
5年前に猫の絵で更新の止まっていた彩さんのアカウントだ。タップすると一枚の絵が公開されていた。
「これって」
「俺たちだね、全く、どこまで俺を泣かせる気だよ彩ちゃんは。5年前の今日描いてくれたのかもね、そして5年後の今日投稿されるように設定したんだね」
写真には薬指の指輪を見せるように手の甲を見せる私たちの絵だった。その間にはこれから生まれてくる子供が描かれていた。綺麗な子だった。男の子か女の子か区別がつかないが、彩ちゃんが描いたんだ、きっとこんなに綺麗で可愛い子が生まれてくるだろう。
私の薬指の指輪には、3つの名前が刻まれている。ミツキ君の「M」わたし、綾の「A」そして、彩さんの「S」。これは、あの日病院で、ミツキ君が彩さんから受け取った指輪だ。だから2人から貰ったものだと思っている。わざと「S」の字をそのままにしている。
それは、彩さんとの思い出のためだ。私たちは彩さんのおかげで一つになれた。どこか、3人で一つだと言う意識がある。だからこそ、私たちは彩さんの存在を感じられるようにしている。たまに嫉妬しちゃうが、私たちの家にはミツキ君と彩さんのツーショットの写真が飾ってあったりする。それくらい2人の中で彩さんを大事にしている。だからこそ、「S」と言う文字を残したままにした。
もう一つ理由がある。私たちは決めていた。これから生まれてくる、男の子か女の子かわからないこの子に、「彩」と名付けるつもりだ。性別がどちらでも、この話を聞いたら喜んでくれるはずだ。私たち2人の大切な人から取った名前だと。
投稿された画像には、一言だけ「見守っているよ」と記されていた。
彩さん、私たちあなたのおかげでとても幸せです。ミツキ君は私を大切にしてくれます。私も幸せにできるように頑張ります。ミツキ君とこの子を。
彩と名付けるこの子が、立派に育ち、周りの人を幸せにしてくれることを私もミツキ君も確信している。
浮気ゲーム(仮) 白稲 胡太郎 @sironeko373
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